第24話 最強の女暗殺者がハニートラップを仕掛けてきましたが、お風呂とご飯で餌付けしてしまいました
本日3話投稿の3話目です(07時・17時・21時)
その夜は、激しい雨が降っていた。
インターホンが鳴ったわけではない。ただ、俺の「気配察知(なんとなく嫌な予感がする能力)」が反応したのだ。
「……誰かいるな」
俺が傘をさして門の外に出ると、そこには一人の女性が倒れていた。
金髪碧眼。モデルのように整ったプロポーション。
薄いシャツはずぶ濡れで、肌に張り付いている。
「だ、大丈夫ですか!?」
「……Help……me……」
彼女は弱々しく呟くと、俺の腕の中で意識を失った(フリをした)。
◆
――女暗殺者、コードネーム『タランチュラ』。
彼女の演技は完璧だった。
ターゲットの同情を誘い、懐に入り込み、寝首をかく。それが彼女の必勝パターン。
(チョロい男ね。まずは家に入れてもらえば、あとはどうとでも……)
彼女がそうほくそ笑んだ、その瞬間だった。
「冷たいでしょう。すぐに乾かしますね」
「え?」
男が手をかざした瞬間、彼女の体を包んでいた冷たい雨水、服の泥汚れ、そして不快な湿り気が、一瞬にして消滅した。
まるで、乾燥機から出したばかりのタオルのように、服も体もホカホカに温まっている。
「H……Ha!?(はぁ!?)」
タランチュラは思わず素の声が出た。
着替えさせたわけではない。ただ手をかざしただけで、完全な「入浴後」の状態になったのだ。
「リビングへどうぞ。温かいスープがありますから」
男――佐藤健太は、無防備に背中を見せて歩き出した。
タランチュラは戦慄した。
(魔法……!? これが報告にあった力……。危険すぎる。今すぐ殺さないと!)
彼女は袖口に隠した猛毒の針を構え、佐藤の背後に忍び寄った。
距離、あと一歩。
心臓を一突きにする――その時。
「あ、そうだ」
佐藤がくるりと振り返った。
タランチュラは咄嗟に針を隠し、笑顔を作った。
「Wha, What?(な、なに?)」
「あなた、体に古傷がたくさんありますね? 痛むでしょう」
見抜かれた!?
彼女の体には、過酷な訓練と任務で刻まれた無数の傷跡がある。それは服の下にあるはずなのに。
「治しておきますね。女の子の肌はスベスベの方がいいですから」
「Wait――」
佐藤の手が、彼女の肩に触れた。
――【クリーン】、傷跡除去。
ドクンッ!!
タランチュラの体を、甘い電流のような衝撃が駆け巡った。
熱い。でも、心地いい。
長年彼女を苦しめてきた古傷の痛み、肩の重み、そして心にこびりついていた「殺し屋としての緊張」までもが、溶けるように消えていく。
「……ぁ、あぁ……っ♥」
彼女はその場に崩れ落ちた。
自分の腕を見る。そこには、傷一つない、白磁のような美しい肌があった。
「はい、これスープ。昨日のハンバーグを崩したミネストローネです」
呆然とする彼女に、佐藤はマグカップを握らせた。
一口飲む。
濃厚なトマトと肉の旨味が、冷え切っていた(演技だったはずの)心に染み渡る。
「Delicious……(おいしい……)」
彼女の目から、自然と涙がこぼれた。
毒針は、いつの間にか床に落ちていた。
「名前は?」
「……リサ。……リサよ」
最強の暗殺者は、出会って十分で牙を抜かれた。
こうして我が家に、三人目の食客(美少女)が加わることになったのだった。
(続く)
最強の暗殺者、陥落。
所要時間10分。記録更新です。
【クリーン】で古傷や職業病を治されると、ハードな仕事をしている女性ほどイチコロのようですね。
次回、リサ(元暗殺者)が、この家の「異常な防衛力」を目の当たりにして驚愕します。




