◯第三十九話 プレゼント合戦
「ねえ、ちょっと寄って行かない?」
六月も下旬の放課後。
じめじめと蒸し暑い日が続くとある平日。
いつもの通り二人で並んで下校をしていた私は脈絡なく駅前のストバを指さした。
どうしよう、誘い方が分からなかった……これじゃ不自然だよね。
どこか落ち着ける場所に行きたくて、それでも中々自分からは誘えなくて。
ためらっているうちに駅の前まで来てしまった、だから唐突な誘いになってしまったのだ。
「うん、いいよ。俺も今日は帰りに寄り道したい気分だったし」
「よかった……」
ホッと息をつく。
最近ちょっとバイトが忙しくて放課後にゆっくりできる時間がなかったから嬉しいな。
断られなくてよかった──もちろんバイトのシフトは把握して今日は将也くんのシフトが入ってないことを分かった上でのお誘いなんだけどね。
それでも不安なのはしょうがない。
こればっかりは変えようがないのだ。
「この新作のフラペチーノ、気になってたんだ」
「期間限定のやつだっけ。妹が飲みたい飲みたいって駄々こねててさ……」
「ふふっ……お兄ちゃんも大変だね」
「あいつ、俺がバイト始めてから露骨に媚びてくるようになったからな」
「絶対お金目当てのやつだね……」
たまに話には聞いてるけど、妹の沙羅ちゃんにも会ってみたい。
いつか家族に挨拶とか……そんなこともすることになるのかな?
うぅ……考えてたら勝手に恥ずかしくなってきちゃった。
店に入った私たちは新作のフラペチーノを注文して、二階の空いている二人掛けの席に向かいあって座った。
最近ちょっと節約&ダイエット中だけど、今日は自分を甘やかしちゃってもいいよね?
私が将也くんを放課後デートに誘った理由。
それはフラペチーノを一緒に飲むためではない。
将也くんへのプレゼントを渡すため……。
男の子はあんまりそういうの気にしないって言うけど、私にとってはやっぱり大切なもの。
三カ月前の今日。
中学の卒業式があったあの日。
──好きだ
その一言で私の灰色な日常は鮮やかに彩られた。
恋は干物女と呼ばれていた自分に無関心な私を変えてくれた。
胸に刻まれて一生消えることのない、消えて欲しくないこの想い。
永遠なんてあるか分からない。
考えたくもないけれど、どこかですれ違って心の距離が離れていってしまうかもしれない。
だから私にとっては今日まで将也くんと一緒に居られたこと──それは奇跡みたいなことなんだと思う。
だから……私にとって記念日は大切なものなんだ。
将也くんにとってもそうであって欲しいという想いでプレゼントを用意した。
このプレゼントを見る度に今日と言う記念日を思い出して欲しい、そう思って。
「うん、これ美味しいな……」
「ほんと、最近暑いから冷たいのが沁みるね」
「そうだな」
何気ない会話。
向かい合う将也くんはいつの間にか背が伸びてきていて……顔一つ分くらい私の方が大きかったはずなのに、今はもう目の辺りにまで頭が来ている。
この分だとあっという間に抜かされちゃうんだろうな。
だからこの何気ない会話も心情も全部私にとって宝物。
変わっていく将也くんを間近で見れる幸せ。
その想いを胸から吐き出して、言葉にしないと。
そうじゃないと伝わらないもんね。
「あのね……将也くん」
「ん?」
下手くそな話の切り出し方。
言葉に詰まる私を将也くんは穏やかな表情で見つめてくれている。
勇気だせ、私!
「いつも将也くんにお世話になりっぱなしだからね、今日はその……お礼」
鞄の中からラッピングされた小袋を取り出して。
目をキュッと瞑って、将也くんの方へと差し出した。
「え……」
目を瞑った私の耳に届いたのは驚いたような困ったような将也くんの声。
もしかして……重かった?
