第3話 試しに動画をアップしたら、サーバーが落ちかけました
翌日。
優雅に昼過ぎに起きた俺は、スマホを見てコーヒーを吹き出しそうになった。
「……なんだこれ」
昨日登録したマッチングサイトのメッセージボックスが、『99+』でカンストしている。
原因はすぐに分かった。SNSだ。
昨日の大家さんが、興奮冷めやらぬ様子で投稿した『Before/After画像』が、万単位で拡散されていたのだ。
@大家さんの呟き
『夜逃げされた部屋の掃除を業者に頼んだら、5分で新築になって返ってきた件。これ全部で8万円って安すぎない?(画像あり)』
コメント欄は地獄絵図だった。
『はいはい嘘松』
『5分は盛りすぎw 業者のステマ乙』
『画像加工下手すぎワロタ。光の当たり方おかしいだろ』
『でも、この壁紙の修復技術はすごくね?』
大半は「嘘だ」「合成だ」という反応。
まあ、当然だろう。魔法なんて存在しない世界なんだから。
「……ふむ。これじゃ信用されないな」
俺は少し考えた。
これから個人事業主としてやっていくなら、信頼(と高額な報酬)が必要だ。
百聞は一見にしかず。証拠を見せるのが早い。
「動画、撮ってみるか」
俺は近所の公園に向かった。
そこには、暴走族のスプレー落書きで真っ黒に汚された、公衆トイレの壁がある。
市が何度塗り直してもイタチごっこで、長年放置されている「汚点」だ。
スマホを三脚にセットし、録画ボタンを押す。
フレームに映るのは、汚い壁と、俺の背中だけ。
「じゃ、いきます」
ボソッと呟いて、右手をかざす。
「――【クリーン】」
シュワァァァ……!
淡い発光と共に、何層にも塗り重ねられたラッカースプレーの塗料が、砂のように分解されて空気に溶けていく。
コンクリートの地肌が見え、さらにその黒ずみさえも消え去る。
所要時間、三秒。
そこには、落成直後のように真っ白に輝く公衆トイレが爆誕していた。
「はい、終わり」
録画停止。
一切の編集なし。BGMなし。
俺は『クリーンライフ佐藤』というアカウントを作り、その動画をアップした。
文面は一言だけ。
『お掃除の依頼、DMで募集中です。頑固な汚れも3秒で落とします』
投稿して、スマホをポケットにしまい、遅めのランチに牛丼を食べに行った。
◆
一時間後。
牛丼屋を出てスマホを見ると、画面が固まっていた。
「……えっ、壊れた?」
再起動してSNSアプリを開く。
通知欄が、滝のように流れていた。目で追えない速度だ。
『【衝撃】謎の掃除屋、ガチの魔法使いだった件』
『これ合成じゃないぞ……解析班来たけど、ノイズが一切ない』
『場所特定した! ○○公園のトイレだ! 今見てきたけどマジでピカピカになってる!』
『CGだとしても技術力高すぎだろ、ハリウッド行けよw』
『この光なに? 新種のレーザー洗浄機?』
トレンドワードには『#謎の掃除屋』『#現代の魔法使い』『#クリーンライフ佐藤』が並んでいる。
フォロワー数は、一時間で五万人を超えていた。
「うわあ……」
ドン引きしていると、DMの一番上に、とんでもないアイコンを見つけた。
公式マークがついている。フォロワー数、数百万人の超大物インフルエンサーだ。
『はじめまして! 動画拝見しました。これ、ガチですよね?
もしよろしければ、私の動画企画で「ゴミ屋敷アイドル」の部屋を掃除してもらえませんか?
報酬は100万円出します! あと、コラボ動画の収益も折半で!』
「ひゃ、100万……!?」
牛丼屋の前で、変な声が出た。
サラリーマン時代のボーナスより多い額が、たった一回の掃除で?
俺は震える指で『お受けします』と返信した。
完全にバズった。
そして、俺の平穏な生活は、この瞬間から音を立てて崩れ去ったのだった。
(続く)
次話、いよいよヒロイン(アイドル)登場!
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