37 襲撃と気づきと
咄嗟にリリはそのまま彼女の腕を引いた。
「きゃっ!」
一度抱き留め、彼女を投げるような勢いで石畳に下ろす。
「そこにいて!」
叫んだ私は、斬りかかろうとしたセレーナが避けたことでたたらを踏んだ男の、剣を握った利き腕を掴んだ。
そのまま噴水に突き飛ばそうとした。
が、相手は慌てることなく左腕で殴りかかってくる。
体格と髪の短さから男だとはわかる。
目から鼻までを覆う黒い仮面を付けているから、表情はわからない。
……こういうの、やりにくいんだよね。
と考えつつ、私は相手の拳を避けながら相手の足に蹴りを入れ……と思ったが、ドレスの長い裾が足にひっかかり、あまり強く入らなかった。
男の方は揺らぎもしない。
むしろ私は、体勢を立て直しながら相手の右腕を捕まえるのが精一杯だった。
「くっ」
こうなると力比べになってしまう。
右腕の先には剣の刃がある。
相手の頑張りによっては、私は腕ごと持ち上げられて足が踏ん張れなくなる。
それじゃ困ると思った時、トールと力比べした時のことを思い出す。
「押して駄目なら」
思いきって力を抜く。なるべく力比べが辛くなったかのように。
仮面の男は好機とみたか、私を突き放した。
剣を構え直して突き刺して来ようとしたが、それより早く私は動いていた。
私は噴水の縁を蹴って飛び出す。
男の剣は真正面へ振り下ろされて空を切る。
横に逸れてから、今度はしっかりと腹に蹴りを入れたので、敵は体をくの字に折り曲げて呻く。
「セレーナさんこっち!」
怯えて声も出ない様子のセレーナを連れて走り出そうとした私は、愕然とする。
「ごにん……」
いつの間にか、噴水を取り囲むように同じような仮面の男が現れていた。
5対1。
この状況で切り抜けるには数が多い。
「いや、足すいちで六人」
腹を蹴りつけた男が呻きながらも立ち上がろうとしている。
私はどうにかセレーナを逃がさなければと考えた。
(カールはいない、と思う。それなら、がんばって聖女の力を使えばいい?)
少しずつ、感覚がわかりはじめたあの力。
セレーナがいる前で、堂々と使うわけにはいかないけれど。
それよりは身の安全が第一。
危険が去ってから考えよう。
私は自分の気持ちを追い込むようにした。
絶対絶命で、加減をしようと思ったらすぐ死んでしまうことを考えて。
次に、帝宮で飛び降りた時のことを思い出す。
あの時の気持ちを……。
その時、どこか遠い場所に自分の意識がつながった気がした。
遠い空の果て。
さらに何かの音が聞こえた。
(月光)
あのピアノの音。
そのとたん、ようやく理解した。
(……わかった。全部、つながってるんだ)
不思議なことに、私は疑いもなく全ての人に自分の言葉が何かを伝って届くと思えた。
許可を与えられている自分から、受け手側へ。
まるで電波に乗せて音や言葉を届かせる、インターネットのような感覚。
《止まりなさい》
そう心で思うだけで、自分の言葉がメールみたいに指定した相手に届く。
輪を狭めるように近づいていた、仮面の男達が、はっとしたように足を止める。
じりじりとした動きだったせいか、セレーナは様子の変化に気づいていないようだ。
今のうちだ。
私はセレーナと一緒に走って逃げようとする。
だけどその行動で、どうやら私からの影響も途切れてしまったようだ。
慌てて男達が数秒遅れて追いかけてくる。
また追いつかれたら、止めるしかない。
今度はセレーナを先に逃がして……と思っていたら。
「ぐあっ」
殿に居た仮面の男が、殴りつけられるような音とともに突然うめき声を上げて倒れる。
私はとっさに反転した。
その後の行動に、セレーナが驚く。
「え、リリ様!?」
パニエで広げたスカートの裾を上げたせいだろう。
私はスカートの中に、ベルトで下げていた肘までの長さの剣を抜き放つ。
さっきまでは、こうする隙もなかったのだ。
ようやく剣を手にした私は、すっきりした気持ちで仮面の男の集団に向かって行った。
手前にいた男に斬りつけると、一人が腕を押さえながら逃げ出す。
次の敵をと思ったが、敵は『もう一人』に負傷させられた仲間を庇いながら走り去っていった。
でも、次の敵を倒す必要はなかった。
およそ人とは思えない速さで、重さのある長剣を操る人がいた。
しかも切り裂く力が、異常だ。
なぎ倒すように、二人が斬り飛ばされる。
さらに気づいた時には、もう二人も同じように地に倒れていた。
(普通じゃない……)
いくらこの世界の人が、前世の人達より丈夫だったり身体能力が上だとはいえ、これはない。
片手で持った剣で、切り裂きながら吹き飛ばすなんて、できるわけがない芸当だ。
