27 皇帝に対抗する作戦
翌日、早速私は頼みごとをした。
あのセレーナはなんとかなったこと。
「え、触るまでわかんないって、やっぱり異常!」
エルシーの評が正確で、こう、本能的に察知するセンスがあるんじゃないかと私は思う。
「で、皇帝陛下がやはり言葉では納得してくださらなくて。どうしたら誤解だったと気づいてくださるか、お知恵を拝借したいと思いまして」
話したところで、皇太后がお茶のカップを置いた。
「レゼクから連絡は受けていました。対策をするのは良いことだと思います。皇帝までが異常なことをしているのですからね」
皇太后の表情が曇る。
やはり自分の子供が、操られていそうだと聞いて不安にならないわけがないだろう。
どんなに叱っても、怒っていても、どこか見捨てられない気持ちがあるんじゃないかな。
そんな皇太后がノエリアに言う。
「対処については任せます、ノエリア。誰を使ってもかまいませんよ」
「はい、承りました」
侍女として最古参のノエリアが采配を任され、昨日のパーティーの疲れで休む皇太后は退室。
そしてノエリアは、近くにいた近衛騎士を呼んで巻き込んだ。
彼女はその目的について話す。
「私達にできる解決法は一つだと思うのです。皇帝陛下が【リリに接触せずに】彼女を女の子と認めるようにすること」
呼ばれた騎士のうち、一人がノエリアに質問する。
「けど、接触せずにってかなり難しくないか? この……」
恐縮して縮こまるように座っている私を指さし、騎士ディックが続ける。
「騎士服を着てない状態で信用できないってのは」
言われて、昨日の皇帝アドリアンの異常な様子を思い出し……ちょっと落ち込む。
着飾っても女装してるだけだとか言われて、女だと思ってもらえないなんて、きっと世界中探しても自分だけに違いない。
ディックにそう言われたノエリアは、既に考えがあると余裕の笑みを見せる。
「大丈夫です。皆さん思い出して下さい。皇帝陛下は人の物には手をお出しにならない、珍しい方です」
え、そうなの?
まだ帝宮でのことに慣れ始めたばかりの私は、皇帝の性格とか性癖なんて詳しく知らない。
でもみんな驚いていないので、周知のことみたい。
(ていうか、今まで皇帝は、あちこちの女性に手を付けてたってこと?)
あのおっかないウルスラ妃がいるのに、よくそんなことできるな……と内心でびびってしまう。
え、もしかして何人かウルスラ妃に殺されたりしてない?
それとも、娘の即位を邪魔さえしなければ、別にいいって感じなのかしら?
ついついそんなことを考えてしまう。
「そんな方だからこそ、恋人がいれば『女性だ』という話を信用する、かもしれないわよね?」
エルシーの呟きに、トールがげっと声を上げる。
「まさか、騎士をこの場に呼んだ目的って……。恋人のふりをさせるためなのか?」
どうや私が誰かと恋仲に見えたなら、皇帝もあれは女だったのだと理解してくれるのではないか、という作戦のようだ。
しかしノエリアは首を横に振った。
「誰か特定の人間と、というのは後で弁解するのも面倒になります。皆様方もお家のことがありますから」
「まぁ、そうか」
トールがうなずいた。
彼らも誰かと恋仲だと皇帝に騒ぎ立てられたら、自分の家まで話が伝わる可能性が高い。
その時に言い訳ができないと、後々たたりそうだ。
でも皇太后の侍女が、騎士と歩いていた、別に一人限定ではないのなら、皇帝が騒いでも『違うよ?』と言いやすい。
そこでノエリアが提案した。
「ですから皆さん持ち回りで、ということでお願いしたいのです。順番や時間などは後ほどお伝えします。侍女の方では、リリを着飾らせるのを手伝って下さい。あと、皇帝陛下が近くに現れたらみなさん知らせてください。見せつけなければなりませんので」
騎士の面々は納得した表情でうなずく。
そこで解散し、一方で侍女達は別の部屋へ移動する。
皇太后の棟にある、客人用の部屋の一つだ。
中へ入ると、カーテンを開けていた窓際にたたずんでいた、セレーナが振り返る。
先ほど、話し合いの前にセレーナが訪問して来ていたのだ。
謝罪をしたい、と。
どうせなら、詳しい事情を聞けたらと思って私は了解した。
