26 さらにやってきたのは……
女性同士とはいえ、さすがに恥ずかしいが仕方ない。
かなり強固に男と思い込んでいるセレーナには、事実を頭に刻み込むことでその暗示を払拭してもらえたら、その方が手っ取り早いのだ。
そう決意して申し出た。
セレーナも少々恥ずかしそうな表情をしながらも、
「そうまでおっしゃるのでしたら……」
と近づく。
しかし、辺りを気にしながら歩み寄ってくるのはどうもなんか落ち着かない。
「女同士なんですから。なんかそう緊張されるとよけい恥ずかしいんですが」
「でも、騎士様の胸に触って……だって、女性じゃなかったら私、恥ずかしいですし。本当に私を騙していらっしゃいません?」
なるほど、顔を赤くしているのは私が男だった場合……のことを考えてらしい。
いや、勘違いなんで!
私はセレーナの腕を掴んでひっぱった。
「騙してどうするんですか、ほら!」
勢いがついたせいでちょっと痛いくらいだったが、確かにセレーナは何かに気づいてくれたようだ。
この世界に、胸を造形する技術はないので、これで違いがわかるはずだ。
目を見開いてセレーナが私を見上げてくる。
その様子にほっとした時だった。
「私は騙されんぞ。胸など似た感触のものをどうにか作れるかもしれんではないか!」
セレーナを説得することに注意が向きすぎてて、庭に他の人が出て来たことに気づかなかった。
誰かと思って振り向く。
その人物にびっくりしていると、セレーナが相手の名を呼ぶ。
「え? アドリアン陛下?」
パーティーの真っ最中で、他の人と話していたのだから、抜け出してこられないだろうと思っていた皇帝アドリアンだった。
アドリアンはつかつかとこちらに歩いて来る。
「そいつがお前の想い人か」
そして次に、とんでもないことを言い出した。
「そなた、脱げ」
「……は?」
「実際に胸があるのか、見なければわからんではないか」
私は頭が真っ白になった。
まさか男かどうか確かめるために、脱げと言われるとは思わなかった!
(え、これどうするの? もう面倒だし、一回殴って気絶させて、夢だったことにした方がいいんじゃ?)
呆然としすぎて、とんでもない解決法を思いつく。
でもそんなこと上手くいくわけがない。
じりじりと近づく皇帝。
「そんなひどいこと、なさらないで!」
セレーナが止めようとしてくれるけど、皇帝はじっとこちらをにらんだまま。
もう、だめだ。
息が詰まる。
その時、ふっと意識が遠くなる気がした。
何かが自分と繋がるような感覚が起きそうだったその時……。
「大丈夫だ」
私の目を覆う手。
驚いて、意識が急速に自分の体に戻ってくるような感じがした。
思いがけず優しい声は……レゼクだ。
どうして来てくれたの?
「陛下、お祖母様の侍女に無体をするのは、さすがに見逃せませんね」
静かな声。
でもいつもより強く、威圧を感じる。
「いや、その……」
うろたえる皇帝の声。
目を覆う手が外されて、皇帝が落ち着かない様子で視線をそらしながら、今度は後退りしているのが見えた。
(レゼクが怖いの?)
でもそのおかげで、皇帝は無茶な要求をしなくなった。
ほっとして力が抜けそうだ。
「なんというか、まぁ、も、もうセレーナに近づかないでもらえれば、そそそ、それでいいからな!」
言うだけ言って、脱兎のごとく皇帝が立ち去った。
背後に立つレゼクが、小さく鼻で笑う。
(変な親子関係ね)
というか、全く親子という感じがしない。
貴族の親子関係だと、そういう人は多いけれど……。
(何より、皇帝がレゼクのことを怖がってる)
父子の間でなんらかの力の差があるんだろうか?
