ワンコな王子と照れる騎士
真剣な表情で私を見つめるアルノルド王子の真紅の瞳が、月の光でルビーのように輝いている。なんて綺麗なのだろうと見つめてしまっている自分に気付く。
『いやいや、そうじゃなくて』
交流を持てと言われてしまった。どうせ近いうちにシシリー嬢の取り巻きになる男と、今更婚約者として交流を持てと……。そんな馬鹿らしい事あるだろうか?あっ、これはあれかな?ちゃんと婚約者としての自覚を持たないと、私がシシリー嬢を攻撃する必要性がなくなってしまうからなのかな?よくも私の婚約者を誘惑したわねってなる為の措置?
そう考えれば納得が行く。なるほど。確かに婚約者だと思っていない相手が、他の女の元に走ったところで怒りなんて湧く訳がないもんね。なるほどね。でもいきなり婚約者として扱われるのもなんだかねえ。
時間にしてわずか数秒の間に、これだけの事を考えた私の答えはこうなった。
「では、友人からという事でよろしいですか?今更婚約者と言われても、元々そんな感情を持っていないので。あくまでも友人からのスタートという事でよろしいですか?」
キツイ言い方をしてしまっただろうか。ほんの少し胸が痛んだが、意外にも王子は素直に頷いた。おまけに今度はピンと立った耳と尻尾が見えた気がした。
「ありがとう。改めて、これからよろしく」
「はい、よろしくお願いします」
立ち上がったアルノルド王子が、私に手を差し出した。なんか凄い笑顔だ。
「改めて自己紹介させていただく。私はアルノルド・ローザレスタだ」
「ミケーリア・ティガバルディです」
私も手を差し出し握手を交わした。
「これからよろしく」
「はい、こちらこそ」
「キャン」
すると、クーが自分も入れろと言っているかのように鳴いた。
「ふふ、クーもよろしく、だそうです」
アルノルド王子は笑顔で、私の足元にいるクーと目線を合わせるようにかがんだ。
「よろしくな、クー」
クーは、五尾を千切れんばかりに振っていた。
週末。今日もお土産は何にしようかと、アネリとショップを回っていた。どれも美味しそうで迷ってしまう。最終的にマカロンとマロングラッセで悩んでいると、背後から声をかけられた。振り返るとそこにいたのはパウル様だった。
「パウル様もお買い物ですか?」
「ええ、ミケーリア嬢もそのようですね」
「ええ、屋敷の皆にお菓子をと思って」
私の言葉に、パウル様は感心したような表情になる。
「屋敷の者たちにも買って行くのですか?」
「ええ、うちは皆仲が良いんです」
「なるほど」
マカロンに決めて買い物を済ませると、少し照れた様な面持ちのパウル様が外で待っていた。
「突然で申し訳ありません。頼みがあるのですが聞いていただけますか?」
「なんでしょう?」
「母の贈り物を、よかったら一緒に選んではいただけませんか?」
なんでももうすぐ、パウル様のお母様の誕生日なのだそうだ。
「毎年、何にしたらいいのか悩んでしまうんです」
「毎年悩まれているんですか?」
「ええ、お恥ずかしながら」
イケメンの照れ顔と言うのは、なかなか眼福だ。了承した私は、アネリに土産を持たせて先に帰らせた。
「去年は何をお贈りになったんです?」
お店を見て回ろうと歩き出す。
「ハンカチです」
照れたように答えるパウル様に、冷たい雰囲気は全くない。というか、冷たい雰囲気を探す事の方が難しくなっている。そんな彼に少しおかしくなりながら、私は質問を続けた。
「なるほど。因みに一昨年は?」
「……ハンカチです」
「もしかして、毎年ハンカチですか?」
「……はい……」
何これ?可愛いんですけど。薄々気付いていたが、この方もどうやら本とはキャラが違っているようだ。いや、クールなのは間違いないのだろうが、そうではない表情ばかり多く見るのだ。
散々悩んだ末に結局ハンカチを買う彼を想像してしまい、笑うのをなんとか堪えたが、堪え過ぎて引き笑いのようになってしまった。それに気付いたパウル様が、拗ねたような言い回しで私を軽く睨んだ。
「笑いたいのなら遠慮せずにどうぞ」
言われた途端、私の腹筋が崩壊した。
「ふふ、すみません」
「いえ……笑いが止まって良かったです」
死ぬほど笑った私は、危うく呼吸困難に陥る寸前にまでなった。焦ったパウル様が私の周りでわたわたしている姿を見て、更に笑いが止まらなくなって本当にヤバかった。笑い死ぬのは苦しいからダメだと学んだよ。
笑いがおさまった私たちは、気を取り直して色々なお店を見て回った。私が勧める物を一つ一つ真剣に考えるパウル様の姿に好感を持った。