ノエリア達がついてきたのは、万が一にもセレーナがまた恋煩いを始めた時に、抑えてもらおうとしてのことだ。
「お待たせしました」
挨拶すると、彼女は戸惑った表情を向ける。
まるで夜になって花を閉じてしまった花のようだ。
「ええと……その。今までごめんなさい」
胸に手をあてて深く一礼して詫びてきた彼女は、一夜明けてもちゃんと私が女性だということを覚えていてくれているようだった。
元に戻っていなくてよかった……と、私は内心で胸をなでおろす。
「どうして私、あなたのことを男だと思ってたのか……。私と背もそう変わりありませんし、手首だって細いのに……。自分でもどうしてかよく分からないのですわ」
目尻を下げ、困惑した表情でセレーナはそう告白した。
とはいえ、私の方も「そういう勘違いをする事も、あるんですね」と言うしかない。
暗示をかけられたんじゃないとか。
その暗示というのは、聖女の力を持つ誰かのせいじゃないかとか……なんて話をするわけにいかない。であれば、ふんわりと濁すしかないのだ。
黙って聞いているノエリア達も、それで納得はしていないけど、まさか聖女のような力が関わっているとは想像もしていないだろう。
エルシーなんて、眉間にしわを寄せている。
たぶんあれは、勘違いなんて状況には見えなかったのに、とモヤモヤしているようだ。
けれどセレーナは当事者なので、自分の心理変化が理解できずに悩んでいる。
あまりにもかわいそうなので、彼女をなぐさめた。
「ほら、だって出会いが出会いでしたし、先入観とかあったのかもしれませんね」
「ええ。確かにあの時のリリ様は本当に素敵で……」
まだ少し暗示の余韻が残っているのか、セレーナは自分の頬に手を添えて吐息をもらす。
「あまりに凛々しくて、私一気にリリ様しか見えなくなって……。本当に、あんな風に守ってもらえたらってずっと思っていたのですもの」
そうしてセレーナは続ける。
「私が女優というのはご存じですか?」
「ええ、とても人気があると伺いました」
彼女はにこりと微笑んだ。
「最初は私、学もない、教養もないただの村娘だったのですわ。それが劇を見る機会があって、憧れて、最初は舞台衣装のお針子として劇場に出入りするようになったんです」
セレーナはそうしている合間に、見よう見まねで歌を練習してみたり、それを女優に見つかって馬鹿にされたりしながらも、劇の練習をしていたらしい。
「当時の住いは下町の小さなボロ家でしたわ。家を飛び出してきた薄給の私には、そういった所しか住む場所がなくて。いろいろと……辛い事もありました」
若い娘の一人暮らしとなれば、何があってもおかしくなかっただろう。
「それからはなんとか女優にさせてもらえて、主演にまで上り詰めることができたわ。でも、そうなってみても私を心から守ってくれる騎士みたいな人はいなかった。のし上がった私はとても強い女だと思われていたし。だから……憧れを目の前にして、浮かれてしまったのかもしれないわ」
そう言って彼女は寂しそうな笑みを浮かべる。
私は、胸がしめつけられるような気持ちになった。
普段は自分の足で立つ力があるかもしれないけど、時には心細くなったりするものだ。そんな時に、支える気持ちを持ってくれる人がいたらいいなと、私でさえ思う。
セレーナは権力者の関心を得ても、やっぱり自分だけを守ってくれる相手ではなかったことにがっかりしていたのかもしれない。
そんな時に、初対面にもかかわらず敵の前に立ちはだかった私は、セレーナの理想の王子様そのものに見えたに違いない。
「セレーナさん……。私でよければまた、お助けしますよ」
思わずそう言ったら、セレーナは目を見開く。
「でも、そんなに美人で素敵でがんばってるセレーナさんなら、きっと私みたいなまがい物なんかじゃなくて、素敵な騎士が現れてくれますよ」
一生懸命励まそうと言葉を連ねていたら、セレーナが突然抱きしめてきた。
「え、あの」
「ありがとう」
ぎゅうぎゅうと私を抱きしめて何度も「ありがとう」を繰り返した彼女は、ややあって離れると満面の笑みで宣言した。
「こうなったら私、なんとか陛下にあなたが女性だと納得して頂けるよう協力します!」




