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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第一章       ● 其ノ三 備後水軍城殺人事件
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再現された島城  捌

 私は気を取り直し、少し酒を嗜み、料理に手を付け始める。


「料理はどうだろう? 瀬戸内で取れた地の物をふんだんに使った物なのだが……」


「とても美味しいです」


 中岡編集は再び頭を下げながら答えた。確かに美味しく新鮮な刺身だ。


 村上氏の横に並ぶ女性達は静かに食事を嗜んでいた。


「ところで中岡君、君は出版社の編集をしているという事で、色々な知識をお持ちのようだが、酒の肴に面白い話など一つ聞かせてもらえるとありがたいのだが?」


 どうも、村上氏は隠居生活に近い日常を過ごしているらしく、刺激に飢えているようであった。でなければ我々などの為に城を案内したり、宿泊を勧めたり、食事に招いたりはしないであろうと思われる。


 少し考えてから中岡編集が口を開いた。


「……それならば歴史の謎という題目で、少し話をさせていただきましょうか」


「ほう、歴史の謎と!」


「ええ、明智光秀が天海上人として生きていた。などのような歴史に纏わる謎といった感じの話ですけれども……」


「おお、とても面白そうだ」


 中岡編集は小さく頷き、ゆっくり話をし始めた。


「ところで村上様は三方ヶ原の戦いはご存知ですかな?」


「ああ、京に登ろうと進軍してきた武田軍に、徳川軍が惨敗した戦いだ。家康が浜松城に逃げ帰った際、恐怖のあまり脱糞してしまったという話だろう」


「さすがに良くご存知ですね、実はあの戦いに隠された真実があると、近年のある学者が言っているのですが、それはご存知ですか?」


「いや、それは知らんが……」


 村上氏は真剣な面持ちで首を横に振る。私も初耳だった。


「その説によると、元亀三年の三方ヶ原の戦いはそもそも存在自体が無かったというのですよ」


「な、なんと」


 村上氏は驚いた表情で中岡編集を見た。私も驚き中岡編集の顔を覗き見る。


「三方ヶ原の戦いは信玄の西上作戦の一環として行われ、その後の野田城の戦いで信玄が体調を崩して撤退、そして死去というのが罷り通っている歴史なのですが、その説によると、三方ヶ原の戦いは元亀三年ではなく、天正三年の長篠の戦いの直前に行われたもので、信玄の生存期ではなく、勝頼の時期だった可能性があるらしいのです」


「そ、それは初耳だ。しかし、どうして、そんなズレが生じているのだ?」


 私も同じ疑問が生じているので、村上氏の質問に合わせて数度頷く。


「その学者の説から鑑みると、信玄に負けたのであれば格好がつくが、勝頼に負けたのでは格好がつかないということで、その後政権を取った徳川家で、歴史を書き換えた可能性があるのではと…… 確かに、逃げ込んだ浜松城の戸を開け放していたのを罠だと思った武田兵が撤退した話や、篭城戦を行わず態々三方ヶ原まで出て野戦を挑んだ事や、江戸期の武田家や信玄の持ち上げ方も少し行き過ぎている感じもありますしね……」


「ほほう、もし、そうだとすると、武田家滅亡の後の徳川家による武田家家臣の保護も隠蔽工作の一つのように見えてくるか……」


「あくまでも、歴史の謎の一つですがね。真実かどうかはまだまだ検証を重ねないと解らないようですが、そうだとするとまた歴史の見方に新たなる方向性が出てくる可能性があるのではないかと……」


「確かに……」


「まあ、僕の話はこんな所で……」


 中岡編集は小さく頭を下げ、話を終える。


 ……し、しかしながら、この男歴史に関しては色々な話を良く知っているな…… さすが歴男だ。それに引き換え、龍馬子と嘲笑の的にされただけの私は歴女形無しだ……。


「面白い、いやいや中々考えさせられる話だった。その説を私も細かく調べてみたくなったよ」


 村上氏はしきりに頷き、満足そうな顔をしながら呟いた。


 そんなこんな色々あったが、恙無く食事を終え、私達は御殿部分の一階に設けられた客間に泊めて貰う事になった。


 部屋に案内してくれている女中さんが徐に質問してきた。


「ところでお客さん達は恋人同士なんですかね?」


「えっ、いえ、違いますけど」


 私は手を横に振って否定する。こんなおっさんと恋人同士なわけないだろ、私は少し老けてみられるが二十代だぞ!


