再現された島城 肆
しばらくすると御用聞きが戻ってきた。
「ご主人様が、了解している通せ、と申しておりますので、どうぞ付いて来て下さい」
「ほら、ちゃんと確約を取っていたでしょう」
中岡編集はここぞとばかりに云った。正直しつこい。
そうして、私達は御用聞きの男の後に付き従い、廊下を内壁に沿いながら進んで行った。突き当たり角で左に曲がると廊下の中ほどから内側に入る事が出来る戸が見えてくる。私達はそこまで進んで行った。
「失礼します。中岡様と坂本様をお連れしました」
御用聞きが板戸の前で声を掛ける。
「どうぞ入りたまえ」
中からしわがれた声が返ってきた。
御用聞きが引き戸を引いてくれたので私達はおずおずと戸惑いながら入室する。その部屋に入って私は驚いた。部屋は茶室のようになっていた。しかし私は茶室に驚いた訳ではない、その茶室が金ぴかだったので驚いたのだ。
「お、黄金の茶室……」
私は思わず呟いた。
「うおおおっ、これは凄い!」
横では中岡編集も周囲を見回し唖然としている。
嘗て太閤秀吉が、黄金の茶室を作った話は知っていたが、まさか自分のこの目でそれと同じような茶室を拝む事なろうとは思いも拠らなかった。
驚き固まっている私の前には、黒っぽい地味な着物を着て、長めの髪を総髪にしている年の頃は五十歳前後と思しき初老の男性が、正座をして茶を立てていた。恐らくその人物がこの城の主である村上氏なのであろう。傍には二十代とみえる藤色の着物を着た若い女性が正座していた。
いきなり中岡編集がペタンと正座して頭を畳に擦り付けた。
「ほ、本日は、お城にお招き頂きまして、真に有難うございます」
当然そこまでの挨拶をしろと云われた訳ではない、場の空気が中岡編集にそこまでさせたと云うべきかも知れない。
しかしながらまたこの展開かよ……。そう思いながら私は横で手を前に重ね軽く頭を下げる。流石に中岡編集のように頭を擦り付けるのはやり過ぎだろう。
「顔をお上げなさい、そこまで謙る必要はないでしょう」
男は中岡編集の様子を見て、笑いながら声を掛ける。
「どうぞ、そちらにお掛けなさい」
促された方をみると、座布団が二つ並べて置かれていた。私はにじり寄り、その座布団に膝を下ろした。中岡編集も恐ず恐ずとその横の座布団に正座する。
部屋の中には抹茶の何とも言えない香りが漂っている。その場には静粛な空気が流れ、不用意に口を開いてはいけなそうである。私はじっと茶を立てている様子を見守った。流石に中岡編集も大人しくしている。
「お菓子をどうぞ」
私の斜め前に座る藤色の着物を着た女性が、小型の膳の上に載った茶菓子を差し出してきた。
「は、はい」
どう振舞えばよいか解らないまま、私と中岡編集は膳の上に載せられたお菓子を受け取る。と思ったら中岡編集が徐にそれを口に入れてしまった。
「な、中岡さん、まだ食べちゃまずいのでは?」
私は慌てて小声で苦言を云う。
「んっ、確か茶の席で出されたお菓子はすぐにその場で食べきり、残してはいけなかったと聞いた事があったぞ」
お菓子を差し出してくれた女性に視線を向けると微笑みながら小さく頷いてくれた。
「あ、合っているようですね……」
私は恐る恐る茶菓子を口に含んだ。おいしい和菓子だった。
それが口の中から消えた頃、茶を立てている辺りから、裃と袴を纏った膝程の高さのある稚児繭姿の人形が、手で支えたお盆の上に茶を載せて運んできた。そして中岡編集の前で止まる。
「こ、これは、茶運び人形……」
驚いた中岡編集は思わず声を漏らす。
中岡編集の驚いた様が面白かったのか村上氏は軽く笑った。
「お茶をどうぞ」
再び女性から声が掛かる。
「は、ははっ」
中岡編集は茶運び人形の持つお盆の上のお茶を取った。茶碗は黒い茶碗で、何とも云えない品がある。
「そちらの方もお茶をどうぞ」
私の斜め前に座る藤色の着物を着た女性が私にお茶を差し出してきた。私は恐縮しつつそれを受け取る。どうやら茶運び人形は一台しか無いようだった。私も茶運び人形からお茶を受け取りたかったが仕方が無い。
中岡編集はそれを口に含んだ。私も見様見真似でそれを口に含む。立てた抹茶を飲んだ事などなかった私だが、とても香りがよく、とても美味しいと感じられた。
「結構なお手前で……」
中岡編集は飲み干した茶碗を目の高さまで上げ、その茶碗に向かって頭を下げる。意外と作法に通じているらしい。私も真似をして飲み干した茶碗を目の高さまで上げ、その茶碗に向かって頭を下げてみた。合っているなら良いが間違っていたら揃って大恥だ。
「……確か僕の記憶では、茶運び人形は茶を運び届け、その飲み干した茶碗を回収して元の場所に戻るまでが一連の動きになっている筈だが……」
そう小さく呟きながら中岡編集は飲み干した茶碗を再び茶運び人形の持つお盆の上に乗せた。すると茶運び人形はクルっと向きを変え、もと来た方へすたすた歩き去って行く。
「す、凄いですね……」
私はその精巧な動きを只々呆然と見続けた。




