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冬支度のスープ玉

リンドのある日の出来事。一話完結です。

※一部修正。お話には影響ありません。

ある日の朝食にて、キリアンとコンラッドはリンドの好きなものを聞いていた。

朝から旺盛な食欲で次々と肉を平らげる二人は、肉をあまり食べないリンドを不思議に思っていた。


「リンドはパンケーキもオムレツも美味そうに食べるよな。

好き嫌いはないのか?」


「特に好きな食べ物はあるの?」


肉だけあればいい二人は、肉がなくても気にしないリンドの好みは違うのだろうかと、好きなものを聞くだけにした。

ふわふわのパンケーキをちまちま口に運んでいたリンドは少し考えてから答えた。


「好きな食べ物…。

あまり考えたことはないですけど、カボチャのスープは美味しいと思ってました。

冬になると作るのが楽しみで」


二人はリンドが自分で食事の支度をしていたことをアンヌから聞いていたのに、それをすっかり忘れていた。

アンヌの視線は二人を捉えており、静かな怒りを二人に示していたので視線だけで謝罪をした。

カトラリーを扱う指先は子爵家に来た時よりも滑らかになったが、それでもまだ貴族の令嬢よりは荒れている。

来たばかりの頃は恥ずかしそうに自分の指を隠していたリンドを思い出し、少し申し訳なく思ったがリンドに気を遣わせないように明るく会話を続けた。


「へぇ、リンドは料理もできるのか。

簡単にできる料理を教えてくれよ。

騎士団の遠征訓練での食事の支度は持ち回りなんだがな、俺の作るスープは食えたもんじゃない、って評判なんだ」


「……兄さんは味付けに岩塩の塊しかいれないからだよ」


大きい鍋でも小さい鍋でも、味付けは岩塩の塊1つだけで、大きい鍋の時は薄く、小さい鍋の時はしょっぱく、丁度いい味付けにならないのかと、本人以外の皆が頭を抱えていた


「私も、あんまり凝った料理はできないんですけど、冬に茹でたカボチャを潰して、バターで固めておくんです。

それを朝ホットミルクに溶かすだけで美味しいスープができるんですよ」


それが侯爵令嬢の当たり前の日常なのか、と二人は改めて聞く生活に驚いたが、その驚愕がリンドに伝わらないように表情を取り繕った。


「そんな食い方もあるのか。

カボチャはそのままだと重いから訓練には持って行き辛いが、工夫すれば何とかなりそうだな」


「はい、アンヌが少しずつ保存できるように容器を持って来てくれて、それで保管していました」


アンヌの母が隣近所の女将さん達と知恵を出し合って考えたスープ玉は、アンヌの父が作った容器に収まるようになっていた。

夏は使わなかったが、冬は朝から水仕事をしなくても済むようになったため、その容器はリンドの冬支度には欠かせない物だった。


「それ、すごく便利そうだな。アンヌ、頼めば用意してくれるのか?」


今日も愛想のないメイドはリンドの傍に控えていた。


「……父に連絡してみますが、見本を取り寄せますので子爵領で作った方が宜しいのでは?

