35 厄介ごとの真ん中で
「なんか私、キャパオーバーでは……」
皇太后が去った後、一人で残りのお茶を飲んでため息をつく。
だって、ゲームの設定が全てだと思った。
多少、描き切れない部分はあっても、知らない部分ってそのぐらいだろうと思ってて。
聖女や聖者が最強。
騎士は彼らを守る強い戦士。
そこは揺らがないつもりで考えていた。
だから安心していた。
騎士であるレゼクが、守ると言ってくれたから。
「騎士が守ってくれるなら……。ゲーム世界で語られない部分を楽しめるかな、って思ってたのよね」
それぐらい、私はこの世界について、薄絹一枚ぐらいは現実感がないまま過ごしていたかもしれない。
あまりに、以前の世界と違い過ぎて。
「もし前世の記憶がなかったら、帝宮に来ないでヴァール王国に逃がしてくださいと頼んだかしら……」
守るという言葉を信じずに、皇族なんて世界の違う人達と関わるのが怖くて、そうしたかもしれない。
もっと身分差に対しての感覚も変わっただろうし、何も考えずにレゼクにひれ伏したんじゃないかな。
つらつらと考えたあげく思い浮かんだのが、『今からでも逃げようか』ということだ。
なにせ、ランヴェール帝国が、こんなにも聖女や聖者に執着しているとは思わなかった。
ゲームではただ侵略したがっていると思っていたから。
そして聖女の能力を持っていても、私が唯一ではないのなら……危険度が増す。
対抗できない瞬間があった時、また、命を捨てるしかない状態になったら?
二度も三度も、来世に期待しようと思えるだろうか。
助かったからこそ、あの時の追い詰められた自分を思い出す。
二度とあんな気分にはなりたくない。
でもここにいたら、何度でも繰り返しそうな気がするし。
「それに、いつかはバレてしまう」
敵に聖者がいなければ、バレずにいられただろう。
レゼクに手を貸して、倒してもらえばいいと思ったはず。
でも、カールは必ず私の能力に気づく。
そして隠す方法はわからない。
「……ちょっと、気晴らししよう」
カールに狙われた直後だけど、部屋に一人でいるのもつらい。
皇太后の棟の前なら、警備の兵士もいるだろうし。
そう思って私は簡単に着られるドレスを身に着けて、ショールだけを巻いて外へ出た。
扉を開ける前に、一瞬ためらった上で剣を探す。
武器を持っているべきだと、レゼクがくれていた剣。
それをどうにかして隠し持ち、私は部屋を出た。
「うん、お守り(武器)を持ってると、少し気分がいいかな」
外へ出ても、カールが来るかもしれないとびくつかないで済んだ。
まだ夜にはなっていない。
皇太后と長く話したような気がしたけど、そうでもなかったみたい。
それでも薄暮が迫っている。
静かな帝宮の庭の影も濃くなる中、宮殿の回廊から声をかけられた。
「リリ様、ご無事でしたかっ!?」
駆け寄ってきたのはセレーナだった。
抱きついてきた彼女を受け止めた私は、そのまま雛みたいに抱き込まれてちょっと目を丸くする。
葡萄酒色に黒のレースが飾りについたドレスを着た彼女は、心配そうに私を見つめてくる。
「あ、あのセレーナさん?」
「皇帝陛下に強引に部屋に引き込まれたって聞きました! 何もされませんでした? 大丈夫でした? 殿方にはお話しできないことも、なんでもおっしゃって大丈夫。私、口は堅いんですのよ」
背中をなぜられ、頭を撫でられ、そうしているうちに私は一瞬、泣きたいような気分になった。
正直、アドリアンとのことも驚いた。
カールの力にもまだ怯えている。
でも一番心を苛んでいるのは、特別だと思っていた能力だけでは、抗えないかもしれない可能性があることだった。
皇太后に泣きつくこともできない。
だから、自分でももてあましていた。
だとしても、セレーナには話すことはできないから……。私は微笑んで見せた。
「大丈夫です。皇帝陛下にはちょっと胸ぐらを掴まれかけただけですし。ようやく誤解も解けたみたいですから」
「そう? でもそしたらどうしてそんな顔を……」
セレーナは最初納得しがたい表情をしていたが、ふと切なげな笑みを浮べる。
「それなら、私の気分転換にお付き合いいただけませんか?」
セレーナに腕を引かれて私は歩き出す。
「え、どこへ行くんですか!?」
「気晴らしですわ。あ、そちらの侍女様、ちょっとリリ様を帝都までお借りしてもよろしくて?」
回廊へ入ったところで、どこかへ行こうとしていたノエリアと行き会った。
「あら、セレーナさん? 帝都まで借りる、ですか?」
「気晴らしが必要だと思うんです!」
そう言われたノエリアは、一瞬だけぽかーんとした後、微笑んだ。
「そうね。気晴らしをしてらっしゃいリリ」
「え、いいんですか?」
「皇太后様のご用事は私達だけでも大丈夫。最近色々あったし、帝宮以外の空気を吸って来た方が、いいかもしれないわ」
「では、お借りします!」
そういうことで、私はセレーナに引っ張られて、帝都観光へと向かうことになった。




