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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第六章
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鑑識からの質問  壱

 土方警部は続いて宿坊体験者である私達へと視線を向けてきた。


「それでは、宿坊体験の方々にも少々お話をお伺いさせていただこうかと思います。ただ、宿坊体験の方々は体験事項にそって行動されているようですので、それぞれの方の行動は基本的に重複していると考えられます。なので昨日の最後の体験になる夕食後から、本日の朝までの行動をお聞かせ願いたいですね」


 武藤京子は少し緊張した様子で小さく頷いた。


「では、そちらの女性の方からお話をお伺いしましょうか、一応、お名前を仰って頂いてからご説明して頂けると幸いですが」


 その頷きに気が付いたのか土方警部は武藤京子に質問を促す。


「私ですよね、私は武藤京子と申します。それで夕食後は、連れと部屋で過ごしていました。今日体験した事のおさらいとかをしながらです。本当は私達の部屋は別々なんですが、実の所それじゃ寂しいという事になりまして、私の布団を連れの部屋に持ち込んで一緒の部屋で寝ました。一応、翌日も早いと聞いていたので、九時半頃には二人とも寝てしまいましたけど……」


 横にいた連れの大谷正志も頷きを見せる。


 な、なんだ、一緒に寝てたのか……。熱々だな……。


 昨日から仲睦まじい姿を見せ付けられていた私は改めて思った。


 ん、とするとあの夜中の音はこのカップルが移動した音か? いや、でも随分真夜中だったような気がするけど……。


「ほうほう、なるほどお連れさんとご一緒だったのですね、そして、ご一緒の部屋で寝られたと……」


 改めて土方警部に言及されて、武藤京子と大谷正志は少し顔を赤らめる。しかし、恥かしがっている気配は薄く、何か少し自慢げな感じだ。


「わ、私は大谷正志と申します。一緒の部屋で寝ることは本当はいけない事だと解っていましたが…… 済みませんでした」


 大谷正志は土方警部にそう告げた後、寂抄尼の方へも視線を向け小さく頭を下げた。


「一緒だったのは解りました。その上でお伺いしますが、夜中にどちらかがお部屋を出られたなどは?」


「いえ、二人とも部屋からは出ませんでしたよ」


 武藤京子と大谷正志は一度顔を見合わせた後、正面に向き直り答えた。


「そうですか、二人とも部屋からは出ていないと……」


「ええ」


「間違いありませんね? 」


「ええ、間違いありません」


「了解しました」


 土方警部は頷いた。


 続いて土方警部は間宮に視線を送った。


「それでは続いて、そちらの男性の方宜しいですかな?」


「あ、ああ…… 俺は間宮正治だ。お、俺も、九時半頃には寝ちゃったよ、それで朝は五時半頃起きて集合場所の玄関に赴いた感じだよ」


 間宮は言葉数少なく答えた。


「なるほど部屋からは出ていないという事ですね……」


「ああ、間違いないよ」


 間宮は首を細かく上下させて頷いた。


「そうですか…… 解りました」


 土方警部は頷いた。


「それでは続いて、そちらの老人の方宜しいですかな?」


 続いて土方警部は石田老人に視線を送った。


「えーと、私は、石田源吉郎と申します。それで、私は部屋でその日に体験した事のおさらいをしていました。九時半頃には翌朝の事もありますので明かりを消しました。朝は五時に起きて集合場所の玄関に向かいましたよ」


