第14話 フランスの三ツ星ケーキを「出来立て」のまま日本に持ってきました
本日3話投稿の1話目です(07時・17時・21時)
スライム美容液のバカ売れ騒動から数日。
アイリさんが、リビングのソファでぐったりしていた。
「……つかれたぁ。佐藤さん、糖分が足りない。甘いもの食べたい」
「冷蔵庫にプリンありますよ」
「違うの! もっとこう、特別なやつ! パリの『パティスリー・ルージュ』の新作ミルフィーユくらいのやつ!」
無茶を言う。
その店は俺もネットニュースで見たことがある。フランスで行列ができる三ツ星店で、賞味期限が「作ってから三十分」という極上のミルフィーユだ。
日本には支店がないし、通販もしていない。
「食べに行こうにも、パリまで飛行機で十二時間だもんなぁ」
「はぁ……どこでもドアがあればいいのに」
アイリさんがクッションに顔を埋めた。
どこでもドア、か。
今の俺の魔法レベルなら、移動系もそのうち覚えそうだけど……今はまだ無理だ。
だが、**「運ぶ」**だけなら?
「……アイリさん。その店、テイクアウトはできるんですよね?」
「え? うん。でも三十分で味が落ちちゃうよ?」
「俺の魔法を使えば、時間は関係ありませんよ」
俺はニヤリと笑った。
◆
数時間後。
俺たちはプライベートジェット(アイリさんの事務所が手配)で、フランスのシャルル・ド・ゴール空港に降り立っていた。
弾丸ツアーだ。
タクシーを飛ばして目当ての店へ。
幸い、アイリさんのコネで予約はできていた。
「メルシー!」
受け取ったのは、焼きたてサクサクのミルフィーユ。
バターの香りが最高だが、この瞬間から湿気との戦いが始まっている。
「佐藤さん、早く!」
「はいはい。――【収納】」
俺が箱に触れると、それは空間の裂け目に吸い込まれるように消えた。
俺の亜空間収納は、内部の時間が完全に停止している。
何年入れっぱなしにしても、出した瞬間は「入れた直後」の状態だ。
その後、俺たちはセーヌ川を少し散歩してから、とんぼ返りで日本へ戻った。
◆
日本の豪邸。
俺は【収納】から箱を取り出した。
「……どう?」
「見て、湯気が出てるわ! 生地もサクサクのまま!」
アイリさんが一口食べて、目を輝かせた。
「ん〜〜っ! サックサク! クリーム冷え冷え! パリの味そのままだわ!」
大成功だ。
物理的な距離と時間を無視した、究極のフードデリバリー。
これを使えば、世界中の「そこでしか食べられない味」を、日本の食卓に並べることができる。
「物流革命ね……。佐藤さん、これでお店やったら、また億稼げるわよ?」
「いや、さすがに毎回飛行機で往復するのは疲れますよ」
そう、問題は移動時間だ。
品物は一瞬で運べても、俺自身の移動に時間がかかる。
「あーあ。一度行った場所なら、一瞬で移動できる魔法とかないかなぁ」
俺は何気なく呟いた。
その時。
脳内で『ピロリン♪』という、あの音がした気がした。
(……ん? 今、スキル習得の音がしたような?)
俺はステータス画面を開こうとしたが、スズが「お風呂が沸きましたよー!」と呼ぶ声に遮られた。
まあいいか、気のせいだろう。
俺はミルフィーユをもう一口頬張り、甘い至福に浸ることにした。
自分の能力が、また一つ階段を登ったことに気づかないまま。
(続く)
海外グルメも、アイテムボックスの時間停止なら「出来立て」です。
しかし、移動時間がネックですね。
ラストで謎の通知音が……?
次回、ついに「あの移動魔法」を習得!?




