2 重体
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春の優しい光が差し込み花が至るところで咲き始め、人々の目を楽しませるようになった頃、アレクシアも庭の散策を楽しんでいた。
母の好みで作られた庭園はパンジーやビオラに色とりどりのチューリップに薔薇の花が競うように咲き誇り、庭師が丹精しているだけあって見事な物だった。
甘い花の香と花々がアレクシアを目でも香りでもリラックスさせていた。
そこへ侍女のメアリーが急いでやって来た。
「大変です、お嬢様。急いで執務室に来るようにと、旦那様がお呼びです」
「お父様が?どうされたのかしら。領地になにかあったのかしら」
急いで執務室へ行くと強張った顔の父から驚くべき言葉が飛び出した。
「アレクシア、セドリック殿が事故に遭われたそうだ。かなりの重症らしい。これから向こうへ行くから着替えて来なさい」
(重症って、セドリック様は伯父様と城で仕事をしていたのではないの?街に仕事で出かけたのかしら)
セドリック様を失うかもしれないと思うとカタカタと身体が震えた。
「お嬢様、きっと大丈夫でございますよ。さあ着替えましょう。地味な物がよろしいですね」
メアリーにそう言われて襟の白い紺色のワンピースに着替えた。
(優しい笑顔が見られなくなったらどうしたら良いの。あの声が聞けなくなったら生きてはいけないわ)
「お嬢様、まだ容態がどうか分かっていないのですよ。悲観されるのは早いです。情報が間違っているということもございます。しっかりなさいませ」
「そうね、メアリー、ありがとう」
馬車まで行くと父が待っていてくれた。
「さあ、乗りなさい。気を確かに持つのだよ」
メアリーが隣に乗ってくれ手を握ってくれていた。
セドリック様のコーンウェル伯爵家は歴史が古い。お屋敷も歴史を感じさせる荘厳な造りだった。
馬車が玄関で止まるとアレクシアとメアリー、ハサウエイ伯爵が降りた。家令が迎えに出ていた。
「セドリック様の容態はどうなのですか?」
開口一番にアレクシアが聞いた。
「脚が折れているようです。その為高熱が出て意識がない状態です。お医者様のお見立てですとここを乗り越えれば峠を越えると仰られていまして」
「宮廷医を伯父様の伝手で頼みましょう、お父様。伯爵家のお医者様に不安があるわけではありませんが、持っておられるお薬が違うかもしれません。お願いでございます」
「ここでは申し訳ありませんので、是非若様の顔を見てあげてくださいませ」
「そうだ、まずはセドリック殿の容態を見てからにしよう。こちらの医師とご両親に相談しなくてはならないからね」
寝台の上のセドリックは添え木をされ包帯で脚を固定されていた。胴体も怪我をしたようでガーゼが貼られていて痛々しい。熱のせいか顔が真っ赤だった。
看護師だろうか、助手のような人が額に氷の袋を乗せていた。
「早速来ていただきありがとうございます。仕事で用事があったのか外に出かけた時に事故に遭ったようです。騎士団の方が運んで来てくださいました」
「仕事で出かけ事故に遭ったのですね?」
「そうだと思います。何処かへ書類を届けようとしたらしいと宰相室から同僚の方が来られて言っておられました。機密事項らしく詳しくは言われませんでしたが。
街中で何かを避けようとして息子の馬車が横転したと見ていた人から聞きました。大きな音がしたので振り向いたら息子が投げ出され馭者は即死だったようです」
側にいたのはまだ若い医師だった。
「先生、宮廷からお医者様をお呼びしてはいけませんか?お持ちになっている薬がもしかしたら宮廷用と違うかもしれません。一刻も早くお助けしたいのです」
「宮廷医は私の恩師です。ブアイラン先生なら良い薬をお持ちかもしれません。お嬢様のお知り合いですか?」
「いえ、伯父が宰相なので無理やりでもお願いしてみようかと思いましたの。今日が峠なのですよね」
「ええ、あまり良い状態ではありません」
「でしたらコーンウェル伯爵様、宮廷医のブライアン様に連絡することをお許しくださいませ」
「なんと有り難い、アレクシア嬢。ハサウェイ伯爵宜しいでしょうか?」
「そういうことであれば今直ぐ兄に連絡して宮廷医の力を借りましょう」
「お父様今夜はセドリック様に付き添っても宜しいでしょうか?」
「ああ、精一杯看病して差し上げなさい。私も時間の許す限り滞在させていただこう」
そう言うとハサウェイ伯爵は手紙を書き侍従のルイを宮廷に走らせた。
その間も苦しそうなセドリックの呻き声は続いていた。助手やアレクシアがせっせと顔を拭いたり、氷の入った水で絞ったタオルを額に乗せるが直ぐに温くなってしまう。
熱を下げる薬は飲ませてあるのだそうだがなかなか効なかった。ベッドの隣に椅子を持ってきて貰ったアレクシアは、熱のあるセドリックの手を握りしめて神様に祈った。
セドリックの母と兄達は間が悪いことに領地に行ったばかりなのだという。
連絡はしたがもし万が一ということがあれば、別れが出来ないということになってしまう。
どうかセドリック様が助かりますようにとアレクシアは祈ったのだった。




