上州へ 参
「おお、中々本格的だな」
近くまで寄ると中岡編集が声を上げた。
「良いかい、東大寺の入口に当たるのは、南大門という巨大な門になる。東大寺にそっくりに作ったと言うからには当然入口に値する南大門もきちんと再現して欲しい所だ。その上で見てみると中々どうして本格的に作られているようだぞ」
「ちゃんと本物と同じになっていますか?」
「ああ、しっかり作りこまれているようだ。、五間三戸の二重門の入母屋造りとなっているし、十八本の太い柱で建物を支えている。高さも二十五メートル前後あるから略間違いなさそうだ。極め付きに、門の上部に右から左に大華厳寺の文字が書かれた板まで掲げられている。あれもそっくりだ」
「へえ~ 凄いですね」
私は感心しながら巨大な門を見上げた。
私と中岡編集はそのまま門の真下まで入り込んだ。
「おお、こんな所も良く再現されているな、南大門は腰屋根構造となっていて、天板がなく複雑に入り組んだ稜と柱で作られているんだ。当然ながら螺旋や釘などは使わず木組みだけで作り上げられているのだが、そこら辺も凝って作っているようだ。丁寧に東大寺南大門を再現した事が窺えるな」
「そこまでですか…… じゃあ、あの像はどうですか?」
私は柱と柱の間に飾られた仁王像を指差した。
「ああ、あれも見事に再現されているよ。実際の東大寺の南大門には金剛力士像、石造り獅子が対になって飾られているのだが、配置も一緒だし、像は比較的新しそうだが良く再現されたものを飾っているよ。……確か本物の仁王象は運慶、快慶作だったらしいが……」
「凝ってますね……」
「ああ、中々良いと思うぞ」
中岡編集は満足げな表情を浮かべる。
その南大門をくぐり抜けると、足元の石畳は玉砂利へと姿を変えた。そして先の方には、もう一つ巨大な門が見えてくる。
私達は、じゃり、じゃり、という音を鳴らしながら、玉砂利を踏みながら次の門を目指し進んでいく。
続く門は朱塗りの門だった。そして門の隙間の奥には修学旅行の時に何度か見掛けたことがある、お馴染みの東大寺大仏殿の姿が覗いていた。
その朱塗りの中門手前まで差し掛かると、中岡編集が感慨深げに周囲を見回している。
「真っ直ぐにも進めますが、左右に屋根付きの回廊が左右コの字型に配されていますね。見た所大仏殿の真横に繋がっているように見えますけど……」
「ああ、真っ直ぐ行きたい所だが、ここは敢えて回廊を通って行こう。少々廻り道になるが、どうなっているか見てみたい」
「まあ、私はどっちでも良いですが……」
回廊には途中幾つもの窓のような部分があり、そこには線香のような緑色に塗られた四角柱の格子が差し込まれていた。四角柱の角が先端を向いていて外の様子が見えやすい。なかなかいい感じだ。
私達はゆっくりと歩き進み、大仏殿の側面の通用口にまで差し掛かった。
「すぐにでも大仏殿内部を見てみたい所だが、まだ早い。僕は大仏殿そのものを外から見てみたいんだ」
「まあ、別に良いですけど……」
そうして私と中岡編集は一度回廊から離れ大仏殿の正面に立ってみた。巨大な建造物が眼前に迫ってくる。
「おお、良いな、凄く良いな。見事なまでに東大寺大仏殿を再現している」
中岡編集は感慨深げに大仏殿を仰ぎ見る。
手前にあった南大門や中門も十分に巨大な建造物だったが、それより二回りも三回りも大きい建物だった。
「聞きたまえ、大仏殿は寄棟造で、外見は二階建て風に飾り屋根が付いているんだ」
「飾り屋根?」
「君が得意とする戦国時代に当て嵌めて云うと、唐破風や千鳥破風みたいなもんだ。一層しかないのに二層あるように見える構造だよ」
「ああ、なるほど」
「本物とそっくり同じなら中に高さ十七メートルの大仏が収められている筈だ。大きいわけだとも言えるがな……」
中岡編集は固太りのおっさんのくせに、少年のように瞳をキラキラさせていた。
「さあ、入ってみよう」
私と中岡編集は大仏殿の手前にある石の階段を登り、正面から大仏殿の内部へと入り込んでいった。中岡編集は高まる興奮を抑えきれないようでちょっと早足気味だ。
大仏殿の中には、太い柱が立ち並ぶ中、眼前には巨大な大仏が鎮座していた。
「おお、凄い、同じだ、東大寺の大仏と変らない大きさの大仏が置かれているぞ!」
中岡編集は興奮気味に云った。
