騎士様
日に日に暑さを増す日差しを受けながら、目の前でキンキンと刀がぶつかり合うのをぼんやりと眺めていた。
いつものごとくワガママ王子によって王宮に呼び出された私はまたしても稽古を始めたアル様に放置されている。本当なんで稽古ある日にわざわざ呼び出すかなこの王子様は。
稽古のお相手はやっぱりウサちゃんことバーニーだった。初めて会ってから既に2、3回会ってるけど未だに会うとビクビクされる。たぶん放置されてる私を気にしてるんだろうけど、結局彼もアル様の意志を尊重するので私はいつもどうり放置だ。
「アルフォンス王子、お稽古中失礼致します」
突然かかった声に振り返ると、兵士の格好をした人が後ろに立っていた。剣を揮っていたアル様達が動きを止める。
「なんだ」
「急なご来客がありまして、王は執務ですぐには出られないので王子に代わりに客人を出迎えていただきたいとのことです」
「父上が戻られるのはどのくらい?」
「一時間ほどかと」
アル様は少し思案した後、息を吐いて「わかった」と呟いた。人の出入りが激しい城で急な来客なんて珍しいことではない。その為王様が対応出来ない時は代理にアル様が出られることも度々あった。特に王妃様が亡くなってからは多いように感じる。
そういった場合私はだいたい帰らされる。さすがにご令嬢を一人残して行くわけにはいかないんだろう。今もさんざん放置されてたけど。なので今日はもうお開きだ。
「君達は僕が戻ってくるまで待ってろよ」
「は?」
「一時間で戻る」
何?なんで帰らせてくれないの?はっ!そっか、バーニーが居るから二人で時間潰してろってことか。なんて自己中。お姉さん君の将来が心配だよ。
そうこうしてる間にアル様はさっさと兵士を伴って城に向かって行った。
「……」
「……」
「………二人で遊んでよっか」
「は、はい!」
もじもじと所在無さげに立ち尽くすバーニーはなんだか可愛らしい。1才しか変わらないけど精神年齢で言えば私の方がだいぶお姉さんだもんね。着いておいで、という気持ちでバーニーの手を握った。
バーニーの手を引っ張ってアル様とよく遊ぶ裏庭まで来た。王宮の庭の中で一番狭く華やかさもあまりない裏庭は大人達の目が一番少ない。だけど貴族のお嬢様とは思えない遊びをする私にはその方が都合良かった。アル様も王子様の皮を堂々と脱げるのでわりと気に入ってるみたいだし。
「バーニーは普段何して遊んでるの?」
歩いてる間ほとんど私の相槌しか打っていなかったバーニーに問いかける。一応この子も貴族みたいだし、いきなり私の野生的な遊びに巻き込むわけにはいかない。気を使って聞いてみたんだけど、バーニーは困ったように視線を彷徨わせた。
「え、えっと、僕、いっつも剣の稽古ばっかりだったので」
「えっ遊んだりしないの?」
「あんまり、友達もいないし…」
申し訳無さそうにだんだんと声を小さくしていくバーニーにこっちが申し訳なくなってくる。そっか、バーニーの家は貴族って言っても騎士として成り上がった一代貴族だから、他の子息令嬢のように遊んでばかりもいられないんだ。爵位を保つには息子のバーニーが騎士として結果を出さないといけない。それに一代貴族は成り上がりだと差別されることも多いらしい。
「でも今のバーニーには私とアル様がいるからね。こんなに頼りになる友達なかなかいないわよ?」
王族と公爵家なんてある意味国のツートップだからね。バーニーを馬鹿にする輩がいたら権力を振りかざしてでも守ってみせる。そんな私の笑みにバーニーは青ざめた。
「そんなっ、王子様と公爵家のご令嬢を友達だなんて、恐れ多いですっ」
「あら、そんなこと言ったらアル様が悲しむわよ」
あの人こそ友達少ないんだから。そう言うとバーニーは困惑と嬉しさが混じったような表情で口をギュッと結んだ。なかなか素直じゃないなぁ。
「じゃあまず、私が友達との遊びを教えてあげるわね!」
遊び方を知らないっていうんなら遊びの達人である私が教授するしかないわね。改めて気合を入れてバーニーを引っ張って駆け出した。そのまま手入れの行き届いていない奥の茂みにズンズンと入っていく。バーニーが不安気に握っていた手に力を入れた。
「大丈夫。これは冒険よ。私達今から冒険者になるのよ」
「冒険、ですか?」
「そうよ。アル様ともよくやるの」
といってもアル様はだいたい呆れた顔して私に付いてくるだけなんだけど。しばらく歩いていると木々がなくなりレンガの塀が現れた。
