8 真実と処刑
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まだ朝早い時間にルイが様子を見に来てくれた。
「欲しくなくても食事は食べておいたほうがいい。考えるエネルギーになる。これからどうするのか決めたのか?」
「敵は見つけて必ず報復する。それがこの家への恩返しだと思うから。たとえ元の場所に戻れなくても自分の気持ちは伝えておきたいと思っている。裏切ってはいないことを伝えたいが、近づくことさえ難しいのだろうな。かなり怒っておられたから」
「お嬢様達を傷つける者には昔から容赦がないからな」
「決して裏切ってはいないと伝えられたら良いのだが」
「隙を見せたから足を掬われたんだ。あの状況を見て同情する奴はいない。何度も忠告はしただろう。お嬢様は次期伯爵になられるお方だ。自分の立場を優先されるだろう。今は記憶がないから苦しさも楽だろう?まあ記憶があってあの態度なら戦場で消されてるだろうよ。俺等皆お嬢様の味方だから蔑ろにするなんて許さないんだよ」
「そんなつもりでは無かった。追い払えていると思っていたんだ。死体がごろごろしている場所でこれ以上殺生をしたくなかった」
「甘いんだよ。命の尊さなんてあの女には通用しない。領内に付いて来てる。今は見張りが付いて地下牢の中だがな。主は許さないだろう」
「皆は付いて来ているのに気がついていたのか?」
「ああ、騎士を舐めてもらっては困るね。あんた以外は気がついて泳がせていた。顔の良い奴を見張りに付けたらそいつに色目を使いやがった。今ごろ薬を使って自白させているところだろう。その先は言わなくてもいいよな」
「くそっ、手を下したかった」
「まだ対外的には伯爵家の婿だぞ。させる訳が無い。忘れてるだろうから教えてやるが伯爵家には暗部があるんだ。そいつらが殺るよ。もう殺ってしまったかもしれないが。さあ、食べなよ。終わったら部屋の外に出しておけばいい」
「遠くからでもいい、一目でも妻と息子に会わせては貰えないか聞いてみてくれないか?」
「女の自白次第だろうが伝えてみてやるよ」
「ありがとう、感謝する」
それを聞くとルイはさっさと部屋から出て行った。
☆★☆
女はシルフィといった。国の端のほうにある村で治癒師をしていた。まだ十七歳だが早くに両親を病気で亡くし、教会で働きながら生計を立てていた。
平民にはその年で働いている者は多く、治癒という才能があるだけ恵まれていたのだが、周囲が貧乏だったので見返りが少なく教育を受けることも出来ていなかった。
シスターにどうにか文字を教えて貰い新聞を読めるまでになっていた。
そこに治癒師募集の文字が書かれていたのだ。報酬は良かった。
貧乏から抜け出せるかもしれない。そう思ったら居てもたってもいられなかった。シスターに少しでも兵士の役に立ちたいと嘘を言い、大きな街の教会を紹介してもらった。
大きくて綺麗な教会だったが、偉い司祭様は見下したようにシルフィに告げた。
「戦場に行け。そして一人でも多く助けろ。教会の名誉が上がる」と。
負けず嫌いのシルフィはそこで良い男を見つければ、こんな所に帰ってくることはないと思ったのだった。
幸い田舎育ちだが可愛い顔立ちで出るところは出ているシルフィは、戦場で人気者になった。他の治癒師より目立ってやろうと頑張った。能力はさほど高くはないが、接し方を優しくすれば評判が上がった。
ある日貴族らしい若い男に口説かれた。何の常識もない平民のシルフィはそれを本気にしてしまった。
貴族が平民をどうしようと何のお咎めもないことを知らずに身体を許した。
それはあっという間に彼の仲間に広まり都合のいい娼婦が出来上がった。戦場という特殊な場所でシルフィは良いように騙された。下手に騒がれないように睦言は甘いものだった。
その段階で気づけば良かったものを自分はモテると勘違いしたのが、転落の始まりだった。
救護所に来た記憶のないセドリックは顔が良く地位もありそうで、落としやすいと思って近づいた。
しかし側に寄って胸を押し付けても少しも興味を持ってくれなかった。
無下にされて余計に火が付いた。
隙あらば近寄って話しかけた。意地だった。
独身だと思っていた美形の男は妻子持ちだった。袖にされ余計に執着した。
その間も他の男との関係は続けていた。まるでこの世の春を味わうように男達の欲を一身に浴びて楽しかった。王都に帰ったら大事にするよという言葉を皆が囁いた。
それなのに簡単な男より落としにくいセドリックにターゲットを決めた。
これがシルフィの自白だった。
「皆が欲しがるあたしが声をかけてあげてんのに無視するなんて可笑しいでしょ?悔しかったから彼にしたの。跪いて愛を乞えば許してあげたのに」
尋問の係りの騎士は
「貴族を相手にするなんて命知らずだな。相手を間違えたんだ。お前は弄ばれていたんだよ。無料の都合のいい娼婦だったんだ。貴族が平民に何をしようと許される世の中なんだ。文句なんて言える立場じゃない。貴族にとっては平民は道端の石ころも同然なんだ」
「そんなことないわ。みんな可愛いって言ってくれたもん。王都に帰ったらドレスや宝石を買ってくれるって言ったんだから。それなのに無視するなんて酷いでしょ」
「夢みたままでいられたら良かったな」
げんなりしたがもうすぐ主の裁定が下るのだ、騎士は余計な考えは持たないことにした。
予想通り女は極刑になり、よく切れる刀の血糊になって山の中に捨てられた。




