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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第一章       ● 其ノ三 備後水軍城殺人事件
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再現された島城  陸

 更に城の細工を見るべく、天守閣の三層目の外側の廊下を進み、御殿部分の廊下に入り込み、靴を脱いだ玄関側へと進んでいく。


 すると廊下の向かいから、美しい黒髪をおかっぱ頭にし、紺色の着物を着た日本人形のような女性が歩いてきた。


「あら、お兄様、そちらの方々はどなたかしら?」


「おお呉羽か、こちらは我が城を見学したいと言って来られた出版社の編集の中岡さんと、小説家の坂本さんだ」


 坂本さんだ。という説明の際、微かに声が上ずったのを私は聞き逃さなかった。


「中岡さん、坂本さん、これは妹の呉羽と申します」


 初老の村上氏に紹介された妹の呉羽という女性はとても美しかった。本当に日本人形かと思うぐらい色が白く、年齢は二十代後半といった様相だった。しかし妹にしては村上氏とは年が離れすぎている気がした。


「呉羽です。中岡様、坂本様どうぞごゆるりとお過ごしくださいまし」


 どきっとするほど可憐な仕草で挨拶をしてくる。中岡編集の好みのどストライクといった女性だった。


「は、はい、恐れ入ります」


中岡編集はぴんと畏まって腰からくの字の綺麗な姿勢で頭を下げた。私は横で軽く頭だけ下げた。


「ふふふ、お兄様がご自分で案内するなんて、相当お二方の事を気に入られたのですね」


 妹の呉羽は微笑みながら云った。


 えっ、気に入られた…… 私もか? それは龍馬子だから?


 私は気に入られたの一言に、つい自虐的に想像してしまう。


「まあ、私はお邪魔でしょうから、お会いして早々ですが、これにて失礼致しますわね」


 そう云い残し、すぐに妹の呉羽は御殿の奥へと去っていった。


「ず、随分、お若い妹さんがいらっしゃるのですね……」


 その背中を見送りながら中岡編集が質問した。


「妹は高齢出産の年齢で産んだ子ですからね」


「先程、金の茶室にいらっしゃった女性も妹さんなのですか?」


 そちらにも興味があるのか中岡編集は質問する。


「いえ、あれは妻です」


「えっ? 随分お若い奥様なのですね」


「ええ、後添えなのでね……」


 横で聞いていると、金持ちに良くありそうな家庭事情だった。私には到底縁のない世界だろう。


 そのまま村上氏と私達は本丸の御殿を後にして、二の丸部分へ石段を降りていく。すると先程登ってきた三の丸に続く石段ではない場所に細く下に続く石段があった。


「こちらへ」


 その石段は、船着場がある方とは反対になり、天守閣の下方向の切り立つ崖の根本へと続いているようだった。


 そして引き連れられ降りて行くと、私の視界に城には似つかわしくない物が入ってきた。


「えっ、こ、こんなところに水車が!」


 それを見た中岡編集は思わず声を上げる。


 私達の眼前に一本の軸に三つの車輪が連なったような形状の巨大な水車があった。


「ふふふ、実は水車で電気を作っているのですよ、ここまで電線を引いてくるのは大変だし、電線などがあっては印象を損なう恐れがありますのでね、しかし電気を使っている量はごく僅かで、電気を取れる場所は解らないようにしていますがね」


 その水車はまるで巨大な歯車といった様相だった。手前には申し訳程度の桟橋があり、歩けるようになっている。しかし船が接岸出来るような物ではなく、水車を動かす為の足場と云った具合だった。桟橋の下側には水車裏の掃除用なのか、櫂の入った盥が浮かんでいた。


「しかし川でもあるまいし、干満がある海で水車は上手く回るのでしょうか?」


 小首を傾げながら中岡編集が質問する。


「実はこの瀬戸内海は複雑な潮の流れをしている所もあるのだが、場所によっては規則的な一定方向の潮の流れをしている所もあるのだよ。丁度、この城のある海域は大手門の方向から天守の方向に向って潮の流れがある。だから水車が上手く回ってくれるのさ」


 村上氏はニヤッと笑いながら応える。


「潮流を利用しているのですか、いやいや、これは恐れ入りました、やはり拘り具合がとても凄いですね、伝統ある作りの建物、石垣、それに調和を持たせるように配されたからくり仕掛や設備。いや素晴しい。いやいや素晴らしすぎますよ」


 中岡編集が再び感嘆の声を上げた。


「まあ、今、紹介したのはごく一部ですがな」


 村上氏は思わせぶりに呟く。


「えっ、まだまだ、あるのですか?」


「ええ、海水を引き上げ濾過して蒸留水を作る装置などもありますがね……」


「そ、そんなものまであるのですか、こ、これは一日ではとても見きれないですね……」


 中岡編集は大きく息を吐きながら呟く。


「なら、泊まっていかれるかね?」


「えっ?」


 村上氏から思わぬ声が掛かった。


「よ、宜しいのですか?」


 中岡編集は嬉々として聞き返す。


 しかしながら私としては先程散々笑われて気分が悪いのもあるし、再度嘲笑の的にされでもしたら堪らない。正直もう帰りたい。


「な、中岡さん、泊まるなんて申し訳ないですよ、予定時間で引き上げましょう」


 私は必死に云い抗う。


「部屋は沢山ある。こちらとしては別に構わないが……」


 余計な事を云わんでくれ! 私は心の中で叫んだ。


「ぜ、是非に」


 中岡編集が頭を下げながら云った。


「あっ、いや、でも、漁船に四時頃迎えに来てもらう事になっていましたよ!」


 私は思い出して叫んだ。


「なら、源次郎に、漁船が迎えに着たら翌日の午前十時頃に変更してもらうように指示を出しておこうか?」


 な、何っ! なぜそこまで泊めようとするのだ。


「その源次郎さんとは?」


 中岡編集が聞いた。


「ああ、お二方を、我が部屋まで案内した男だよ」


「ああ、あの方は源次郎さんと云うのですか……」


 ……結局、村上氏のお誘いを断ることは出来ずに、私達二人は村山氏の島城に泊めてもらうことになったのだ。


 しかし、その事があの陰惨な事件に出くわす切っ掛けになるとは、私は夢にも思わなかったのである。

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