再現されたものではあるが、巨大な造作物が眼前に迫ると、圧倒され不思議な感動すら沸いてくる。
「す、すごいですね、良くここまで……」
中岡編集の横で私は只々大仏を見上げ続ける。
「どうですかな? 本物と同じ製法で作り上げた金剛毘盧舎那仏像は?」
私と中岡編集が見入っている横の方から、弟子の僧を二人引き連れた、和尚のような人物が近づいてきた。
「あっ、こんにちは、いやいや本日は宜しくお願いします」
中岡編集はすかさず挨拶の言葉を口にする。
「本日の宿坊体験のお客様ですな、お名前は?」
「僕は中岡慎一と申しまして、こっちは坂本龍馬子です」
「な、中岡さん! ち、違!」
私は慌てて訂正する。
「あっ、しまった。こっちは坂本亮子です。一応、郵送で申し込み書はお送りさせて頂いて頂きましたが……」
中岡編集は頭を掻きながら答えた。
和尚のような人物は軽く微笑みながら声を上げる。
「返送させていただいた案内状に、受付け場所は勧進所だと書いておいたと思いますが?」
「あっ、そうでしたね、大仏殿を見たら居ても経ってもいられなくなり、真っ直ぐ入り込んでしまいましたよ。申し訳ありません」
中岡編集は頭を掻き続けながら声を上げる。
「いえいえ、そこまで喜んで頂けたのであれは良かったです」
和尚のような人物は満足そうな顔をして答えた。
中岡編集の名乗りに、和尚の横にいた弟子の僧の背が高い方の者が、趣のある和紙か何かで表紙が作られている小型の手帳のような、はたまた芳名帳のような物を開き、視線を走らせる。
「しかしながら凄いですね、僕の実家は三重県なので、小学生の頃の遠足で東大寺に行ったことがあるのですが、正にそのものですよ。違いがあるとすれば、大仏様の輝きですかね、金色に輝いてらっしゃる」
中岡編集は鎮座する大仏を見上げながら感嘆の声を上げる。
「そもそも奈良の毘盧舎那大仏も塗金が施され、黄金色に輝いていたのですよ、それが長い年月のうちに剥げ落ちて、銅がむき出しになり、酸化の為に黒っぽい色になってしまったのです。当方では、悠久の昔に作られた毘盧舎那大仏の当時の姿を再現したという訳です」
「いやいや良いですね……」
「毘盧舎那大仏の鋳造だけではありませんぞ、大仏様の台座となる部分も十四枚の蓮弁を配し、大仏を取り囲む金堂……大仏殿も、ほぼ同じ製法で建造しておりまして、寄棟造、本瓦葺、寸法も幅二十九丈、奥行き十七丈、高さ十二丈六尺となっております」
「ほほう、ちゃんと細かな所まで再現されているのですな……」
中岡編集は細かい説明に嬉々として頷く。私は半ばよく解らないので話半分だ。
「また大仏様の両脇に脇侍として如意輪観音坐像と虚空蔵菩薩坐像を安置し、奈良では未完成だったという四天王像も配してありまして、北西と北東の隅には広目天、多聞天、南東と南西の隅には持国天、増長天の像を安置しております」
和尚は誇らしげに説明する。
「いやいや、凄いですね……」
中岡編集は周囲を見回しながら嬉しそうに答えると、和尚が気が付いたように声を上げた。
「申し遅れましたな、私はこの上州大華厳寺の大僧都の良弁と申します」
「おお、良弁さまですな。奈良の大仏殿建立の際尽力された良弁様と同じ名前ですな。確か歴史上の人物である良弁様は、聖武天皇の勅命により、天平十七年から天平勝宝四年の開眼供養まで尽力し、東大寺大仏建立の功績により東大寺の初代別当(住職)を務めた人物だったと……」
「良くご存知ですな。恐れ多いのですが、この上州に大華厳寺を再現するにあたって名乗らせて頂く事に……」
良弁大僧都は少し恥ずかしそうに答えた。
「いやいや本格的ですな。改めて良弁様、宜しくお願い致します」
中岡編集は嬉しそうな顔をしながら再度頭を下げた。
芳名帳のような物を持っていた背の高い僧が、大僧都の話が途切れると私達に声を掛けてきた。
「中岡様、そして坂本様、確かにご予約を承っておりますね。通常では勧進所の方で受付をして頂く事になっていますが、お手荷物等もあることでしょうから、このまま私が宿坊の方へご案内致しましょう。それでは、どうぞこちらへ」
「あっ、はい、手荷物なんて殆どありませんけどね……」
中岡編集は背中に背負っている小型の黒いリュックに視線を送りながら答えた。私は市松文様の巾着と云われたフェンディーのバックに視線を送る。




