6 帝都までの間に考えるべきこと
そんなこんなで、私は新しい侍女として帝宮へ向かうことになった。
ゆっくりと侍女としての仕事を教えてもらうのは、たった一日だけ。
後は帝宮へ向かう途上で、侍女としての仕事を教えてもらう
その相手は、一緒の馬車に乗って移動する侍女のノエリア嬢だ。
ちなみに皇太后は別の馬車に乗る。
高齢の皇太后は、一日に三度の睡眠をとるのが最近の習慣だそうで。
馬車に乗って移動を始めてすぐ、寝台にもなる座席に横たわって眠り始めてしまうのだとか。
というわけで、メイドが見守るので馬車でのお世話はしなくてもいいそうだ。
(なんか、病気の時の私みたい)
体力が落ちていって、起きているのが辛くなって眠るのだ。
でも体力が落ちすぎると、今度は眠るのも難しくなるので、眠剤をもらっていたっけ。
転生したとわかってから年数が経っているせいか、そんな記憶すら懐かしい。
あの時は、死ぬのが悔しくて、辛くて、本当に運命を恨んだのに。
生まれ変わることができたからだろうか?
それにしても、騎士の娘という平民に毛が生えたぐらいの地位の家に生まれた自分が、黒塗りの馬車に乗るなんて想像もしなかった。
しかも、侍女の自分やノエリアが乗る馬車も、紋章の飾りなどもないけれど、職人の手で丁寧に作られたことがわかる高級そうな外観だ。
内装も落ち着いたベージュを基調にした布張りで、座席は臙脂のビロード。
そしてしっかりと綿を詰めているのか、スプリングはないけれど、座り心地は悪くない。
平民の使う馬車は、ガタゴトと激しく縦揺れして座ってるのが辛くなるぐらいなのに。
貴族の馬車には、不思議な素材が使われていると聞いたので、その効果だろう。
石ころのある土を固めただけの道を走っているにしては、あまりガタガタと揺れない。
乗り心地の良さにほっとしていると、右隣に座るノエリア嬢が言った。
金の髪に紗の造花の髪飾りをつけている彼女は、咲いたばかりの百合のような気高さと美しさを感じる人である。
私より年上の17歳だと聞いた。
「昨日一日見ていたけど、あなた想像以上に礼儀作法もできているのね。どうやって伯爵令嬢の代理をしていたのかしら、と思ってたけど」
「そ、そうですか?」
一応はお嬢様も、自分に化けたメイドが礼儀作法もなにもできないのはよろしくない、と考えたようで、私に最低限の作法の教育はした。
でも、完全な付け焼刃。
バレたら死あるのみだと思って必死に覚えたのもあるけど、いくらかは前世の記憶を総動員して、限界まで想像して、取り繕ったおかげで事なきを得ただけだ。
今のうちに、ノエリアの立ち居振る舞いを見習っておきたい。
「その、しっかりと学んだとはいえないので、何かありましたらご指導いただけたら嬉しいです」
「ええ、もちろんよ。皇太后様の侍女として、問題がないようお手伝いさせていただくわ。それにしても……本当にびっくりしたわ」
「なんでしょう?」
私は首をかしげた。
「お茶会の後の殿下の行動よ。……まだ詳しく聞いていなかった?」
「はい、そのう」
レゼクもわざわざ説明しに来ないし、宿のメイドが詳細を知っているわけもない。
そして皇太后も、侍女としての練習に付き合うのみで、沢山話してもいない。
ノエリアと話すのも昨日が初めてで、とにかく侍女のやることや気を付けることを覚えるので必死で、私もお茶会の顛末については忘れ去っていた。
するとノエリア嬢が教えてくれる。
「皇子殿下って、基本的に人間嫌いというか、交友関係を作るような人ではないのよ。なんとなくわかるでしょう?」
「はい、まぁ、話しやすいお方という印象はあまりないかなと」
むしろ俺の命令だけを聞いておけ、みたいな感じに見える。
今の所は。
そもそもレゼクともさして長く話していないので、彼の性格を知るどころではない。
でも、その解答で良かったようだ。
ノエリアは「でしょう?」とうなずく。
「あの日、あなたを追いかけて行った皇子殿下は、みんな血濡れた剣を持って帰ってくると思っていたの。容赦のない方だから……。でも、お茶会を切り上げようとしていたら、急に人を寄越して、私を呼びつけたのよ。そして侍女になる人物を任せたい、伯爵家に置くわけにはいかないから、隣町の宿へ行くようにと指示されて……」
一体どうやってあの宿に運ばれたのかと思えば、ノエリアが付き添ってくれていたらしい。
まさか皇子本人が連れて行くわけではないだろうと思っていたので、一個謎が解けた。
「その節は、ノエリア様には大変お手数をおかけしました」
気を失った人間の面倒をみるのは、大変だっただろう。
運んだりするのは宿の人間か、他の使用人だっただろうけど、後から来る皇子や皇太后の部屋の手配をしたり、やることが沢山あったはずだ。
ノエリアは「気にしないで」と言ってくれる。
「むしろ、よく皇子殿下に殺されずに済んだわね? 相当気に入られたのね……」
ものすごく人を選びそうだから、なかなか気に入られるってことがないのかな?
「とにかく、貴女が皇子殿下が褒めるほどの剣の腕を持っていて良かったわ。普通に侍女に選ばれる女性だと、すぐにやめてしまうし」
どうやらレゼクに気に入られたのは、私が剣を使えるからだと思ったようだ。
レゼクがそう説明したんだろう。
まさか聖女の力があるなんて、言えないものね……。
「そんなに……皇子殿下に近い場所にいるのは、危険なのですか?」
ノエリアはうなずく。
「皇帝陛下も、現皇妃も、皇子殿下のことを疎んじておられるのよ」
「皇妃のウルスラ様のことは、噂で聞いたことがあります。お子様がお姫様しかいないけど、その子を女王にしたがっている、と」
国内では、下町のおばさん達でもしているような噂話だ。
ノエリアによると、レゼクを敵視しているのは本当らしい。
「公的な場でも、皇子殿下に会釈をしないとか、あからさまに無視するような態度は日常茶飯事よ」
「実父の皇帝陛下もですか?」
聞くと、ノエリアは「そうよ」と答える。
「皇帝陛下も、そんな状態をずっと放置しているの。以前はそこまでではなかったのだけど……。帝宮で実際に見たらすぐ異常だってわかるわ」
ノエリアは苦々しいと言わんばかりに眉間にしわをよせて語る。
確かにレゼクには厳しい環境だ。
唯一の皇子とはいえ、父に疎まれる状態では警備などにも隙が生まれやすくなるだろう。
(だから、護衛の侍女で……そういう形で聖女を側に置いて、騎士の力で切り抜けたいんだ)
他の護衛と引き離されても、聖女の影響を受けた騎士ならば生き残れるから。




