事件の解説 肆
私は手前側に座る法観に視線を向けた。
「ちょっと法観さんにお伺いしたいのですが、法観さんは良基さんと五時から六時に回廊と中門の掃除を行ったと仰られていたと思いますが、その回廊の部分は北側ですか? それとも南側ですか?」
法観は緊張気味に答えた。
「僕は南側の方から回って行きましたけど……」
「南側ですね、法観さんどうも有り難うございます」
私は小さく頭を下げる。
「良弁大僧都の突き刺さっていた鈷剣は北側の柱の前に飾られていました。となりますとロープが結ばれていた縦格子の窓は北側の物になる訳ですが、そちら側から回廊に出る戸を閉め、北側の回廊の掃除をされていたのは良基さんだったという事になります」
私の眼前の良基は微かに頷いた。
「さて、犯行が可能な人物がある程度絞られてきたように思われますね。寂抄尼さんと鈴子さん、松子さんはご一緒に居られたという事もありますが、宿坊体験の私達がいつ帰ってくるかも解らない状態です。やはり、ずっと戒檀堂にいらっしゃったのではないかと考えます」
寂抄尼、鈴子、松子は同意の頷きを見せる。
私は続いて法観の方を見る。
「法観さんはお買い物から帰られ、四時半から五時少し前に戒檀堂へ荷物を届けに行かれたと仰っていました。その後五時頃から良其さんと回廊の掃除をされ最後に中門の掃除をされたとの事でしたが、良弁大僧都にお酒を勧め飲ませる時間もほぼ無く、良基さんと五時に集合してから掃除を始められたとの事ですから、良弁大僧都を背負い法華堂から大仏殿に運び、あの状態にまでする時間は無かったのではないかと思われます……」
法観は僅かながら緊張感が取れた表情を見せる。
私はゆっくりと良基の方へ視線を移した。
「えーと、良基さんに関しては、四時から五時は一人で大仏殿で掃除を行われていたという事でした。その後五時に大仏殿内で法観さんと待ち合わせをして、回廊の掃除を始められたと聞きましたが、良基さんの場合であれば、四時少し過ぎに法華堂に赴き、良弁大僧都に酒を奨め飲まし、五時の法観さんとの待ち合わせの前に大僧都を大仏殿内に運び込んでおき、掃除を開始してすぐに大僧都を背負い天井裏に回りこみ、大僧都の体を駕籠に乗せ準備を整えてから、掃除を継続して中門で法観さんと合流すれば一連の事を行える可能性はあると思われます」
「そ、そんな馬鹿な! 私はそんな事をしていませんよ!」
良基が蒼白な顔で訴える。
「良基さんがそう仰っていますが、良寛さんはどう思われますか?」
私はそのまま良寛を見た。良寛は下を見たまま黙っている。
「確かに良基さんには一連の事を行える可能性がありますが、その後にその事が露見してしまう可能性もあります。それは良寛さんが最後に大仏殿の正面門を閉じる役目を担われているからです」
良寛は動かない。
「確かに柱から天井にロープが斜めに伸びている光景に比べれば、ロープが一度窓の方へ向かい、そこから建物の内側に沿うように天井に導かれている方がが解りにくいとは思います。大僧都の乗る駕籠も天井付近ですから、意識しなければ見えにくい場所とも云えますから…… ですが、やはり良く見るとすぐに露見してしまうのではないでしょうか?」
私は良寛に視線を移し声を掛ける。
「それでは続いて良寛さんに関しての説明を行っていこうかと思います。良寛さんは我々の写経体験の講師をお勤めになられていました。それが終わったのは五時頃になります。その後、写経体験が行われた開山堂の後片付け、掃除を行い、その後、大仏殿に赴かれて大仏殿の戸を閉められたとの事でした」
良寛には私の話が耳に入っている筈だが、俯いたまま顔を上げない。
「法観さんのお話によると、回廊の掃除は五時に始められ、二十分前後で回廊側の掃除を終え、その後の四十分は中門での掃除をされたと聞きました。五時に写経体験が終わってすぐに、後片付けや掃除などは一切せずに法華堂へと赴けば、良弁大僧都に睡眠薬入りのお酒を飲ませ、寝入った所で背負い大仏殿に運び入れる事は可能だと思われます。恐らくそれを行っていた時分には、良基さんと法観さんは中門付近に、寂抄尼さん鈴子さん、松子さんは戒檀堂に、宿坊体験者の我々も食事がありますから戒檀堂に入っている頃になります。周辺には誰もいない時間帯に、開山堂から静かに大仏殿まで寝込んでいる良弁大僧都を背負い、回廊の陰になる部分を進み、大仏殿内にあの状態にしてから、大仏殿の正面大扉を閉じると……」




