私なりの検証 肆
沖田刑事と永倉刑事はその場から私達が開山堂までちゃんと帰るのかを見守っていた。木の陰に入り、二人の姿が見えなくなった所で、私は怒りの声を噴出させる。
「な、なんなんだ、あの人は! 私がどうやってやったかが解ったって云っているのになんで耳を貸さないんだ! 良く解らない天然なんたらとか北辰なんたらとかの話に剥きになっちゃって、いかれてるわよ、本当にいかれてるわよ」
「天然なんたらじゃなくて、天然理心流ね、それと北辰なんたらじゃなくて北辰一刀流だよ。君が千葉道場で習った流派だよ」
中岡編集が教え諭すように云った。
「習っとらんわそんなもん! 私は剣道すらしたことないわい」
私は叫んだ。
とにかく、とにかくだ。私の心に沸々と熱いものが込上げてきていた。
「もう、やってやるわ、やってやるわよ、この事件全部解いてやるわよ」
それは土方警部の態度に対する苛立ちから、私の中に何が何でもこの事件を自分の手で解き明かしたいという気持ちから生まれてきている。
「おお、とうとうやる気になったか、これで伊藤弘長や、望月亀弥太や石川潤次郎の魂も浮かばれるな」
「そんな奴等知らんわ! それと、その妙な昔に絡める戯言はやめてくれ!」
私は叫んだ。
「で、でも向こうも少し乗ってきているぞ、ちょっと怒り気味だが、僅かに楽しんでいる気配もある」
「知るかそんなもん」
私は切り捨てた。
「もう話を戻しますよ。まず、犯人が先程私が気が付いた方法を取ったとするならば、実行可能な人間は数名いることになります。当然共犯ということも視野に入れながら、その可能性がある人間に対し質問をして、幾つかの点を確認しなければならないと思います」
「なるほど、再確認するのか」
「ええ」
そうして私と中岡編集はそのまま開山堂の中に入り込み、幾つもの小部屋が並ぶ廊下を抜け、一番奥に位置する先程の待機場所へと向かっていく。
そこには武藤京子と大谷正志が疲れた顔をしながら座っていた。そして石田老人は自分で持ち込んだような文庫本を開いて読んでいる。
「あ、あれ、僧侶の皆さんはどちらに?」
私は質問してみる。
「さ、さあ? 皆さん出ていってから戻っては来てはいませんよ、色々やる事があるんじゃないですか?」
武藤京子が答えた。
「えーと、じゃあ間宮さんじゃなくて、橘さんは?」
「さっき外で煙草を吸っていましたけど、まだ戻っては来ていませんよ」
それには大谷正志が答えた。
「そうなのですか……」
私は少し考えてから二人に質問をしてみた。
「あ、あの…… お二人は、昨晩ご一緒の部屋で寝泊りをされていましたよね? 先程私が警察の方の質問を受けた際、夜中に足音を聞いたような気がするとお話をさせていただいたのですが、本当にお二方には足音は聞こえなかったのでしょうか?」
二人は顔を見合わせる。
「いえ、残念ですが聞いていませんね」
武藤京子がそれに答え、大谷正志は横で頷いた。
「そうですか……」
私は頭を掻きながら小さく頭を下げる。私はそのまま石田老人の方へ顔を向ける。
「あの石田さん、昨晩なのですが、本当に石田さんには足音は聞こえなかったのでしょうか?」
石田老人は本を閉じ顔を上げて答えた。
「申し訳ないが、私も聞いていないよ……」
「そ、そうですか、聞こえませんでしたか……」
私は小さく頭を下げお礼をする。
そして、私は部屋の座布団に腰を下ろす事なく、すぐ玄関の方へ体を向ける。
「あれ、坂本さん、何処へ行くんですか?」
武藤京子が質問してきた。
「いえ、ちょっと勧進所の方へ……」
そう答え私は玄関に向かっていった。中岡編集は甲斐甲斐しく私の後に付いて来ている。
私は開山堂を出ると周囲を見回した。しかし残念な事に橘の姿は見えない。遠くに警官の姿が見えたが、開山堂から出してはいけないという指示までは受けている訳ではなさそうで、私と中岡編集が開山堂から大仏殿方面に歩を進めても近づいてくる気配は無かった。
「おい、大仏殿の表側を通るのはまずくないか?」
中岡編集が訊いてくる。
「確かにそうですね…… 疚しい事はありませんが、面倒くさい事になると困りますね。一応裏手を通って行きましょう」
私と中岡編集は大仏殿裏手の道を勧進所に向かって歩いていった。
大仏殿裏を通過して、指図堂の前を通り、勧進所へと到着する。
勧進所は修二会の受付や宿坊体験の受付、お祓いの受付をしている場所のようで、靴を脱いで上がった板の間の上に、記帳をしたりする場所や待合席なども設けられていた。
こんな事件が起こったからなのか、照明は最低限の物だけが付けられており、少し薄暗く、その薄暗い屋内の電話の前に法観が座っていた。
良基はまだ大仏殿にいるのか姿が見えなかった。待合席の椅子には俯いて座っている良寛、少し離れた場所には寂抄尼と鈴子、松子の姿が見える。
「ああ、坂本様と中岡様、どうかされましたか?」
寂抄尼が気が付き声を掛けてきてくれた。
「あっ、えーと、ちょっと喉が渇いたので、麦茶でも頂けないかと思いまして……」
「ああ、そうですか、では、すぐご用意致しますわ」
寂抄尼は事務室の横の小部屋に入り込むと、お盆に麦茶を入れて運んできてくれた。
「すみません」
私と中岡編集は頭を下げながら麦茶を受け取り、待合席に腰を下ろした。
「しかし、なんだか大変な事になってしまいましたね……」
そのまま私は寂抄尼に声を掛ける。
「ええ、本当に…… 宿坊体験のお客様にもご迷惑をお掛けしてしまって……」
寂抄尼は小さく頭を下げながら答えた。
「しかし一体、いつ誰がどうやってあんな事をしたんでしょうね? 死亡推定時間が午前一時から午前三時だと云っているので、その頃の時間なのでしょうか?」
私は訊いてみた。
「さあ……良く解りませんね……」
寂抄尼は少し顔を伏せる。
「あの、昨夜なんですが、私、足音を聞いたと警察の方々に説明したんですが、その足音に寂抄尼さんや鈴子さん、松子さんは気付かれる事はなかったのでしょうか?」
私の質問に寂抄尼は少し考えるものの首を横に振った。
「生憎、気が付きませんでしたね……」
「そうですか…… ところで、私達が宿坊体験をした戒檀堂の玄関というのは夜中鍵は掛かっているのでしょうか? 見たところ鍵が掛かるような作りではなさそうでしたけど……」
「仰られるように、玄関には鍵は掛かりませんね……」
「じゃあ、中の人が外へ出たり、外の人が中へ入ったりは簡単に出来てしまうと……」
「まあ、確かに出来ますけど…… あの夜はそのような事は無かったと思います。少なくとも私達二階で寝泊りしていた者達はそのような事は致して居りません」
「そうなんですか……」
私はそれ以上踏み込めずに考え込む。
鈴子、松子と寂抄尼に関しては、夕方は忙しく動き回っていて、九時過ぎに就寝、夜中三人とも外出はしていないと云っていた。三人が庇いあっているとすれば、一応夜中に外出する事は可能に思えるが……。




