第60話 エルフ最強の剣士が決闘を挑んできましたが、床をツルツルにしたら立っていられませんでした
3話更新の2話目です
庭。
ガイルが持つミスリルの剣が、午後の陽光を反射して鋭く光っている。
俺は剣の刃先から放たれる殺気を、【精神干渉】で穏やかに受け流した。
「我が姫に邪な魔法をかけた貴様、覚悟しろ!」
「いや、邪な魔法じゃないんで……」
彼は真剣だ。このまま相手をするのは面倒だ。
だが、家の中で戦うのは絶対に避けたい。
俺は地面に視線を落とした。
ここは昨日スズが念入りに掃除したばかりの、ピカピカの石畳だ。
「――【クリーン】、究極浄化」
俺は石畳全体に、魔力を込めた洗浄魔法をかけた。
この魔法は、汚れだけでなく、石畳の表面に存在する**「全ての摩擦係数」をゼロにするイメージ**だ。
床は見た目こそ変わらないが、表面は完璧な氷上、あるいは宇宙空間のような状態になった。
「来いよ、エルフ最強の剣士さん」
俺が挑発すると、ガイルは静かに剣を構え、一歩、踏み込んだ。
「ハアッ!」
ズザァアアアアアアアアアアッ!!
ガイルの体は、慣性の法則に従い、一瞬で庭の端まで滑走していった。
彼はそのまま、庭に置いてあったマーリンお爺ちゃんの天文台の望遠鏡に激突し、動かなくなった。
「な、なんだ!?」
「何が起きた!?」
物音を聞いて出てきたリサとマーリンが、呆然としている。
俺は平然と説明した。
「摩擦をゼロにしただけですよ。いくら最強の剣士でも、足場がなければ立てません」
望遠鏡から体を引き剥がしたガイルは、怒りで顔を真っ赤にしていた。
「くっ……卑怯だぞ、人間! 次は空中で勝負だ!」
「いや、俺は別に卑怯じゃないぞ。これは『環境制御』だ」
ガイルは再び、俺に向かって駆け出そうとした。
だが、地面はツルツルのままだ。
ズザザザザアアア!!
彼はまた滑った。今度は綺麗にお尻から転び、そのままコケ玉の山に突っ込んだ。
何度やっても、彼は俺に近づくことすらできない。
「ガイル、ポテチ、食べる?」
縁側から、フィアナがコタツから顔だけ出し、ポテチを差し出していた。
その光景に、ガイルは絶望の表情を浮かべた。
「ひ、姫様ぁ……! こんな男の術中に……! そしてそのポテチは、魔王の毒か!?」
「美味しいわよ? 毒じゃないよ」
最強の剣士は、精神的にも物理的にも完全に無力化された。
俺はガイルに近づくと、優しく肩を叩いた。
「とりあえず、落ち着いて話しませんか? お茶を淹れますよ」
こうして、エルフの森からの使者は、俺の家の『掃除』と『衣食住』の力によって、完全に戦意を喪失したのだった。
(続く)
エルフの戦士長、物理学と【生活魔法】の前に敗北。
正々堂々とした戦いよりも、絶対に勝てる方法を選ぶのが最強の社畜スタイルです。
ガイルは一体どうなってしまうのか?
次回、彼も我が家の「新しい家族」に加わる……かもしれません。