私個人でも持っていますが少々年季が入っておりますので…」


そもそも騎士とメイドでは食べる量が違うかもしれないので、容器の見本は大小あった方がいいだろうとアンヌは提案した。

手元にはあるが、アンヌは自分の容器を見本として差し出すつもりは全くなかった。

アンヌの容器には、リンドの文字でアンヌの名前が書いてあった。

リンドがアンヌに文字を教えた時に、身近に見本があった方が覚えるから、と名前を書いてくれていたのだ。


「見本でいいのか?騎士団で使えるかもしれないから大量の注文になるかもしれないぞ?」


アンヌの両親の暮らしが少しでも上向きになれば、と思っていたキリアンは念を押して確認をした。


「注文がなくなれば残念がるかもしれませんが、今現在注文もないので暮らしは変わりません。

何より、リンド様が快適に暮らせるように子爵領を発展させていただければ」


どこまでもリンドを優先する姿勢に二人はアンヌの忠誠の深さを改めて感じた。


「では、アイデアを買い取るように掛け合ってみるか。流石に何もないのはこちらも気が引ける」


「それでしたらありがたく」


アンヌは頭を下げ、キリアンとコンラッドは満足そうに笑った。


「訓練で美味いものが食えるなら安いもんさ。

リンド、スープ玉の作り方をノートに書いてくれないか?」


「えっと…もしよかったら、作ってみます。カボチャが手に入ったらですが」


野菜の仕入れは二人の管轄外だ。

料理長に言っておけば必要なものは準備してくれるだろう。

早めに聞いておくだけでもいいだろう、とキリアンはすぐに料理長にカボチャの在庫確認と手配をするように、控えていた給仕係に指示を出した。


「よし、楽しみだな。俺のスープよりは確実に美味いだろうからな」


「兄さんの作るスープお腹が空いてても不味いからね…。

食材に対する冒涜だよ」


コンラッドがうんざりした顔で言うと、リンドはくすくすと笑った。

その笑顔は、どこか遠慮がちで、けれど子爵家に来た時よりも明るい表情だった。

朝食を終えてからも暫く会話を続けていると、料理長からの報告がキリアンの元に届けられた。


「いいタイミングだな、ちょうど大きいのと小さいのを仕入れたらしい。

使ってもいいと許可も貰えたんだが、リンドの今日の予定はどうだ?」


「いつでも大丈夫です、じゃあ、厨房に行きましょうか」


今日も動きやすいワンピースを着ているリンドが席を立った。


「ありがたいな。容器は後でもいいから手配を頼んだぞ、アンヌ」


「かしこまりました」


そのまま揃って厨房に向かい、厨房に入る前、アンヌはリンドがエプロンを身につけたことを確認してから、手早くリンドの長い髪を緩く後ろで纏めた。

そして厨房に足を踏み入れると、そこには既に様々な大きさのカボチャが並んでいた。


料理長とサラが笑顔でリンドを出迎えた。


「カボチャは日持ちするのでいつも多めに仕入れるんですよ。

お好きに使ってください」


料理長が言い、その隣でサラは腕を捲って手伝う準備をしていた。


「えっと、じゃあスープ玉を作りますね。

料理長はお鍋の準備をしてくれますか?

