1 婚約者
よろしくお願いします
アレクシアはシルバーブロンドの髪と紫色の瞳を持つ、今年十九歳の可愛らしい顔立ちの伯爵令嬢だった。姉を慕う六歳下の妹がいた。
アレクシアもそんな妹が可愛くて良く面倒をみていた。
姉妹なので後継はアレクシアと生まれた時から決まっていて教育もされていた。妹のメロディもいずれ何処かの貴族家に嫁に出しても恥ずかしくないような教育がされていた。
婿を取って家と領民を守るのは義務なのだと教えられ、自分も当然そうすべきだと思って育っていた。
父は三十代前半だが整った顔立ちで若く見える。母は童顔なのでアレクシア達の姉と言っても他人なら信じてしまうくらいで父に溺愛されていた。
アレクシアは可愛い母に似て婿には不自由しないし、妹は父に似て綺麗なので嫁ぎ先に困らないとは家族や屋敷の使用人たちの認識だった。
釣書がたくさん来ていて父が選ぶのに困っているということも、侍女から聞いて知っていた。
そんなアレクシアの婚約者が宰相である伯父の部下のセドリックになったと父から聞かされた時は特に驚きもなかった。それほど父と伯父を信頼していたのだ。
三年の交際期間を経て、もうすぐアレクシアの家に婿として入ることになっていた。
婚約者のセドリックは、黒髪で蒼い瞳を持ち鼻筋が通り、薄い唇が配置よく整った美しい男だった。気性も穏やかで怒ったところは見たことがなかった。
剣は勿論頭も良く、学院にいる時は成績は常に五位以内だったそうだ。
伯爵家の三男で、婿入り先がなければ平民の文官として身を立てていくつもりだったと婚約してから知らされた。
伯父様ありがとうございますと心からの感謝を伝えたのは勿論だった。
婚約した時、アレクシアは十六歳、セドリックは二十歳だった。
宰相である伯父の勧めで縁談が纏まった。
女性の噂もなく勤務態度も真面目なところが姪の相手として申し分ないと伯父が言っていた。
伯父様が勧めてくださるならと婚約を決めていたアレクシアは、顔合わせでセドリックに会った途端胸が震えた。一目ぼれだった。
こんな綺麗な男の人がいるのね、まさに好みのど真ん中で胸を撃ち抜かれたよような気がした。
声も低くまるで音楽を聴いているようだった。この声と顔で愛を囁かれたら腰が砕けそうだと、乙女心は高鳴ったのだった。
セドリックは上司の勧めでもあるし、余程嫌な感じではない限り結婚の話は受けようと思っていた。しかし会ってみるとアレクシア嬢は話の合う可愛らしい人で一目で気に入った。上司には直ぐにお願いしますと返事をした。
話はとんとん拍子で進み婚約はあっという間に整った。
この時、セドリックは上司の姪としてではなく一人の愛する女性として、アレクシアを妻として大切にしようと心に誓った。
アレクシアのデビュタントはセドリックがパートナーになることが決まった。
伯爵家の用意したスカート部分がシフオンで出来たプリンセスラインのドレスは、ウエストをサテン生地の白いリボンで結び、真珠が散りばめられた華やかで可愛らしいデザインだった。
磨き上げられたお姫様を迎えに行くのが自分だと思うとセドリックは嬉しかった。
「とても綺麗だよ。月の妖精のようだ」
「セドリック様も素敵です。大人の余裕を感じます」
「光栄です、お姫様。では参りましょうか。お手をどうぞ」
恥ずかしそうに下から睨んだ瞳も可愛らしいものだった。
デビュタントの会場である王宮は白い花が咲き誇っているようだった。
陛下のお言葉を聞きパートナーとダンスを踊るのがこの国のやり方だった。
婚約者がいない令嬢は兄弟や父親と踊っていた。
飲み物やつまむ物はたっぷりと用意されていた。アレクシアはケーキに目を引かれたようだ。
「王宮のスイーツは美味しいらしい。食べようか」
「はい、一生に一度なので是非食べてみたいです」
「伯爵令嬢としてこれから夜会に参加する機会はある。だからいくらでも食べられるよ」
不思議に思ったセドリックがそう言うと
「デビュタントで食べるのはこれきりですから、良い思い出になりますわ」
そう言い張る彼女が可愛いくて、近くにいた給仕に皿に二、三個サーブしてもらった。
美味しそうに食べるアレクシアに果実水を渡した。
セドリックはローストビーフにワインを合わせた。幸せな極上の味がした。
アレクシアが学生なので交際は健全な所だ。
女性に人気のカフェや公園、美術館、観劇にも行った。
婚約の印にサファイアのピアスを贈ったり、誕生日には豪華なレストランでディナーを食べた。美味しそうに食べるアレクシアを見るのは至福の時間だった。
アレクシアは刺繍が得意で、ハンカチにイニシャルであるSの文字をアレンジしてよくプレゼントしてくれた。
「実用的に作りましたので普段用に使ってくださいね」
と恥じらいながら言うアレクシアがとても愛おしくて、中々使えなかったのは秘密だ。
セドリックはその中の二枚を交代でポケットに入れて、手を洗った後に目に入れるのが好きだった。その度に婚約者の笑顔を思い出すからだ。
そのお礼に髪飾りをプレゼントすると、伯爵家の家紋を入れたハンカチをプレゼントされた。これは宝物として自分の屋敷の引き出しにそっとしまった。
宰相から
「アレクシアと上手く行っているのか?結婚式が楽しみだ」
と言われると思わずにやけてしまいそうになり顔を引き締めた。
「お陰様で幸せに過ごしています。この間も…」
「セドリックが惚気を言うようになったか、アレクシアが幸せそうで良かった」
と普段は眉間に皺の寄っている宰相が伯父の顔で頷いた。
知らない内に彼女のことを深く愛していたのだが、本人は自覚がなく夏のギラギラした燃えるような恋ではなく、冬の暖かな暖炉のような関係だと思っていた。
堅物で笑わなかった男の表情が柔らかくなったので、同僚の評判も良くなっていた。せっかくの美貌を無駄にしていると陰で呆れられていたのだから。
アレクシアも婚約をしてから更に綺麗になったと学院で評判になっていた。
「素敵な婚約者様で良かったわね」と冷やかされていると同じ学院に妹のいる同僚から聞き、アレクシアにはいい友達がいるのだなと思わず頬が緩んでしまった。
その度にこんなでれでれした顔は婚約者の前で見せるのは恥ずかしいと、鏡の前で普通に見える顔の練習をしているのは秘密である。
さっそく読んでいただきありがとうございます。張り合いになります。




