31 もう一人の……聖者?
今現在、この世界に聖女の力を確実に持っているのは、二人だと思っていた。
ゲームの主人公側にいる聖女。
そして私。
レゼクにもう一人いるかもしれない、と言われた時は、正直『まさか』と思っていた。
状況的に、その方がつじつまが合うにしても、だ。
なぜならゲームに、聖女は一人しかいなかったから。
もちろん、血で能力を受け継ぐのなら、他にも潜在能力を持っている人は親族にいたのかもしれない。
でも私のこの世界での母のように、発揮することができないまま、血を繋いでいるのだろうと、そんな風に思っていたのだ。
(でも、レゼクの考えすぎとか、勘違いじゃなかった)
聖女の力を使わないように、と言ったレゼクの判断は正しかったのだ。
カールが一歩踏み出す。
私は黙ったまま一歩後ろに下がった。
「おや。僕を警戒するって、何か知ってるってことかな?」
彼の問いに答えるわけにはいかない。
私が聖女の能力を持っていると知られたなら、真っ先に標的になってしまう。
そして私が、なんらかの方法で言うことを聞かされるような状態になったら……。
(レゼクを操るのは、簡単だ)
騎士の能力というのはそういうもの。
聖女や聖者の指示に、抗えずに従ってしまう。
ではどうやって隠すか。
(まずは、怯えるふりをする)
最初に皇帝が出て行った扉を見て、カールを見て。
わけがわからないといった表現をしておく。
だから答えられない、とカールも少し考えたようだ。
「んー? 君そんなに頭よくないの? 皇帝がどうして急に考えを変えたのかわからない? ピアノ弾いた時は、仲間かなって思ったのに」
(うっわ、あれ、カールでもなんか気づく奴だったの?)
ただ思いがけず曲が浮かんだ。
そして弾けるわけがない曲を弾けたのは、ものすごくおかしいと思う。
聖女の能力の一端なんだろうとは思ったけど……。
「あの曲、不思議だね。どこかで聞いたことがある気がするんだ。教えてくれた人がいるのかな?」
曲そのものを知ったのは前世だ。
でも教えるわけにはいかない。
なんかこう、前世で異世界で暮らしてたなんていうのも、もしかしたら聖女の何らかの条件に引っ掛かってたとしたら……自分で落とし穴を掘るような物じゃない。
だから不自然に聞こえないように言った。
「曲は、母の知り合いが……」
「知り合い。君、聖女の一族と知り合いでもいるの? じゃあ騎士の方?」
(やだ、この人どこまで知ってるのぉぉ!)
聖女や騎士について知識があるって、かんっぜんに聖者の力があることも、能力についても理解してるクチだ!
「き、騎士?」
とりあえず勘違いしてくれるなら、まだ騎士の方がマシかもしれない、と思った。
聖女だと思われるよりは。
とっさの判断で、誘導するように騎士について聞く。
カールはげんなりした表情になった。
「知らない? でもこの様子だと騎士っぽいなぁ。最近の騎士って、聖女の力を拒否しがち。でも力を使ったことを感じ取れるんだから、そうなんだろうなぁ」
そして驚く発言をした。
「皇子が騎士だから、仲間でも見つけて来たのかなぁ」
(レゼクが騎士だって知ってる!?)
まさか認識されているとは思わなかった。
みんな知らないと思っていたのに……。
そういえば『最近の騎士って、聖女の力を拒否しがち』と言っていた。
レゼクは聖女の力を持ってる人間がいそうだと感じつつも、カールだと特定できず……。一方でカールの方はレゼクが騎士だろうと予想をつけていた?
驚いて、ちょっと表情に出てしまったらしい。
「あ、騎士で当たりかな?」
でも黙ったままの私に、カールが告げる。
「じゃなければ、君たちの側にいる人間が、既に僕の力の影響を受けてることに気づくはずだよね」
「な……っ、誰にそんな!」
私は思わず尋ねていた。
皇太后やレゼクの側にいる人間に、聖女の力を使ってる?
一体誰? そして力で指示した内容は一体何な?
「まさか、皇太后様の情報を流させてるの?」
カールは私をバカにするように笑い出す。
「君、僕より年上だろうに素直すぎやしないかい? おかげで誰も気づいていないってわかったよ」
言われて初めて私は引っかかったことに気づいた。
うかうかと情報を漏らしてしまった自分が悔しくて、唇を噛む。
「さてどうしようかなー。指示した内容を教えてあげてもいいんだけどね。特異体質らしい君が、僕のいうことを聞いてくれる代わりに、だけど」
「なんで言うことをきかなきゃいけないのです?」
今度は慎重に尋ねる。
おそらくカールの言う通りにした場合、指示の内容を知っていてもその当人に私は手が出せなくなるだろう。それぐらいは私にも予想がつく。
しかしカールの考えはそれ以上のものだった。
「ああ言い方を間違えたね。聞いてくれなければ、指示の内容を変えて、誰かを殺させようかな? ……これなら僕に従ってくれる気になるだろう?」
「なっ」
「僕の能力で誰かが死んだとしても、誰も僕のことを疑わない。疑っても、こんなおとぎ話じみた力の存在を、実際に目の当たりにしないかぎり信じる者はいないだろうね」
私は息を飲んだ。
たとえ本人にするつもりがなくとも、実際に事件を起こしたら罪人になるのは能力で意志とは無関係に行動させられた者だ。
その暗示で、もしレゼクを殺されたりしたら……。
(え、ゲーム内容変わっちゃう! 侵略が実行されるんじゃない?)
ランヴェール帝国による、ヴァール王国への侵略をしようとしたのは、あの女好きの皇帝のはずだ。
レゼクが皇帝を倒さない限り、実行されると思う。
その場合、主人公達は……対抗できるの?
今度は帝国側に、カールという聖者がいるのに。
(昔みたいに、ヴァール王国が撃退できないかもしれない? それにウルスラ妃の弟なんだから、邪魔なレゼクも殺したいだろうし。……だからレゼクは、私の力を欲しがったし、帝宮へ連れてきたの? それなら対抗できて、自分が倒されずに済むかもしれないから?)
考え、どうやって逃げればいいのかと焦る私に、カールが微笑みかける。
「さぁ、僕の話を聞いてくれるかな?」
私は奥歯を食いしばる。
何か方法は……。
窓を見ても、開いていてはいるけど、その向こうにあるのは掘とそこに流れる川だ。
「早く答えてほしいな。僕はそう気が長い方じゃないんだ」
ああそれに、と彼は付け足した。
「僕をこの場でどうにか始末をしようと思っても無駄だよ。僕がいなくなれば、皇帝やウルスラ妃が探すだろう。そして君に嫌疑がかけられる」
ややあって、私は覚悟を決めた。
「どれも嫌なので、さよならっ!」
そして窓へと駆け出した。
カールが目を見開いたのが、横目で見えた。
「おいっ!」
叫ばれたけど、完全に無視。
そして私は、窓枠を蹴った。




