考察
部屋の外が何やら騒がしくなる。何事かと扉をの方へ視線を向けると、突然扉が開いた。
「リア!」
もの凄い勢いで部屋に入って来たのはお兄様だった。ツカツカと早足で私に歩み寄って来たかと思ったら、レンゾ様の反対隣に座るや否やガバリと抱きしめて来た。
「リア、大丈夫?一体誰にやられたんだ?」
そう言いながら王子たちに冷たい視線を送る。
「一緒に行った奴らは誰も犯人を捕まえられなかったというのは本当?四人もいて?のろまばかりだったんだね。クー以外は皆役立たずだったんだ。可哀想なリア」
嫌味たっぷりの言い回しをすると、王子に侮蔑の視線を向けた。
「言い訳の余地もない。本当に申し訳なかった」
不敬な態度をされたにも関わらず、立ち上がりお兄様に向かって頭を下げた王子に驚いた私は、お兄様の腕を振り解き王子の腕に触れた。
「おやめください。ルド様が謝る事ではありません。私が見ず知らずの者から簡単に花を受け取ったのがいけなかったのです」
そしてそのまま首だけお兄様に向ける。お兄様は驚いた表情で私を見つめていた。私に抱いていた腕を振り解かれた挙句、王子の方へ向かった事がショックだったのだろう。それでも今のお兄様の対応は、絶対によろしくない。
「お兄様。私がああなってしまったのは、誰のせいでもありません。お祭りが楽しくて浮かれていた私が悪いのです。そのせいで警戒する事を怠ってしまった、私自身が悪いのです。だからルド様たちに酷い事を言わないで」
「リア……」
私の言葉を受けて、今にも泣いてしまうのではないかという顔になったお兄様。少しばかり言い過ぎただろうか。罪悪感で胸がキュッと苦しくなってしまった。
どう決着つけるべきか誰もわからない空気の中、コンと軽やかに扉をノックする音が響いた。
「もうそのくらいにしてあげて、リア」
扉をノックしたのはお父様だった。開いたままになっているドア枠に寄りかかり優しく微笑んでいたお父様は、私と呆けたように私を見つめていたお兄様の前に来ると視線を合わせるようにしゃがんだ。
「リア、体調はどうだい?」
「もう大丈夫。心配かけてしまってごめんなさい」
謝った私に首を振りながらお父様が笑った。
「はは、いいんだ。リアは被害者なんだから。謝る必要なんてないよ。それに子供の心配をするのは親なら当たり前だからね。そしてそれは兄妹だって同じ事だ。ヴィートはね、屋敷に戻ってから初めてリアの事を知ったんだ。リアの姿を見る事も叶わなかった。誰よりも心配したのは当然だよね」
「ええ……」
勿論、お兄様が心配していてくれたのだろうというのはわかっているのだ。今も尚私を見つめ続けているお兄様の目には、涙が浮かんでいる。そんなお兄様を見て心が痛くなった私は、今度は自分からお兄様に抱きついた。
「ごめんなさい、お兄様。お兄様の気持ちも考えずに」
「いいんだ。私もリアの事が心配な余り、言葉が荒くなってしまった」
そうしてひしと抱き合う兄妹を、周りは温い目で見守っていた。
「老婆だったんだね」
落ち着きを取り戻した私たちは、あの時の事をお父様とお兄様に説明した。
「ええ、フードを深く被ってはいたけれど、声もしわがれていたし私の腕を掴んだ手はお年寄りのそれだった。ただ……よろけて私にぶつかったと言っていた割に、離れて行く後ろ姿は年寄りのそれとは違って見えた……」
これにはレンゾ様もパウル様も賛同した。
「シャキシャキ歩いて去って行ったように見えました」
「確かに、そんな感じだった」
「殿下とクーは直接その老婆を見ていないんだね」
お父様の言葉に、王子が大きく頷く。
「ああ、クーを連れて屋台で買い物している間だったのだ」
王子の話を聞いたお父様が、クーを見るとクーがとんでもない事を口にした。
『僕も見てない。でも嫌な匂いはした』
「ほお、それはどんな?」
『えっとね』
「ちょーっと待ったーーー!」
お父様とクーの会話に割り込んだのはミアノ様だ。グイッとお父様に顔を近づけた。
「公爵殿、一つ質問があるのですがいいっすかね」
「うん、なんだい?」
ミアノ様の圧にもお父様は全く動じない。
「クーは一体何者なのでしょう?」
今度はパウル様だ。それはそうだ。皆が何も出来ず狼狽える中、大きな九尾の姿になり私の毒を消し去ってくれた上に、皆をまとめて王城まで転移させてしまって言葉まで話している。不思議に思わない方がおかしいくらいだ。
「んー、そうだね。実際に目の当たりにしてしまった君たちに、誤魔化しは通用しないかな。よし、君たちには特別にクーの正体を教えよう。でもその前に一つ約束して欲しいんだ」
そう言ったお父様は人差し指を唇に当てシィのポーズを取り、ウィンクしてみせた。