おそるおそる目を開く。
やはり将也くんはバツの悪そうな顔をしていた。
「マジか……」
その顔は次第に緩んでいき、そして堰を切ったように笑いだした。
「えと……将也くん?」
不審に思って問いかけると、
「いやごめん、先を越されたなって思ってさ」
「先を越された……?」
想像だにしていなかった言葉に自然と首が傾いていく。
どういう意味なんだろうか、という私の疑問はすぐに解消された。
将也くんがバッグの中から丁寧にラッピングされた小袋を取り出したから。
「もしかして将也くんも?」
「ああ、今日は付き合って三カ月の記念日だからさ」
「覚えててくれたの?」
「忘れるはずがないじゃん」
心外だな、と将也くんは苦笑を浮かべた。
将也くんも……同じことを考えていたんだとようやく分かった。
「ちょうどバイト代が入ったからさ、というかプレゼントを買うためにバイトを始めたんだよな」
「……私も」
堪え切れずに吹き出した。
落ち着いたストバの空気には少し相応しくないくらい大きく。
「「あはははは……」」
なんだ、将也くんも全く同じ気持ちだったんだ。
そう思うと無性に嬉しくなる。
この気持ちは一方通行じゃなかった。
「開けていいか?」
「うん、もちろん」
将也くんからのプレゼントももちろん楽しみだけど、プレゼントを開けた時の反応が見たかった。
だから私はすぐには開けずに将也くんの反応を見守ることにした。
「──何これ、かっけぇ……」
包みを開いた将也くんのパッチリとした目が更に大きく見開かれる。
そうなの、その反応が見たくて……私は。
「サコッシュっていうんだけど──どうかな?」
私がプレゼントに選んだのは黒のサコッシュ。
シンプルで普段使いのできるデザインのを選んだつもりだ。
薫イチオシのブランドで買ったもの。
今度薫にもお礼しないとな。
「めっちゃいい……俺こういうの持ってなかったから」
「ふふ……よかったぁ」
子供のように無邪気にはしゃぐ将也くん。
もうこれだけでもプレゼントをした甲斐があったと思える。
「じゃあ、次は俺のも開けてみてよ」
「うん、じゃあ開けるね?」
次は私の番だ。
将也くんは私に何をプレゼントしてくれたんだろう。
高鳴る胸をなんとか抑えて、包みを丁寧に解いていく。
果たして中に入っていたのは……。
「かわいい……」
見た瞬間思わず声が漏れた。
入っていたのは月模様のネックレス。
キラキラと光を反射して輝くネックレスは何にでも合いそうだ。
「あんまり光物って分からなくてさ……どうかな?」
「嬉しい……嬉しいよ、将也くん!」
あ~、もう。
何で毎回こんなに私を喜ばせてくれるのか。
好きの限界点が未だに見えてこない。
「ねえ、付けてみてもいい?」
「もちろん」
校則では光物を付けるのは禁止されている。
でも放課後なら……いいよね?
「どう……?」
「すげー似合ってる」
「えへへ……」
だめだ、にやけが止まらない。
口元を手で覆って隠して見てもなお隠しきれている気がしない。
そんな私を見て将也くんも満足気に微笑んでいる。
だけど、口元が少しニヤリと嗜虐的に吊り上がっているのは気のせいだろうか?
「実は……まだあるんだ」
「え!?」
「ちょっと早いけどさ、誕生日プレゼント。これ」
将也くんはそう言ってバッグの中からもう一つ、綺麗にラッピングされた小包みを取り出してきた。
確かに誕生日は今週末だけど……それも覚えててくれたんだ!。
だめだ口角があがり過ぎてどこかに飛んでいきそうだ。
将也くんを喜ばせようと思ったのに、私がその何倍も喜ばされてしまっている。
「これって……」
よく見たら小包みに刻まれているロゴは私でも知ってる有名なブランドだ。
これ……高かったんじゃ?
ちょっと申し訳なさを感じながら、それでも嬉しさが勝ってウキウキと小包みを開く。
「え、待って! これすごい!」
本当に……なんていうか……言葉は汚いけど、ヤバい。
こんなにいいもの貰っていいの?
入っていたのは化粧ポーチだった。
ブランドのロゴが施されたシグネチャーなデザイン、そのデザインも大人びていてブランドもの特有のいやらしさもないシンプルなもの。
「これ、脇にストラップついてるでしょ?」
「え、あ、うん。ほんとだ」
「そこに付属の紐を付ければショルダーバッグにもなるんだ」
「すごすぎる……」
もはや言葉を失ってしまう。
センスがいいどころの話ではない。
化粧ポーチ、今使っているのはお姉ちゃんのお下がりだ。
自分で買う──という選択肢もあったけどどうしても後回しになっていた。
まさかそこまで分かったうえでのプレゼント……ってわけではさすがにないよね。
「やっぱりさ、付き合って初めての誕生日プレゼントだし特別なものにしたくて……」
「将也くん……」
「本当はさ、当日に渡すつもりだったんだけど、喜ぶ涼音の顔が見たくて先走っちゃった」
照れくさそうにはにかむその仕草にずきゅんと胸を撃たれてしまう。
私の彼氏がかっこよすぎると世界に向けて叫びたい気持ちを必死に抑えこむ。
このプレゼント合戦に勝敗があるとしたら完全に私の負けだ。
将也くんの喜んだ顔が見れた上に、とんでもないものを貰ってしまったんだから。
十六歳の誕生日直前の付き合って三カ月の記念日。
その日は私にとって忘れられない記念日になった。




