婚約者
『アル様はね、優秀で優しい王子様なんだけど、主人公にだけ見せる寂しそうな表情とかちょっと強引に攻めてくる感じが堪らないの!ファンの間では実は腹黒っていう設定が人気で、魔王子様なんて呼ばれてるのね!ていうのも、アル様のお母様は元平民の生まれなんだけど、主人公の姉でアル様の幼なじみのオリヴィアが平民を馬鹿にした態度をとると、その度オリヴィアを笑顔で罵倒する姿から魔王子様なんてあだ名になっちゃったのよね。それにしてもオリヴィアだって嫌われてるのは一目瞭然なのに最後まで王妃なるのは自分だって言い張るのよ。敵ながら天晴れなライバル根性よね』
ベッドの上でカッと目を見開く。窓から差し込む朝日が眩しくて瞬きをして体を起こした。そのままぼんやりとベッドに座ったまま「アル様」と呟く。夢で聞いたアル様の名前と私の名前がリンクする。
昨日そう呼べと言った少年は、私にはちっとも優しくないしまだまだお子様なところが多いけれど、他の人々にとっては優しく優秀な王子様だ。
夢の中で語っていた妹は多分死ぬ直前に見た記憶だと思う。アミが好きな乙女ゲームの説明を長々と話していた。つまり、ここは乙女ゲームの世界?いや、そんなまさか。ゲームの世界に生まれ変わるなんてあり得ない。でもアミが言っていたゲームの話を思い出すと私の環境と当てはまるところが沢山あるのだ。私が公爵家の娘でアル様が王子様だということ、そして攻略対象キャラの一人、レオンという少年は主人公の従兄弟。つまり私の従兄弟でもあるわけだが、なんかそんなような名前の子が親戚に居たような気がしなくもない。何せ親戚が多い上に6才の私はまだそこまで親戚付き合いがないから一人一人の名前まで覚えていないのだ。これは早いところ家の者に聞いて確かめなければ。そう思ってベッドから出ようとすると、ちょうど扉がノックされた。メイドかと思い返事をすると、今にもスキップでもしそうなご機嫌なお母様だった。
「おはよう私の可愛い天使さん」
ベッドに座る私の横に座りおでこにキスをしてくる。普段から親バカだけど、お母様が朝っぱらから天使さんを乱用する時は何か良い事があった時だ。
ちなみにお父様の天使さんは通常運用である。
「どうしたの?お母様」
「うふふ。どうしたのはこっちのセリフよ!ほら、今朝アルフォンス王子から貴女宛にお手紙が届いたの。さすが私の娘ね。王子様とお手紙のやり取りをするほど仲良くなるなんて」
そう言ってお母様が差し出したのは王室の紋章が入った封筒だった。受け取ってひっくり返すと確かに王子の名前がある。お母様に急かされて中身を開けると、葬儀に出席したことへのお礼、他愛ない世間話、また会いたいという社交辞令のような文句が並んでいた。
「なんてことない普通のお手紙でした。葬儀に出た方皆に送っているのではなくて?」
「違うわよ!お礼のお手紙なら王室から我が家にも送られてきました。でもこのお手紙はアルフォンス王子個人からオリヴィアに宛てたお手紙なのよ。王族の方が個人的にお手紙を送る意味をおわかり?」
本当に普通の手紙で特に意味なんて無さそうだけど。私が頭を横に振るとお母様は興奮気味に話した。
「貴女とお近づきになりたいということですよ。王子には他に贔屓にしている子女は居ません。つまり、今現在未来の王妃に一番近いのは貴女なのよ!」
お母様の目がキラキラしてる。手紙一枚で王妃ってさすがに飛躍しすぎじゃないかしら。たぶんアル様的にはあの約束守れよっていう脅し目的と、私と定期的に手紙のやり取りをして見張るつもりなんだと思う。私ってそんなに口軽そうかなぁ。
「お母様、アル様はただお友達が欲しいだけですわ。王妃様が亡くなられたばかりで寂しいのよ」
「あら、アル様、ね。ふぅん。まあ、今はそう言うことにしておきましょう。うふふ」
絶対にまだ勘違いしてる。6才児に何期待してんだか。満足そうに立ち上がるお母様に聞こうと思っていたことを思い出して慌てて引き止める。
「あっ、お母様、親戚にレオンっていう男の子がいなかった?」
「レオン?確か、姉様の子供の五番目がレオンって言ったかしら?」
「その子、いくつ?」
「オリヴィアの一つ下だったと思うけど、その子がどうしたの?」
「い、いいえ!従兄弟で年が近いなら、お友達になりたいなぁって思ったの」
「そう。でも男の子だからね。子爵家の五男だし、あまり関わることはないと思うわよ」
お母様が出て行く。残った私の頭の中には、困惑と諦めの感情が渦巻いていた。一つ年下の従兄弟。子爵家の五男。やっぱりここは乙女ゲームの中なのか。しかも私は主人公のライバルで腹違いの姉。ていうか、あの愛妻家で超親バカなお父様が浮気していたなんて。今すぐにでも問い詰めたいけど、それでお母様とお父様が仲悪くなるなんて嫌だ。きっと何か理由があるのよ。うん、そうだ、そうに決まってる。例えここが乙女ゲームの世界だとしてもゲームどうりに行くとは限らないし、主人公なんて存在しない可能性もある。だって、まず私がライバルになるわけないもの。王妃になんてなりたくないし、第一誰とも結婚する気なんてない。
「れいじ」
今は何もはまっていない左手の薬指を撫でる。れいじ、礼二。もう会えないってわかってるけど、彼以上に好きになれる人はもうきっと現れない。
ベッドを下りて机に向かう。紙を小さく切って日本語で「礼二」と書いた紙を、宝物箱に入れていたお気に入りのロケットの中に入れた。これで一生忘れないでいられる。お母様、お父様、ごめんね。これがある限り、たぶん私は誰とも結婚しないんだ。




