弓曳き童子 弐
傍に居た源次郎が中岡編集に声を掛ける。
「お、中岡さん、そ、その弓曳き童子というのは、な、なんですか?」
「あっ、ああ、東芝という大企業があるでしょう、その創業者の田中久重という人物が作り上げたからくり人形ですよ。ゼンマイの力で糸を動かし、弓を取り、四本の矢を番え放つという動作が出来るという……」
「そ、そんな機巧があの甲冑に組み込まれていたと云うのですか?」
源次郎が震える声で質問する。
「ええ、甲冑の中に歯車が見えました。た、多分、その可能性は高いと思いますが……」
中岡編集は頷く。
「そ、それで、あの甲冑が弓を引き、その放った矢でご主人様の胸を射たと云うのですか?」
想像しがたい状況もあり、源次郎は震える声で質問した。
「い、いや、そこまでは僕には解りませんが、ただ、この状況から鑑みるにあの具足が矢を放った可能性が高いように……」
瞬間、中岡編集が私を見た。
「君はどう思う?」
そして助けを求めるように聞いてくる。私としても、出来るだけ協力をしたいと考える。
「いえ、まだあの甲冑が放った矢が村上様を殺害したと断定するのは早計だと思います。まだ、そう見せ掛けて本当は別の方法が使われた可能性もあると考えられますよ……」
私は少し考えてから口を開いた。
「……殺害…… ですか……。自殺とか事故ではなく……」
源次郎が蒼白な顔で聞いてきた。
「……方法はまだ定かではありませんが、これは事故や自殺の類ではないと思いますよ」
私は答えた。
「……し、しかしながら、ど、どうしてこんな事に……」
改めて銀次郎が吐き出すように云った。
「……そ、そうですよ、そもそも、どうして村上氏が殺されてしまうような事に?」
中岡編集は顔を顰めながら源次郎に質問した。
「解りません…… その辺りは……。本当に、どうしてこんな事に……」
源次郎は首を横に振りながら答えた。呉羽は肩を震わせながら佇んでいる。周囲では女中達が源次郎と同意なのか何度も頷いていた。
「……因みになのですが、あの甲冑は、いつからあの場所に飾られていたのでしょうか?」
私は恐ず恐ずと手を挙げて質問する。
「あ、あれですか、あれは、私がこの城に来た頃から飾られていたと思います。確か昇降機を手掛けたからくり師、飯塚庄九郎という人物からの献上品ということで置いていった物です、この城の築城期からあったと思いますが……」
呆然としたまま源次郎が答えた。
「……なるほど…… 昇降機を手掛けたからくり師ならば、弓曳き童子を作ることは簡単かもしれませんね……」
中岡編集は身を屈め、甲冑が乗っている黒い漆塗りの葛篭の下を覗き込む。
「と、とにかく警察に連絡をしないと……」
私は思い出したように促した。
「ええ、そうですね、そうなのですが…… ここには電話がないのですよ……」
「えっ、電話が無い?」
源次郎の声を聞き、中岡編集が聞き返す。
「え、ええ……」
源次郎は額の汗を拭いながら答えた。
確かに電気を使わずにからくりで賄っているぐらいだ。電話など無くて当然かもしれない。
「こ、困りましたね……」
中岡編集は頭を掻きながら呟いた。
「どうしましょうか?」
源次郎が助けを求めるような顔で中岡編集に質問する。
恐らく主たる管理は源次郎が行っていたのだろうと思われる。しかし源次郎もこんな殺人事件に遭遇した事はないのだろう。こんな時どうすれば良いのか解らないといった顔でいる。それは女中達も、妹の呉羽も同様で強張った顔で中岡編集を見ていた。
「とにかく、殺人事件の可能性が高いですから、警察には連絡を入れないとマズいですよ、そうだ! ここから船で、尾道辺りか、逆に四国の警察に連絡を入れに行ったらどうでしょうか?」
中岡編集は知恵を絞ったのか、そう提案した。
「い、いや、中岡さん。それはマズい場合が……」
私は横で手を挙げて云った。
「マズい? 警察に連絡しない方がマズいだろう? 一体何がマズいんだ?」
少し苛立ち気味に中岡編集が聞き返してきた。
「いえ、船で連絡を入れに行った人が万が一犯人だった場合、犯人を取り逃がすことになりますし、移動手段である船を犯人に渡してしまったら、私達ここで連絡も取れずに孤立する恐れもありますよ」
私は躊躇いがちに説明した。
「あっ、そうか、その場合もあるのか…… 犯人がこの城の住民だという可能性も……」
中岡編集ははっとした顔で呟いた。そして僅かながら猜疑的な視線で周囲を見る。
「じ、じゃあ、皆で一緒に船に乗って、互いが互いを監視しながら船で島を離れ、本州か四国に上陸して、警察に皆で直行すれば良いじゃないか!」
「まあ、それならば犯人を取り逃が事は無くなりますが、犯人が強力な武器か何か持っていた場合、皆殺しにされる恐れもありますが……」
「いや、でもこの島城にいる人間を皆殺したいと犯人が考えているとは思いにくいぞ、そうしたいなら、態々あんな手の込んだ遣り方はしないんじゃないか?」
「確かに、今回の件は明らかに村上氏だけを狙ったもので、それもこの城の事を知り尽くした人間が、綿密な計画を練り、巧妙な仕掛けを用いて行った犯行のように見えますよ。でも万が一って事にも備えないと……」
そんな談義をしている所で、源次郎が手を挙げて言葉を発した。
「……あ、ちょっと宜しいですか? 実を申しますと、私も含め、女中たちも、奥様、呉羽様、お嬢様は、船舶免許なるものは持っていません。それに、そもそもどうあの船を動かしたら良いかよくわかりません…… 船を動かせるのはご主人様ただお一人でしたし、船は変わった形と構造をしていますし……」
女中達もそれを肯定するかのように頷いて見せた。
中岡編集の提案が良かったにしろ悪かったにしろ、船での移動は簡単には出来なそうだった。
「そうしたら、取り敢えずは、皆で集まって話し合いをした方が良いですね、と、ところで、この島には、他に何名の方がいらっしゃるのですか?」
中岡編集は改まって聞いた。
「こ、ここにいる以外は、奥様とお嬢様、それと料理番の男性がおりますが、それで全員です。他には誰も居りません」
「そ、そうなのですか、では、この状況をご説明しないといけませんし、奥様とお嬢様を此方にお連れいただけませんでしょうか? それとその料理番の男性も来て頂いていた方が宜しいですね……」
「ああ、そうですね、ご主人様が亡くなられた事を、兎に角奥様とお嬢様にお伝えしないといけませんよね…… 解りました。私と女中頭の方で呼びに参りましょう」
源次郎はそう答え、年配の女中頭を引き連れ、部屋を出て行った。
後には強張る顔をした呉羽と若い女中二人が只々その場に立ち竦んでいた。