でも実行したその人は、あっさりとした様子で取り出した布で刃の血をぬぐい、鞘に剣を納めた。
灰銀の髪の騎士のようないで立ちをした、レゼクだ。
(これが、騎士の力なんだ)
川に落ちた時にもびっくりしたけれど、本当に一瞬で敵を倒した様子で、どれほど異常な能力を持っているのかよくわかった。
まるで魔法のような力だ。
私は彼に近づいて声をかける。
「ありがとうございます」
「間に合ったようでなによりだ」
口調こそ淡々と応えたレゼクだったが、めずらしく視線をさまよわせてから、ぽつりと尋ねてくる。
「ところで聞きたいんだが」
「何でしょう?」
「君は、なぜ剣をそんなところに隠してるんだ」
あ、スカートの下に隠してたの見られたんだ。
「ちょうどいいと思って」
短めの剣なら、ベルトで吊り下げてもバレないとわかったので、実行したんだけど……。
正直、とてもいい案だったなと思っている。
「……帝宮内で有事があったら、それをやるつもりだったのか?」
「いやでも、ノエリア様と一緒に考えて……」
「ノエリア?」
レゼクは眉をひそめる。
実はトールに女ならではの方法で、腕力の足りなさを補え(という意味だと私は解釈した)と言われ、パーティー準備の合間にノエリアに相談した。
そして二人でうんうんと悩んだ末に、考え出したのがこれだった。
表だって帯剣するわけではないし、今みたいな暗い時間ならまだしも、多少の恥ずかしさと引き替えに敵の不意をつくことができる。
「足首を見た相手は、みんなびっくりして力が抜けると思うわ。その後も油断してくれるから、リリが戦って倒しやすくなると思うの。でも、本当に危ない時だけよ?」
ノエリアにそう言われて、なるほどと私は感動したものだったが。
「何かダメなところがありました?」
帝宮では、スカートの裾を一ミリでも上げたらダメなのだろうか。
もしくは、ノエリアも冗談のつもりで言ったことを、私が真に受けただけ?
レゼクはややしばらくしてから、ため息とともに言った。
「それは最終手段にしておくべきだ」
なんでそんなことを言うのか。
首をかしげる私に、レゼクはぶすっとした声で告げる。
「はしたない。君が兄妹だったら本気で叱っているところだ。それに見られでもしたら、嫁に行けなくなるだろう」
「だってもう嫁のもらい手ないですから」
伯爵令嬢という立場にはなった。
けど、剣を振り回していることは変わりないわけで。
よほどの物好きじゃないと、そんな私と結婚しようって人はいないんじゃないだろうか?
騎士の娘だった頃でさえ、剣が扱えるというだけで避けられたっていうのに。
(もしかすると、誰も私のこと知らないヴァール王国に行って婚活しないと、結婚相手なんて見つからないかも……。いや。そもそも旅の間だって、護身用に剣を持つつもり満々だったし。うっかり使うところを見られたらお終いでは?)
やっぱりおひとり様の余生を計画するべき? と悩んでいたら。
ふいにレゼクが肩を叩いた。
「そう悲観することはない。君の欠点は鈍い所ぐらいだ」
「鈍い? ……ということは、ノエリア様は冗談で言ったんでしょうか? 教えてくださいませんか?」
しかしレゼクは答えてくれない。
私を無視して、いつの間にか座り込んでいたセレーナに歩み寄って立ち上がらせる。そのまま「送ろう。家はどこだ?」と尋ねる。
「ヴィスディー街です。あの、今の襲撃はなぜ起こったのでしょう、殿下……」
セレーナの尋ねに、レゼクは淡々と告げる。
「貴方を襲ったものか、それとも彼女を標的にしたのかは定かではない。皇帝陛下から護衛などは?」
「今日は置いてきてしまいましたけれど、陛下の近衛の方が家の方に待機していると思います」
「では家へ行こう」
そしてレゼクは先に歩き出す。
追いかける形で、セレーナと私が並んだ。
「大丈夫でした?」
とっさのこととはいえ、セレーナをだいぶ乱暴に扱ってしまった。怪我はないか尋ねると、彼女は「平気」と笑う。
「リリ様は本当にお強いのね。女性だとわかっていても、私よろめいてしまいそうでしたわ」
今度こそは冗談だとわかっているのだが、私は思わず苦笑いになってしまう。
「それより、ねぇ?」
とセレーナが私の腕を引き、耳打ちしてくる。
「皇子殿下でしょ、あの方? なんかすごくいい人そうじゃない」
何かと思えば、セレーナはどうやら救いに現れたレゼクを気に入ったようだ。
(皇帝から乗り換えたいのかな)
パトロンを安全な方に変えるつもりで?
想像したとたん、なんだかもやっとする。
「そうですかね?」
平静を装って言ったのだけど、セレーナになぜか笑われてしまった。