 老人も言葉数少なく答えた。


「やはり、あなたも外には出ていないと……」


「ええ、部屋でゆっくり休まさせて頂きましたよ」


 石田老人は微笑む。


「成程です」


 そして土方警部が私に視線を送ってきた。そして、私と視線が合うと何故か土方警部は薄く笑った。


 な、なに? 私、なにか変な物でも付いているのかしら……。私は気になり少しだけ髪を整える。


「さて、あなたは如何ですか?」


 何か口調に微かな敵意のようなものを私は感じる。


「はい、私は坂本亮子と申しまして……」


「ほう、坂本という姓なのですか……」


 土方警部は何故か聞き返してくる。


「え、ええ、坂本ですが……」


 私は改まって云う。


「失敬、失敬。流れを止めてしまって申し訳ありません。続けて下さい」


 手をしっしっと追い払うような動きをしつつ、私に続きを促してきた。ちょっと失礼な動きだぞ。


「わ、私も同じような感じです。九時頃には寝てしまいましたけど…… ただ…… 何時頃か解りませんが、夜中に目を覚ましてしまった際、妙な足音を聞いたような気が……」


 私は少し気になったのもあり、夜中に耳にした足音の説明をした。


「ん? 足音ですか?」


「ええ、玄関の方から、廊下の奥側方向に向かっていくような感じでした。それからしばらくして廊下の奥側から玄関の方に向かっていったように聞こえましたけど……」


「……怪しいですね、他にその足音を聞かれた方は居られますかな?」


 土方警部が武藤京子や間宮に視線を送る。


「いや、お、俺はそんな足音聞いてないぞ」


 間宮が首を横に振り否定する。


「僕も知らないぞ」


 中岡編集が云った。


「私も気付かなかったですな」


 老人も答えた。


「わ、私も気が付きませんでした……」


「僕も聞いていません……」


 間宮だけでなく、武藤京子も大谷正志も中岡編集や石田老人も聞いていないと云い出した。


「それは何時頃の事ですか?」


 改まって武藤京子が聞いてきた。


「えっ、た、多分真夜中の頃だと思いますけど……」


「じゃあ、私じゃないですね、私が正志さんの部屋に布団を持って移動したのはまだ全然早い時間だったし……」


 武藤京子が私を見ながら云った。


「あ、いや、私、その時半分寝ていたような状態だったので、もしかしたら夢だったのかも知れませんが……」


 私は段々自信がなくなって、頭を掻きながらそう付け加えた。


 その一言がいけなかったようで、土方警部は私に対して少し怒り気味に声を上げた。


「さ、坂本さん! 不確かな情報を軽々しく口に出されては困りますよ、捜査に混乱をきたしかねませんからね」


「す、すみませんでした……」


 私は頭を下げた。


 し、しかし、この土方警部、ちょっと私に対して厳しすぎないか? 誰も聞いていないだけで、本当にあった事かもしれないじゃないか。 


 私はなんだか納得がいかず憮然とする。


「今後はよく判断してから発言してくださいね」


「は、はい……」


 そんな私への質問が終わると、土方警部は中岡編集へと視線を向けた。


「最後になりますが、あなたはどのようにお過ごしでしたか?」


「え、僕ですよね、僕はまず中岡慎一と申しまして……」


「な、中岡ですか」


 土方警部はまた驚いたような顔で聞き返してくる。


「ええ、中岡ですよ」


 中岡編集は何故か不敵な顔で答えた。


 土方警部と中岡編集の視線と視線がぶつかった。何か目に見えない緊張がそこにある。


「僕は、部屋に案内されてから十五分後位に連れの坂本の部屋に行きました」


「つ、連れ」


「ええ、連れです。僕等は一緒にこの宿坊体験を申し込みましたからね」


「ほ、ほう」


 何故か土方警部は興奮気味だ。


「それで坂本の部屋に行ったはいいのですが、坂本の奴がちょっと汗臭かったので風呂に入った方が良いと告げまして……」


 嘘だ! な、な、なにを云っているだこいつは! 私に締め出された事を根に持ってやがるのかよ!