「見てバーニー、こないだ見つけたの」
伸び放題の草に埋もれてわかりずらいが、よく見ると一箇所だけレンガが抜けている。その周りのレンガにも手を伸ばすと接着されていなかったレンガは簡単に抜き取れ、次第に大人が屈んで通れるほどの穴になった。
「これは?」
「抜け穴よ。お城には非常時用の抜け穴や隠し通路がたくさんあるの。そういうのを見つけるのが楽しいのよ」
他にも東塔近くの使われていない井戸だったり食料庫の床下にもあったりする。あとアル様のお部屋にも使ったことはないけどあるらしい。なんか日本のカラクリ屋敷を思い出してしまう。子供の頃ああいう家に憧れてたなぁ。
バーニーは興味深そうに穴から外を覗いていた。穴を出ると城の裏手にある広大な森が待ち受けている。広すぎて迷ったら最後、戻ってくることが出来ないらしい。
突然、私達の背後から茂みを揺らす音が聞こえた。滅多に人が来る場所ではないはずだ。アル様が後を追いかけて来たのかしら、なんて思いながら後ろを振り返り、瞬時に血の気が引いた。そこにはアル様ではなく見知らぬ男が居たのだ。伸びかけのボサボサの黒髪に無精髭。城に似つかわしくないボロボロの服のわりに兵士のようにがっちりした体。そして一番見たくなかったもの、その男は右手に鎌を持っていた。
「そこで何をしている」
髪で隠れた瞳が怪しく光ったように見えた。そして悟った。この男は曲者だ。きっとこの抜け穴から入り込み、出ようとしたところで私達に出くわしてしまった。次の展開なんて容易に想像出来る。「見られたからには生かしておけねえ」なんて言いながら鎌を振り上げるのだ。
「バーニー!逃げて!」
そう叫んで隣で腰を抜かすバーニーの手を渾身の力で引っ張った。逃げ道は一箇所しかない。レンガの抜け穴を飛び出す。すると後ろから「待て!」という怒号が聞こえた。捕まったら殺される。それだけが頭を占めてひたすら走り続けた。
「はっ、はっ、オリ、ヴィア様、もう」
バーニーの言葉にやっと我に返り足を止める。耳をすませても誰かが追ってくる気配がないことに息を吐いた。どのくらい走っていたのだろう。気がつくとまわりは木ばかりで城が見えなかった。嫌な予感が頭をよぎった。隣でバーニーが不安気に私を見ている。
「…とりあえず、来た道を戻りましょうか」
大丈夫。真っ直ぐ走ってきたはずだもの。来た道を真っ直ぐ戻れば城に戻れるはず。握りすぎて手汗がひどい。それでもお互い握る手の力を緩めなかった。バーニーを安心させようとあえて明るく話しかけた。
「さっきはびっくりしたわね!さすがにあの男でもこの森には入ってこないでしょ。ある意味安全なのよここ」
フォローになっているようでなっていない。笑顔の下で冷や汗をダラダラかきながらバーニーの様子を見てみると、バーニーはどんよりと下を見て歩いていた。
「……僕、さっき腰を抜かしてしまいました」
「し、仕方ないわよ!あんな場面子供なら誰だって腰抜かすもの!」
「でも、本当だったら僕がオリヴィア様を守ってあげないといけない立場だったのに、逆に助けてもらってしまいました」
それは、精神年齢ではかなり年上の私が小さな子供を守ろうとするのは当たり前の行動だと思うんだけど。でもそれが騎士を目指す少年のプライドを傷つけてしまったみたいだ。バーニーが鼻をすすり、震える言葉で話し続ける。
「ぼ、僕、騎士になる才能ないんです。でも皆、父上みたいになれって。じゃないと、貴族じゃなくなっちゃうから」
バーニーの瞳からポロポロと涙が流れ落ちる。可哀想に、7才の子供にはかなりの重責だっただろう。でもこの子は将来英雄と呼ばれる騎士になる子なんだから、才能がないなんてことはきっとないと思うんだけどなぁ。
「バーニーは、まわりがなれって言うから騎士になるの?」
「え、と…」
「騎士って言うのはね、ただ剣を揮う人のことじゃないのよ。大事なものの為に、命をかけられる勇敢な人のことを言うの。きっといつか、バーニーにも心の底から大事だと思えるものが見つかる。そうしたら、貴方はお父様にも引けを取らない立派な騎士になれるわ」
キョトンとした顔のバーニーに微笑みかけて再び歩みを進める。まだ理解出来なくても仕方ない。この年で命をかけても良いなんて思えるものそうそうないもの。でも心配しなくてもバーニーは立派な騎士になる。その頃にはきっと大事なものを見つけているはずだ。




