4 回復
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セドリックは食べられるようになると少しずつ回復していった。脚の怪我も順調に治るそうだ。今は車椅子で移動が出来ている。仕事には出られないので半年間の休みが認められた。
あの日の事故のことは流石にセドリック様からも伯父からも、何も内容は聞かされていない。持っていた書類は盗まれていなかったとだけ聞かされた。
誰かが悪意でセドリックを狙ったのだろうが、犯人については騎士団も掴めていないらしい。糸を引いている者の姿は掴めていないようだった。
現場は綺麗に片付けられ事故があったことなど忘れたように賑やかになっていた。御者の亡骸は伯爵家の共同墓地に埋葬された。長年尽くした使用人たちが眠る墓所だ。残された妻にはこれから働かなくても食べていけるだけの補償金が渡されたと聞きアレクシアはほっとした。コーンウェル家は良い職場らしい。
大分体調の良くなったセドリックに
「少し散歩をしませんか、今日はそんなに日差しも強くありませんし、外が気持ちいいと思うのですけど」
夏にしては珍しく涼しい風が吹く爽やかな日だった。
「お願いできるかい?いつもアレクシアに世話をかけて申し訳ない。このまま結婚をしても私は役立たずで終わってしまうのではないかと不安になるんだ。どうだろうか、婚約を考え直して貰うというのは」
「嫌です、迷惑などと思ったことはありませんわ。お医者様も治ると言ってくださいますし、希望を持って頑張りましょう。結婚式は先に延長してもよろしいのですよ」
「身体が思うように動かないからだろうか、悪い方へ考えてもしまうんだ。
せっかく助けて貰ったのにこれではいけないと思ってはいるのだけど。
毎日のように来てもらっているが、学院の方は大丈夫なのかい?」
「ご心配はいりません。今は夏の長期休暇ですわ」
まだ始まったばかりの休みを、セドリックの元で過ごせることを楽しみにしていたアレクシアは事も無げにそう言った。
婚約者の顔を毎日見る口実が出来て幸せだったのだから。
「そうか、感覚が鈍っているようだ。事故が春だったからもうそんなに経つんだね。長期休暇は懐かしいな、よく別荘に行き魚釣りをしたり馬で駆け回ったりしたものだ。君も僕のところばかりではなくて、別荘に行ってきても良いんだよ」
「今年はセドリック様の看病が第一ですわ。別荘は来年でも行けますもの。それともあまり来るとご迷惑でしたか?」
「そんなことはない、感謝しているから縛り付けるのはどうかと思って。
友だちとお茶会とか街歩きとかするんだろう?」
「今の時期は領地に帰っている友人が多いのです。手紙のやりとりはしていますのでご安心くださいな」
「それなら良かった。君の大事な時間を奪っているのではないかと心配になってね」
「そのようなことはありませんが、それならリハビリを頑張って早く良くなってくださいね」
「うん、頑張るよ」
アレクシアは素直になったセドリックが可愛いと思い、頭をよしよしと撫でてみた。髪はサラサラだった。セドリックがびっくりしたような顔をした。
「頭を撫でて貰うなんて子供の時以来だ。なかなか出来ない体験だ」
「歩く練習を頑張ったら撫でましょうか?お安い御用ですわ」
普段表情の変わらないセドリックが口元を手で押さえた。耳が赤くなっていた。
「大人を揶揄うものではないよ」
「揶揄ってなどいませんわ。妹にもこの頃はさせて貰えなくなりました。少し嬉しかったのですわ」
小さい頃は妹が良い子だと思わず抱きしめて頭を撫でていたなと、アレクシアは思い出に浸った。
「結婚式だが、脚の治り具合で延長するかどうか決めさせて貰っていいだろうか?君の隣は自分の脚で立って歩きたいんだ。一ヶ月くらいすると後どれくらいで治るか分かるらしいんだ」
「良いですよ、ドレスは作ってあるので大丈夫ですし、ぎりぎりまで招待状は書かないようにすればいいだけですので」
「勝手ばかりで申し訳ない」
「いいえ、目標があるほど治りが早いかと思いますので賛成ですわ」
セドリックの脚は順調に治り、怪我から半年もすると少し脚を引きずるが普通に歩けるようになった。
きちんと歩けるように治したいとセドリック希望するので、結婚式は予定より三カ月先に延ばされることになった。
脚のリハビリ期間にハサウェイ伯爵家の領地経営の勉強もしていたので、宰相室勤務に戻る頃には頼もしいパートナーとして伯爵に認められていた。
そうして二人は傍から見ても仲睦まじく、後は結婚を待つだけのカップルだった。この頃にはセドリックの脚もすっかり良くなりもう脚を引きずることは無くなっていた。
「脚が治って良かったですわね。すっかり元通りですわ」
「アレクシアのお陰だよ。今こうして生きていられるのはブライアン先生を呼んでくれたからだ。君にはどんなに感謝してもしきれない」
「丁度タイミングが良かったのですわ。先生が王族を診察されていたら来てはいただけませんでしたもの。セドリック様が若くて抵抗力があって良かったと言われていました」
「君には一生頭が上がらないよ」
「助かるかもしれない命が目の前にあったらセドリック様だって全力を尽くされると思いますわ。まして大好きな方が危ないのです。何としてでもと思いますわ」
「また君はそういうことをさらっと言う。敵わないな」
顔を赤くしたセドリックが余裕を無くしたように呟いた。
「えっと、何か言ってはいけないことを?」
セドリックの人差し指が唇に当てられたのでその先の言葉は紡がれなかった。
アレクシアは当てられた指を意識して固まってしまった。色気がだだ漏れな婚約者には敵わないと思いながら。