「それから部屋に戻ってゆっくりしていたら、そのまま朝まで寝てしまっていましたよ、ははははは」 


 こ、こいつ、何て事を……。


 私は訂正しようと口を開こうとするも、土方警部の鋭い視線が私を貫く。つまらない事で騒ぎたてると土方警部にまた怒られそうで云い出せない。


 仕方が無いので唖然とした顔で只々顔を横に振って否定の意思表示を示し続けた。


「さてと、今まで皆さんからお伺いした事とを整理すると、良弁和尚は夜中の一時から三時頃の間に大仏殿内で妙な格好で殺害された訳ですが、その大掛かりな殺人方法を鑑みると、それらを行うのには一時間から一時間半程の時間を要する事になります。そんな中で皆さんの夜中のアリバイを見てみますと、三人のお弟子さんはご一緒に過ごされ、トイレに行った程度しか居なくなられた時間はなく、大掛かりな殺人方法など行う時間的余裕は無かったように思えます」


 三人の僧は揃って頷いた。


「また、尼僧と仲居のお二人も、障子で隔てられていた隣室で寝ていたとの状況の中で、夜中に部屋を出て行った者は居なかったとされています。同じく大掛かりな殺人方法など行う時間的余裕は無かったようです」


 尼僧と二人の仲居は顎を引いた。


「続いて、宿坊体験者へと目を向けると、武藤さんと大谷さんは一緒の部屋で寝られ、お互い外へは出ていないとの事でした。共犯の線は残っていますが、基本的にはアリバイはある状態になります。しかし、石田さん、間宮さん、中岡さん、坂本さん、そして、最も怪しい人物である生田さんはお一人で過ごされていた訳ですからアリバイは無い状態となりますね、夜中に抜け出て鍵を盗み出し犯行を行う時間は沢山あったと……」


「で、でも、俺達は鍵が何処に保管されているのかなんて知らないぞ! あと、ロープとかそんなのも仕舞ってある場所なんて解らないし……」


 疑われるのが心外なのか間宮は云い返す。


「その点は確かにそうですね」


 土方警部は頷いた。


 と、そこへグレーの作業服を着込んだ鑑識の責任者がやってきた。その手にはロープと滑車のような器具を持っていた。


「申し訳ありませんが、ちょっと失礼します」


 土方警部はそう言い残し、その鑑識の男の方へ近づく。そして二人で何か小声で話し始めた。そして数度頷いた後、再び我々の方に戻って来た。


「大体ではありますが、皆さんがどうお過ごしになられていたか理解出来てきたと思います。ご協力有難うございました。続きまして鑑識の者が皆さんに説明したい事と確認したい事があるようなので、少々ご協力願えればと思います」


 皆は困惑気味ながら仕方が無さそうに顎を引いた。


「それでは、鑑識の方で皆さんにお伺いしたい事があるようです。ただ話が長くなりそうだという事と、いつまでも立ち話というのも何ですから、どこかゆっくりお話を聞ける良さそうな場所があるようなら、ご案内頂けると有難いのですが」


 土方警部が事務的な声で良基に質問した。


「そ、それではこの大仏殿の近くに開山堂という場所がありますので、そちらの方へどうぞ」


 良基は少し考えてから声を上げる。


「……開山堂ですか、そこにはある程度の広い部屋などはありますか?」


「ええ、写経体験を行っている部屋がありますから、大丈夫だと思いますけど……」


 良基が答える。


「なるほど写経体験をするという事は教室のような部屋だという事ですね、では、そちらのお部屋をお借りするとしましょう。ご案内をお願いできますか?」


 土方刑事が聞いた。


「は、はい。すぐにご案内致します。どうぞご一緒に……」


「……それではこちらにいらっしゃる方々は皆さんは、その開山堂の方へお願い致します」


 土方警部が有無を云わせない雰囲気で言及した。


 そうして、私達宿坊体験の人間と、お寺の僧達、寂抄尼、仲居の女性が警察の人間に囲まれながら、開山堂の方へと歩を進めた。


 大仏殿を出て、回廊を潜り抜け大仏殿の東側へ出て、塀に囲まれた開山堂の小型の門から中に入っていく。


 屋内に入り込むと、昨日写経体験を行った部屋へと通された。


「ほうほう、確かに使い勝手が良さそうな部屋ですね」


 土方警部は満足そうな顔をした。


「それでは、お寺関係の方々は前の列の席に、宿坊体験の方々は二列目にお座りください」


 土方警部の指示に従い、前列に良基、良寛、法観、寂抄尼、仲居の女性達が座り、二列目にカップルの二人、私、中岡編集、間宮、石田老人が座った。その後ろに刑事らしき人物二名が腰を下ろす。逃がさない為の措置なのかもしれない。