「……ご主人様は部屋は沢山あると説明したのではないかと思うのですが、実は掃除が行き届いている部屋は一つしかないのですよ、もし出来たらご一緒に泊まって頂けるとありがたいのですけど……」


 女中は云い難そうに口を開いた。


「えっ、一緒にですか!」


 私は驚き声を上げる。結婚前のうら若き女性なのに男と一緒の部屋で寝て何か問題でもあったら困るじゃない。


「一緒で構いませんよ」


 横から中岡編集の声が聞こえてきた。


「ちょっと待ってください! 私は中岡さんと一緒は嫌ですよ」


 私は慌てて否定する。


「何を云っているのだ君は、あんなに美味しい料理を頂いて、更に泊めて頂くのだぞ! 我侭を云うんじゃない!」


「で、でも!」


「君は僕が君に対して夜這いをかけるとでも心配しているのか?」


「同じ部屋で寝ているので夜這いだとは思いませんが、貞操の心配はしていますよ……」


 私は呟いた。


「安心しろ。僕は龍馬は抱かない!」


「龍馬って云うな!」


 私は目をひん剥いて睨みつける。しかし中岡編集は意に介さない様子で女中の方を見た。


「ああ、女中さん。部屋は一緒で構いません。すいませんお手を煩わしてしまいまして」


「お客さん、助かります。ではお部屋に二つ布団を敷かせて頂きますね」


 私に否定する隙を与えず。女中と中岡編集が強引に話を決めてしまう。お互いの思惑が合致した結果のようだ。


「わ、解りましたよ、一緒の部屋でいいですよ……」


 私は仕方がないと思い、溜息交じりに云った。しかし誰も聞いちゃいない。


「あ、あの、ところで、私、寝る前にお風呂に入りたいのですが!」


 小さく手を挙げて質問する。


 私は基本的にお風呂にちゃんと入ってから寝る事にしているのだ。穴山邸ではろくに風呂に入れてもらえなかったが、その二の舞だけは避けたい。


「ああ、お風呂ですか、お泊り頂くお部屋のすぐ傍にありますよ。まあ、一応お風呂には入っていた方が良いですものね……」


 何か意味深な目付きで女中が私を見た。


 な、なんだ! そのいやらしい目付きは! 何もないし、何もさせんわ! 


 私は歯を食い縛りながら睨み返す。


「到着しました、こちらの部屋でございます」


 女中が襖戸を開けながら云った。


 案内された部屋は書院作りの八畳の和室で、床の間には雉の剥製が飾られているとても趣がある部屋だった。


「さて、それではこのままお布団を敷かさせて頂きますね」


 そう云いながら女中は押し入れを開け布団を敷いていく。見ると布団同士の距離は近い二十センチメートル程しか離れていない。これはいけない!


「それではごゆるりとお過ごし下さいませ」


 布団を敷き終えた女中は、何か含んだ笑顔で挨拶をすると去っていった。


「……随分、布団と布団が近いですね……」


 私は呟いた。……これじゃあ、おならも出来ない。


「ああ、近いな。僕にとってはどうでも良いことだが」


「良くはありませんよ! 布団を離しましょう」


 私はそう云いながら布団を移動する。


 私の布団は部屋の右隅、中岡編集の布団は部屋の左隅へと移動する。その間は四メートル程離れていた。


「ここまで離すのか…… 離しすぎじゃないか?」


 部屋の隅と隅に離れた布団を交互に見ながら中岡編集が云った。


「いえ、私はこの位じゃないと眠れませんから!」


「僕は抱かないと云っているのに……」


「……」


「まあ、良いけどね……」


 そうして、ようやく布団の件も落ち着き、私は折を見て近くにあるという風呂へ入りに行った。私達の部屋から出てすぐの廊下の奥まった所に風呂はあった。


 ようやく私は一日の汗を洗い流す。


 ああ、お風呂って気持ちがいい。色々と失礼な事を云われたのが薄らいでいくわ……。


 私は天を仰いで呟いた。


 三十分程のんびり風呂に浸かってから上がり、部屋へと戻ると激しいいびきが鳴り響いていた。中岡編集はもう寝ているらしい。


 よかった。いびきは煩いがこれで安心して眠れる。 


 ほっとした私は、女中さんが敷いてくれた質の良さそうな布団に身を包む。少し早いが部屋の明かりを消した。時刻は十時頃だった。


 聞いた所によると、私の今日泊まる客間の上には、先程食事の席にいた初という若妻、妹の呉羽、娘だと紹介を受けた飛鳥の部屋があるらしい。そして、この城の主人である村上氏は天守部分の上から二層目の部屋に一人で寝泊りしているとの事だった。


 今日は移動が多かったのもあるし、石段を登ったり降ったり繰り返して疲れていたのもあるし、嘲笑の的にされイライラしていたのもあってか、布団に身を包むと、すぐに睡魔が襲ってきて深い眠りに堕ちていってしまった……。


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