28 対策、実行します 1
「でも、あの方に今していただきたいのは別のことなのよね」
とはノエリアの感想である。
可憐なノエリアの口から出てくるのは現実的分析だ。
「セレーナさんが陛下とよりを戻して下さるのが一番いいのよ。そうしたら陛下もわざわざリリにかまけることはないのですもの。けれどご本人の感情が冷めてしまっているのではね。最初からお金で動いて下さっている方なら報酬の上乗せで交渉しようもあるのでしょうけど」
恐いことをさらりと言いつつ、ノエリアはにこりと微笑む。
「そもそも、陛下が変にそういうところに敏くていらっしゃるものだから。ちゃんと好意を持っていない方はお近づけにならないの」
「ほぁ~」
どちらかというと空気を読む気がないタイプの人だと思っていただけに、自分に気があるかどうか察するとは思わなかったので、私は驚く。
「ずいぶん間抜けな相づちだな」
と、横から言われる。
左隣を歩いているのは、騎士の訓練でもお世話になったトールだ。
さっそく当番が空いていた彼は、最初の犠牲者――もとい、私の恋人に誤認される役に選ばれたのだ。
「や、だってあんまり驚いたんだもの。ウルスラ妃とか怖そうだし、堂々と浮気するのって、かなりいろんなことに無頓着なんだなと思ってたし」
「いや、まぁそれは俺も思うが。皇帝みたいな奴は、好意さえあれば他はどうでもいいんだろ。そういう奴って、男でも女でもいるもんだし」
それはそれで怖い、と私は思う。
身近な人が、どれだけ気に入らないっていう理由で人を殴ったりしても綺麗に無視できるってことで。
ある意味加担してない?
普通の神経してたら止めると思うんだけど?
しかも皇帝がそれって……。
というところで納得した。
(ウルスラ妃が自由にやれているわけだわ)
息子にも関心がないから、レゼクは自分でウルスラ妃から身を守る必要があるのも、そのせい。
皇太后が全面的に庇護しているのは、母親に手を出せば、さすがに皇帝も行動するから、ウルスラ妃も手控えるからなんだろう。
そこでノエリアがぽんと一つ手を叩く。
「さ、二人ともここからは笑顔でね。私は別な用があってご一緒できませんから。仲良さそうに、ね?」
促されてうなずいた私は、ノエリアを見送った後で再びトールと歩き出す。
「……で、一体何すりゃいいんだ?」
もっともなトールの問いに、私も唸るしかない。
「私も皆目見当がつかなくて。そもそも恋人らしくって、何すればいいんですか?」
「何で俺に聞くんだよ」
「いやぁ、なんだか色々知ってそうだなって思いまして」
そう言うと、何故かトールは嫌ぁな笑みを浮かべた。
「そうかそうか。お前付き合ったことないんだ」
含みのある言い方をされ、私もついムキになった。
「らしいことはしたことありますし!」
「らしい?」
「他の令嬢と腕組んで散策したりとか、お菓子をあーんしてみたりとか」
本当の相手は令嬢ではない。メイド仲間だ。
もちろんメイドだったのに、急遽令嬢という身分を改ざんした話はできないので、言わないけど。
メイド生活時代。
剣が使えることを知って面白がった令嬢に、男用の服を着てそれらしいことをして見せてほしいと言われたことがある。
前世?
付き合ってみて一週間でふられたので、並んで学校から帰るぐらいしかしたことないや。
「ふ……不毛だ」
それを聞いたトールは、額に手を当ててがっくりとうなだれた。
ややあって回廊の端、庭園へ降りる扉を開けながら、トールが尋ねてくる。
「そもそもお前の理想の恋人像ってのはどんなだよ」
「考えたことなかったんですよねぇ。侍女の職についてからも、給料が高くなるからお金貯めて、気に入った土地に家買って住むぐらいしか想像してなくて」
ほんの二・三段の階段を先に下りたトールが、私に手を差し伸べてくれる。
お、これは恋人っぽい感じでは?
前世のドラマかなんかで見たことあるぞ。
恋人のふりをしている間くらいはエスコートしようとしてくれるその気持ちが嬉しくて、私は素直に手を重ねた。
「まぁ、でも一度は考えたことぐらいあるだろ」
「そりゃあ。私も両親が亡くなる前までは、結婚するんだろうなぐらいは思ってたんですけどね……」
続けて尋ねてくるトールに、私が思い浮かべたのは……。
(なんでレゼクが出て来るの)
そりゃゲームで見た時から、容姿は気に入ってたけど。
正直、必要以上の話をするわけじゃないし。
あれぐらいの優しさなら、現世の父親だって娘に甘い人ではあったから、特に感動はしない。
まぁ、「お前となんか結婚したくなるわけないだろ」って言った、父の騎士仲間の息子達よりは段違いに良いんだけど。
ただ、ちょっと危険すぎる。
でも理想を語るぐらいならいいかな?
他に思いつく人もいないし。
「できれば王子様らしい外見で。エスコートはトールも完璧だと思うけど、とにかく気配りができる人がいいかなと」
レゼクが気配りとかできるようになったら、かなり良い物件だと思う。
いや、気配りはしてくれてる……か?
昨日もちゃんと助けに来てくれたし……。
「それで?」
手をひかれて歩きながら、私は続ける。
「やっぱり所作が綺麗な人ですかね。でもやっぱり心根は良い人がいいです。嘘をついたら、謝ってほしいし……。顔が良ければ、謝罪があれば許せそうな気がします」
ぼんやりと考えていたら、トールの一言に飛び上がりそうになる。
「随分具体的だな?」
「えっ、いやっ、ほらなんていうか。先日借りたお話の騎士がそんな感じで……」
思わず付け焼き刃な言い訳をしてしまう。が、その時の私は、頭の中が真っ白になってしまっていたので、その不自然さには全く気づかなかった。
「騎士がな。じゃ、こんなのが好みなのか?」
トールがさっとその場に膝をつくと、掴んだままだった私の手の甲に触れるか触れないかの口づけを落とす。
「ひっ……」
思わず息を飲んだ私は、一気に自分の顔が熱くなっていくのに気づいていたたまれなくなる。
「なっ、なっ、なにをっ」
「なにをって恋人の振りするんだろ?」
「やっ、でもっ」
こんな事をしなくても『それらしく一緒に歩く』だけでいいはずではなかったのか。私にとっても協力してくれる騎士達にしても、だ。
無理をして、負担をかけたくはないのに。
「エスコートの一環だろ? 普通これぐらいするだろ」
「……ほんとですか?」
「だいたい恋人の振りするっていうんだろ? これぐらいはしない方がおかしい。さ、今のは予行演習だからな。なるべく陛下のいそうな所に移動するぞ」
言われ、まだ掴まれたままの手を引いてトールが再び歩き出す。
「予行演習って」
別にそんなのはいらないんじゃないかと思ったが、恥ずかしさで頭が混乱していたため、ついに言い出せずにその日は終わった。