あんまり重たいと持てないので、小さめのお鍋があればそれで…」


「お任せください」


リンドは料理長に鍋の準備を頼んでから、小さなカボチャを手際よく切って準備を進めていく。

隣でアンヌは大きめのカボチャの中身を黙々と繰り抜いていく。


一つ目のカボチャを切り終えたリンドが包丁を置き、アンヌの手元を覗き込んだ。

アンヌは中身を繰り抜いたカボチャの表面に表情を彫っていた。

リンドは不思議そうに表情のあるカボチャを見た。


「アンヌは何を作っているの?」


「折角なので丸ごとグラタンにしようかと…。

顔があった方が可愛いかと思いまして」


アンヌがどう作るべきか考えこんでいると、サラが包丁とスプーンを持って近づいてきた。


「楽しそうだから作りましょう!」


アンヌが顔を作ったカボチャの中身を、サラが改めて綺麗に手際よく繰り抜いていく。

その隣でアンヌは新しいカボチャを並べて顔があるカボチャを量産していく。

どうやら中身を繰り抜くのはサラに任せることにしたらしい。

キリアンとコンラッドはカボチャを切ろうとした手つきを見た料理長によって包丁を没収され見ているだけだった。


楽しそうにその様子を見たリンドは再び作業に集中した。

カボチャを茹でるための鍋を見に行くと、料理長が張り切って大鍋を用意していたので、茹でる作業は任せることにした。

リンドが持てないような鍋を用意したのはリンドを手伝いたいからだろう。

いつも少しの量を一生懸命食べて、美味しいと必ず伝えてくれるリンドは厨房では大変人気があった。

厨房だけではなく、リンドは何かして貰うことに慣れていないため、戸惑いながらも使用人に必ずお礼を言ってくれる。

子爵家の面々が冷たい訳ではないが、リンドがはにかんだように笑う姿が年齢の割にあどけなく、大人達には心に迫るものがあるらしい。


「柔らかくなったら、皮ごと潰してバターを混ぜます。

皮も美味しいので、私は皮ごと作るんです」


アンヌが初めてリンドに作り方を教えた時、アンヌの家では皮ごと食べると聞いてリンドもその通りに作っていた。

騎士団で持っていくならば栄養価も考えるべきだろうと料理長も敢えて何も言わずに皮付きのカボチャをボールに入れた。


料理長の大きなボールの横で小さなボールに少しカボチャをいれて貰い、リンドはバターとカボチャを混ぜ合わせていく。

ここでも料理長は張り切ってリンドと同じように手を動かしていた。

少し塩を足し、綺麗に形を整えていく。

形が整った塊が幾つかできたところで、アンヌが木の容器を取り出した。


「キリアン様、コンラッド様、こちらが父が作った容器です。

これは私が個人的に使っていたもので、リンド様の容器よりも少し大きくなっております。

私はよく食べますので」


木で出来た、長方形の形の中が更に区切られている容器だった。

そこに形を整えた塊を押し付けていき、容器にカボチャのペーストが収まった。

綺麗に収まったところで、アンヌはカボチャを片付けようと近い場所にあった大きいカボチャを手に取った。

リンドは容器の中身をキリアンとコンラッドに見せて説明している。


「これを朝一個スプーンで掬って、温めたミルクに溶かして食べていました」


侯爵家では、アンヌが朝の仕事を終えてからリンドの元を訪れると、リンドはポツンと一人きりのテーブルで冷えて固くなったパンをスープに浸して食べていた。

そして、アンヌの姿を見つけるとそれは嬉しそうに笑顔を見せていた。

そんな生活を当然のように受け入れていたリンドの姿を思い出したアンヌは、怒りのあまり手に持っていた大きいカボチャを素手で真っ二つに割っていた。


「……これもスープにしましょうか」


何食わぬ顔でカボチャのワタを取り更に砕いてから鍋に入れると、キリアンとコンラッドの顔色が若干悪くなっていた。


「このカボチャって硬いよな」


「俺には無理だな」


カボチャの硬さを確認しているキリアンとコンラッドはアンヌを怒らせるのは止めようと誓いあった。


「リンド様!カボチャのグラタンは丸ごと食べられるようにしますから、今のうちに食べたい顔のカボチャを選んでくださいませ!」


サラに促され、リンドは可愛らしい表情のカボチャを選んだ。

香ばしいチーズの香りにお腹が小さく鳴ったが、初めて食べるカボチャのグラタンの完成を胸を弾ませて待っていた。


ご覧いただきありがとうございます!

季節物のお話でした。

アンヌは怪力です。子爵家でリンドと一緒に魔術の訓練受けたら身体強化に目覚めたという裏設定。

入れる場所なかった…。

元々林檎潰せるくらいの力はある。

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― 新着の感想 ―
スープ玉美味しそうですね。小学生男児たちの母なので子供でも小腹が空いたら勝手に食べれる野菜のレシピは助かります!カボチャがでたら作ってみます。ありがとうございます
 微笑ましいやら複雑な思いがよぎるやらなカボチャのスープ談義に、賑やかな面々とのグラタン作りまで。  リンドが楽しそうでなによりですが、侯爵家の毒親などへの物理制裁による汚い返り血やハラワタ他諸々で、…
 鉄拳制裁は受けたくないなぁ…(´;ω;`)コロされる…
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