そう考えられるくらい、自分の緊張はほぐれたようだ。
肩の力が抜けたところで、振り返った。
お礼を言おうとしたけれど、その言葉が止まる。
レゼクが、不安そうな表情でこちらを見ている気がした。
ぱっと見はいつもの冷徹そうな顔なのに、ほんの少しだけ、視線が何かを怖がっているようなそんな感じを受けたのだ。
でもそれは一瞬で、すぐに消えてしまった。
幻だったみたいに。
「無事だったな」
「あの、はい、おかげさまで。ありがとうございます」
レゼクの方が先に口火を切ってくれたので、すぐに御礼を言うことができた。
「皇帝が急に大広間を出たから、何かと思っていたが。追いかけたのは正解だったようだ。隙を見て接触してくるかもしれない。早く部屋に戻るべきだろう」
「はい、そうします」
レゼクが皇帝を避けられるように助言してくれたのはわかったので、私は素直にうなずいた。
そしてレゼクは、まだ残っていたセレーナの方を向いた。
「お前も、思い違いに気づいたのなら、もうかかわらないことだ。わかったな」
やや脅すような声音に、セレーナも慌てて一礼して逃げるようにいなくなった。
これでやっと、セレーナに執着されることはなくなっただろう。
「では、これで失礼します」
私も早々に部屋に戻ろう。
もう疲れた……と思っていたら、なぜかレゼクがついてくる。
「あの、皇子殿下はパーティーにお戻りいただいても……」
「皇帝はまだ突っかかってくる。あちらの植え込みの方を見てみるといい」
と言われて、横目で右手を見たら……。
「うわっ」
ほんとにいた!
まだ隠れてこっち見てる!
「皇子殿下がいなくなるのを、待ってるんですかね?」
「そうだろう。……執着しすぎだな」
レゼクの言葉に、ふっとエルシー達との会話を思い出す。
「なぜ、こんなに私に執着するんでしょう。変な薬でも出回ってるんですか? それとも暗示……あっ」
そこでようやく私は、ひっかかりの回答にたどりついた。
「もしかして、操られてる?」
聖女の力のようなものがある世界だ。
魔法だって弱いながら存在する。
なら、暗示でどうにかするような方法だってあるかもしれない。
するとレゼクは、もっと恐ろしい回答を寄越してきた。
「まじない的な物にしては、強すぎる。暗示にしてもおかしい。……聖女のような力を持つ人間が、いるかもしれないと思っている」
「え」
聖女の力を持ってる人が、他にもいる!?
でもレゼクの警戒の仕方は、まさにそんな感じだ。
この冗談を言いそうにない男が、わざわざ私をひっかけて笑うわけもないし。
「だから聖女の力を使わないようにしてくれ。相手に、君の正体がバレるかもしれない」
「だから止めたんですか?」
私の感覚では、もう少しで聖女の力を発揮できそうな気がしていた。
だけどレゼクが触れて止めたのだ。
「そうだ」
わざとそうしたらしい。
騎士の力を持ってるから、それがわかるんだろう。
「え、でもそうしたら……どうやって皇帝の思い込みを直すんですか?」
あの状態だと、言葉で説明しても無理そうだ。
かといって脱ぐなんて論外すぎる。
そして相手は皇帝だ。
運良くレゼクがきてくれらからなんとかなったものの。そうでなければ命令に背けばどうなるか……。
いや、今度こそ私、皇帝を殴った罪で追われることになってたかも。
「触らせるしかないですか?」
それしかないかとあきらめかけたところで、レゼクが驚く。
がしっと両肩を掴まれた。
「そんなことをする必要はない!」
「え、はい」
「本来なら殺しても飽き足りない人間に、そんなことをさせるわけにはいかない。もっと他人を頼れ。巻き込んだ俺がこんなことを言うのはおかしいかもしれないが……」
苦悩するような表情。
なんだろう。女性が犠牲になるのは許せない紳士なのかな。
そうだといいな、と私は思う。
「いよいよとなったら、秘密裏に俺が叩いて治す」
レゼクの表情は真剣だ。
でもそんなことしたら、大問題では?
(あの皇帝の下で、わざわざレゼクが大人しくしてるんだから、今は簒奪するだけの状況が揃ってないんだろうし。急に暴れられたら、皇太后の侍女ってことになってる私や、他の人達も巻き込まれて大変なことになりそう)
ヴァール王国に逃げて暮らすにしても、帝国が侵略を辞めてくれないと安心できないし。
できれば、レゼクが皇帝になったうえで、国を滅ぼさずに穏便に運営してくれる方がいい。
――これだけ、聖女に関して配慮をする人だ。
聖女の血族がいるヴァール王国を攻めたりしないだろう。
だからここで波風を大きくせず、なんとかしなければ。
あと、聖女みたいな力を持ってる人間がいるとしたら、妙な暴れ方をして、こちらの秘密に気づかれたりしても困るし。
「とりあえず、女だと信じさせる努力をしましょう。皇太后様達と良い案がないかを相談いたします」




