殺害依頼
うん、そうでした、そうでした。こんなのありましたわ。それにしても、何から何まで上手く行っていないというのに。めげずに頑張るなぁ。思わず心の中で彼女のポジティブな姿勢を素直に賞賛していると、アルノルド王子の手が私の肩に置かれた。
「せっかく全員上位に入ったのだから、お祝いをしないか?城に招待するから祝杯でもあげよう」
そう、本と全く同じセリフを言ったのだった。
週末。シクシクと泣いているお父様と、ツンケンしているお兄様を宥めながら王城へと向かう。やっとの思いで馬車に乗り込むと、アネリが黒い笑みを浮かべていた。
「毎度毎度全く。暗器を握りしめるのを我慢するのも大変なんですよ」
ははは。あと何回もしないうちに本気でお父様が危険、なんて思いながら窓の外を眺める。王城はさほど遠くない。だから油断していた。
もうすぐ王城に到着するであろうタイミングで、馬車が急に停まる。
「どうしたのかしら?」
不思議に思い私が言葉を発すると、アネリが「シッ」と人差し指を口に当てた。私の膝の上で眠っていたクーも起き上がる。耳を澄ますが御者が抵抗するような声も聞こえない。まさか一瞬でやられてしまったのだろうか?我が家は御者と言えども決して弱くはない。それなのに、なんの抵抗もせず?緊張感が増した。
『5人だね』
クーが冷静に外に出て人数を教えてくれる。
「御者は?」
小声で聞けば、眠っているようだと教えてくれた。
「では、私とクー様で2人ずつ、お嬢様は1人ですね」
アネリの言葉に頷く。私は絶対に生捕りにしなくてはいけない。2人がその辺りを考慮してくれるとは思えないから。だって、既に2人とも悪い顔してるもの。
『僕は外から行く』
そう言ったクーはフッと消えた。ほぼ同時に馬車の扉が何者かに思いっきり開けられる。
「お?なんだ?てっきり鍵をかけているかと思ったが。諦めるのが早えな」
いかにも荒くれ者という言葉が似合う風貌の男だ。男は私を見てニヤリと笑った。
「アンタがこの馬車の持ち主らしいな。なんだ、勿体無いなぁ。どうだ?命を助ける代わりに俺の女になるっていうのは?」
なる程。命を取るつもりで襲って来たという訳か。依頼内容を覆すような事を言うという事は、この男がリーダー格なのだろう。
「まずはここから降りていいかしら?このような狭い場所で話しても、ねぇ」
わざと思わせぶりな態度をすると、ニヤリと笑った男が「わかってるじゃねえか」と馬車から少し退いた。
『馬鹿なのね』
アネリが先に降り、私の手を取って降ろしてくれた。外に出ると、御者の肩が見える。血の匂いはしない。クーの言う通り、薬か何かで眠らされたのだろう。舐めてかかっていい相手ではないかもしれない。
「それで?一体、あなた方は何が目的なんですの?」
私の問いかけに答えたのは、扉を開けた男だ。
「いやなに。ティガバルディ家の紋章の馬車を襲えって依頼でね。中にいる令嬢を殺して欲しいって事だったんだが……流石貴族のお嬢様だ。これほどいい女を無闇に殺しちまうのは勿体無いって思ってな」
女が2人しかいないこの状況のせいか、男たちは完全に舐めている。ニヤニヤと笑う気持ち悪い姿に寒気を覚えた。それでも聞ける事は聞いておこうと、私は更に質問した。
「依頼した人間は誰かわかりますの?」
すると更にニヤニヤし出す。
「そんな事を聞いたところで、無事に帰れる訳じゃないんだぜ。ま、可哀想だから教えてやってもいいけどよ。依頼して来たのは婆さんだったぜ。黒いマントでフードを深く被っていたが、皺皺の手だったし、声もしわがれていたから間違いねえ」
その瞬間、私の頭にはあの花祭りの時の老人が思い浮かんだ。
『あの老女は、今もあの時も初めから私を殺すつもりだったんだ』
こんな事ならもっとちゃんと顔を見れば良かったとか、老女は一体何者なんだろうかとか、考え始めた時。
「お嬢様、いつまで待てば?」
明らかにイライラしているアネリが言った。
『僕も。いつでもオッケーだよ』
クーまで。そうだ。今色々考えても仕方がない。いい加減、王城に行く時間も迫っているし、とっとと終わらせよう。
「わかりました。依頼主の話も聞けましたし。ここで終わりにいたしましょう」
私は半開きにして持っていた扇子を、パチンと小気味良い音をさせて閉じた。




