そうなるのね
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
時間をかけてやっと天辺近くに到着したシシリー嬢は、おぼつかない手でなんとかキャンドルを飾った。そして思っていた通りに脚立から落ちた。
『躊躇なさ過ぎじゃない⁉︎』
自分の身長の4倍はあるであろうあの高さから、なんの迷いもなく落ちた彼女を見て小さく悲鳴を上げてしまう。アルノルド王子が助けに来るとわかっていても、目の前の光景が衝撃的過ぎて身体が強張る。なのに頭の片隅では鍛えているアルノルド王子でも、あの高さからの衝撃を受け止めるのは危ないのでは?なんて思ってもいた。
『いつ?いつ来るの?』
私の横を颯爽と駆け抜けて行くはずのアルノルド王子の姿はまだない。あれ?これはまずいのでは?王子どころか誰も助けに来ないのだけど?そう思ったその時。パチンと指を鳴らした音と共に、シシリー嬢の落下が止まった。次の瞬間には、何事もなかったように床の上に立っていた。
「あれ?」
シシリー嬢は不思議そうに首を傾げながらキョロキョロしている。自分がどうして床に立っているのかわからないようだ。
「あのまま落ちてたら、頭を打ってまずい事になるところだったね」
いつの間に来たのだろうか、笑みを浮かべ私の肩を抱いたお父様が言った。
「ヴィートが責任を取らされて結婚、なんて事にならなくて良かったよ」
ね、と私に言ってくるお父様。シシリー嬢を助けたのはお父様だったようだ。
『やっぱり、本の通りにならない』
そうねと返しながらも、難しい表情になってしまう。今回は、本の通りになる条件が揃っていたはずだ。実は教会に入る時に、近衛が周辺を警備している姿を見ていたのだ。アルノルド王子本人は見ていないが、王族が来ているのは間違いないはず。
『もしかして、ルド様は来ていないのかしら』
周辺に王子の姿はないのかと確認しようとすると、私の腕の中でウトウトしていたクーがいつの間にか起きたようでツリーを見ながら尾を振っていた。
『リア、僕もそれ、いっちばん上に置きたい』
「これを?」
『うん、あの子のより上に』
「私に脚立を昇れと」
『お願い、リア』
エメラルドの瞳をウルウルさせながらクーが私を見る。あざとい。でも可愛い。そして可愛い。
「もう、仕方ないなぁ」
クーの可愛さに負けキャンドルを飾る為にはしごの前まで来ると、お父様とお兄様が司祭様に呼ばれた。どうやら先程のシシリー嬢の事で、事情を聞かれているようだ。
『脚立、誰も支えてくれる人が居なくなっちゃったわ』
仕方がないので自分の魔法で脚立を固定させる。そもそも私は脚立如きでバランスを崩すような運痴ではないのだ。脚立が大きく揺れるような事がない限り、脚立から落ちるなんて事は有り得ない。
ドレスの裾を片手で持ち、肩にクーを乗せながらトントンと軽快に昇って行く。ほどなくして一番上に到着した。
「さ、天辺に着いたわよ」
キャンドルを両の前足で掴んだクーを抱き上げ、一番上の枝先に近づけた。
『ヤッター』
器用に前足を伸ばし枝の上にキャンドルを飾ったクーの尻尾が、嬉しそうに振られた。
「じゃ、降りようか」
嬉しそうなクーを片腕に抱きながら、今度はハシゴを降りて行く。その間もクーは自分の置いたキャンドルを見続けていた。
『僕のキャンドルが一番上だよ。凄いでしょ』
「ふふ、そうね」
嬉しそうに五尾を振るクーにそう笑いかけた時、クーの着ているマントのファーが鼻先を掠めた。
「クシュン!」
堪らずくしゃみをした私は、ぐらりと自身のバランスが崩れた事を悟る。
『ヤバッ』
そう思った時には、もう脚立を掴んでいた手は空を切っていた。
『その手があったかぁ』
自分は絶対に落ちないと思っていたのに、そういう手があったかと妙に納得しながら落ちる私。不思議と恐怖心も焦燥感もない。そんな私を誰かが見事にキャッチした。
「大丈夫か?」
耳心地のいい低音が耳元で聞こえる。見上げると、真紅に煌めく瞳が心配そうに揺れていた。
「ルド様」
私を抱き止めたのは予想通りの人だった。
「間に合って良かった。どこもケガはしていないな?」
「はい、ありがとうございます」
ゆっくりと立たせてくれた王子に微笑みながら礼を言うと、はにかんだ笑みが返ってきた。王子の笑みを見た途端、胸がキュッとした。まるで一瞬だけ心臓を両手でキュッと覆われたような感覚。
『今更、落下の恐怖心を感じるなんて』
王子をジッと見つめながらそう考えていると、ふと疑問が浮かんだ。王子は一体何処にいたのだろうか?先程までは、姿を確認する事は出来なかったのに。
「ルド様もいらっしゃっていたのですね。でも一体どちらに?」
「ああ、父上と母上は既に来ていたのだが、私は公務を済ませてほんの少し前に来たばかりなんだ」
「ああ、なるほど」
なんというタイミング。シシリーが落ちた時にはまだいなかったと言う事か。
「それにしても……ひとりで脚立の上まで昇るなんて危ないぞ」
ほんの少しだけ、眉間にシワを寄せた王子が戒めるように言った。
「そうですよね、申し訳ありません。つい一番上に飾りたくなってしまって」
『凄いでしょ、一番上に飾ったんだよ』
私の謝罪に被せるように、クーがアルノルド王子に自慢してきた。
「一番上に飾って凄いでしょって、クーが言ってます」
そんなクーの言葉を通訳して聞かせると、王子はクーの頭を優しく撫でた。眉間のシワはもう消えている。
「そうか、本当に凄いな」
誉められたクーは、嬉しそうにアルノルド王子の胸に飛び込んだ。




