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号泣

今となってはとても答え難い、けれど本当の気持ちを言わなくてはと小さく息を吐き話し出してから口を開いた。

「私は……ルド様の事をそもそも信じておりませんでした。というかまともにお会いしたこともない幻の婚約者だったので、この本を読むまで存在を忘れていたというのが正直なところです。そんな方がシシリー嬢とどうなろうと知ったこっちゃないって思っていたのです。でも……」

言葉が詰まってしまう。これ以上言うと泣きそうだ。王子を見れば彼もまた悲しそうな顔をしていた。そんな彼が、声色まで悲しげに謝罪を述べた。

「……すまない」

「謝らないで!」

私は思わず立ち上がった。感情が一気に昂ったのを感じたが、自分ではもう止められなかった。


「ルド様なんてどうでもいいって思ってた。レンゾもミアノもパウルもそう。私には関係ない人たち、最終的には私を断罪する人たちなんてどうでもいいって、興味なんて湧くはずがないって思ってた。でも、なんだか本の内容とは違っていて、どんどん皆と仲良くなって……。皆が私を守るって言ってくれた時、ルド様に狙われる理由に思い当たる事はないかって聞かれた時、この本だってすぐに思い至った。でも、既に本の内容とは変わっているこの世界で、更に変わってしまったらどうなるのかって考えたら怖くなってしまった。それまでは軽く考えていたの。敢えて本の通りに動いてやるって……。でも、老婆という未知の存在が現れてから変わった。面白半分で私が動いたせいで、お父様やお兄様、皆がどうにかなってしまうかもしれないって思ったら怖くて。私が本の通りの結果を生まなかったこの世界が壊れるかもしれないって……」

嗚咽が漏れて、これ以上は言葉が紡げなくなってしまった。気が付けば私は王子の腕の中にいた。王子の腕の中は暖かくて心地良くて、私はわんわんと泣いてしまった。


私が落ち着いた頃。お父様が、静かな声色で話し出した。

「この本は魔法を使って作られたものだという事がわかったよ」

お父様の話はこうだった。本を作ったのはかなりの魔力を持った人間で、一から十まで一人で作り上げたのだそうだ。しかし、所々に粗が見られるそうで、もしかしたら何かを真似て作ったのではないかという事だった。


「これは私の予想だけどね」

私たちはお父様の話を真剣に聞いたのだった。



話が終わり、私は皆に見送られながらお父様とお兄様と一緒に帰路に着いた。小さな子供のように二人に手を引かれ部屋まで送ってもらう。

「久しぶりに見たな。リアが声を上げて泣いている姿を」

お父様がしみじみと話すけれど、私としては恥ずかしい事なのでやめていただきたい。しかし、私の願いは虚しく霧散する。

「母上が亡くなった時以来だよね。埋葬しても尚、その場から離れずずっと泣いていたよね。あの後からだったな。剣の稽古を始め出して元気になって……泣かなくなった」

お兄様が昔を懐かしむように、少しだけ悲しそうな表情になる。けれどすぐにクスクスと笑った。

「わんわん泣いて、ぐずぐずの顔になったリアを久しぶりに見たけれど可愛かったよ」

「もう、お兄様」

私がぶーたれたところで部屋に到着した。すると、お父様がとんでもない事を言い出した。


「リア、とりあえず殿下の事を殴ってもいいかな?」

突然の発言に、ポカンとしてしまう。なにがどうしてそんな発言が飛び出した?さっぱりわからない表情の私を見てお兄様がクククと笑う。しかし、お父様は真剣な表情を崩さない。

「えと……どうして、か聞いても?」

聞いてみると、真剣な表情だったお父様が真っ黒な笑みを見せた。

「小さな頃以来、あまり泣かなかったリアを泣かせたのは殿下だ。しかも私のリアを真っ先に抱きしめて……一発や二発、いや七、八発?くらい殴っても許されるよね」

何も言えなくなる私。確かに王子に聞かれた事が発端にはなったが、決して王子のせいではない……はず。でも、なんだか言える雰囲気ではない。


「少し……考えさせてくれる?」

なんとかそれだけ言って、私は部屋へと戻ったのだった。



夕食の席では、スピナジーニ夫人が終始イライラした様子だった。

「三人で仲良く馬車でお戻りになったようですけれど、一体どちらにいらっしゃっていたのかしら?」

すかさずお兄様が返す。

「それを夫人に言う必要がありますか?一緒に住んでいるだけで赤の他人であるあなたに?」

しかし、夫人も負けてはいない。

「もう九ヶ月近く一緒に暮らしているのに。赤の他人だなんて酷いですわ、ヴィート様」

悲しむ素振りを見せたけれど、お兄様には通用する訳もなく。

「何ヶ月、何年一緒に過ごそうが、他人は他人ですよ。それに、一体いつまで我が家に入り浸っているおつもりで?いい加減、ご自分たちの身の振り方を真剣に考えたら如何です?」


すると、シシリー嬢がとんでもない事を言い出した。

「身の振り方は考えています。というか、知っているんです。お母様と公爵様は夫婦になるんですよ」

意気揚々と発言した彼女以外、皆の動きが止まった。シンと静まるダイニング。だが、その静寂はすぐに破られる事になる。

「ぶっ」

アネリだ。常に無表情を貫くあのアネリが吹き出したのだ。すかさず夫人がアネリを睨んだが、そのすぐ後にお父様が爆笑し出した事で、夫人の視線はお父様に移った。


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