「すぐに鑑識の者が参りますのでしばらくお待ちください」


 土方警部は我々にそう告げると、他にやる事があるのか一度部屋から出て行ってしまった。


 そのまましばらく待っていると、先程の鑑識の責任者のような男が、手にロープと滑車のような物を持ち部屋に入ってきた。


 そして、私達の正面に立つ。


「えー、私は鑑識の近藤と申します。宜しくお願い致します」


 その男は元々目が鋭く岩のような顔をしていて表情が乏しいのもあるが、無愛想なまま小さく頭を下げる。前に居並ぶ良基達、二列目の私達も小さく頭を下げそれに応えた。


「それでは、まず今回の現場状況に関して少々説明させていきたいと思います。本日の早朝六時頃に、大仏殿の内部でこのお寺のご住職であられます杉本哲也さん、法名で申します所の良弁和尚様が遺体となって発見されました」


 鑑識の近藤は書類に視線を落としながら説明する。


「一応、以降は解りやすく良弁氏と呼ばせていただきます。さて、その遺体なのですが、異様な事に天井から吊り下げられた駕籠の上にうつ伏せ状態で乗り、その駕籠ごと下に飾られてあった法剣に貫かれておりました……」


 その説明を聞き、皆はその光景を思い出したのか強張った表情をする。


「そして、その駕籠にはロープが付いており、そのロープは天井の梁を介して大仏殿を支える支柱に結び付けられていたと……」


 皆は頷く。


「因みに、ロープに関してなのですが、駕籠の上側に二つの滑車が取り付けられており、その間の部分が折り返されていました。つまりその箇所だけ三本のロープが折り重なるようになっていたという事です」


 それを日常から使っていた僧達ならいざ知らず、私には今一どんな感じか理解できない。横で武藤京子も少し首を傾げながら聞いていた。


「……少し簡単に説明しますと、よくある鞄に付いている紐を思い浮かべて頂ければ解りやすいですが、紐の長さを長くしたり、短くしたりする際に、折り返した部分を多くすると紐の全体が短くなり、折り返しの部分を少なくすると全体が長くなるといった機巧が付いていますよね、それが駕籠の上部に付いていたと思って頂ければと思います」


 その補足説明で、私には少しだけどういった構造なのかが解った気がした。


「ただ、鞄の金具のような感じですと、紐と金具が窮すぎて簡単には紐は伸び縮みしませんので、もっと緩々状態になっていると考えて頂ければと思います」


 そう説明しながら鑑識の男は手に持っていた滑車を顔の前に掲げた。


「それで、その滑車というのがこれになるのですが、上側に配された滑車は留め具が付いていない物になりまして、下側の滑車の方にはロープを挟み込んで止める機巧が付いていました。恐らく駕籠に乗った人間が自分の頭上に手を伸ばし、自分で長さを調節をしながら降りてこられるようになっている物なのではないかと思われます」


 鑑識の近藤が確認するかのように前列の僧達に視線を向ける。僧達は小さく頷いた。


「一応、天井裏を調べさせていただいた所、その類のロープや金具、駕籠の予備のような物が幾つも置かれていたのを発見しました。普段から使用している物なのだとお見受けしました。ただ解らない所が幾つか出てきましたので、その辺りをお寺の皆様にお教え願えればと思うのですが?」


 近藤が眉根を寄せて聞いてくる。



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