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王妃様

 王子様がお見舞いに来てから数日がたった日、我が家に招待状が届いた。


「王妃様のおたんじょう会?」


「そうだ。今年はとても豪勢にやるらしいからな、昼間のお茶会にはオリヴィアも参加するといい」


「あらやだ2ヶ月後じゃないですか。急がないとドレスの仕立てが間に合わないわ」


 王妃様のお誕生会。つまり王室主催の一大イベント。豪華な食事に素敵なお城、そして華やかな舞踏会!いいよねいいよね!女の子の憧れだよね!想像するだけで自然とステップ踏んじゃったりして。といっても社交界デビューもしていない私は昼間のお茶会にしか出られないんだけどね。ダンスだって習ってるけど子供のお遊戯会程度しか踊れないし。ああ、早く16歳になりたいなー。


「今年は各国の王族方も参加するらしい」


「まあ、本当に豪華」


「ああ、今年が最後になるだろうからな。あの様子だと王妃様はもう長くないだろう」


 お父様の言葉にお母様は「あなた」と咎めるように声をかけた。そしてちらりと私を見る。


「さいご?」


「いや、なんでもないよ。さあ、私の可愛い天使に世界一のドレスを仕立てなければな」


 そう言って私を抱き上げるお父様に無邪気に微笑めばお父様もお母様もにっこりと微笑む。でも本当はさっきの会話の意味は理解出来た。

 我が国の王妃様は美しく聡明で国民達からも愛される素晴らしい王妃様だ。そんな王妃様だけど、ここ最近公の場に姿を見せることがめっきり減った。王室から具体的な説明はないが、皆王妃様の体が弱いことを知っているから心配していた。そんな中での豪勢な王妃様の誕生日会。頭の中に、数日前にお会いした王子様の顔がちらついた。





 あれから何度目かの雪が降り、我が家が手乗りサイズから2m近い特大サイズまで様々な雪だるまが並ぶ、雪だるま御殿と化した頃、待ちに待った王妃様のお誕生日がやってきた。

 私とお母様が出席するお茶会は午後3時から。ちなみに舞踏会と呼ばれる夜会は9時からで、お母様はお父様と一緒にそちらにも出席しないといけないからご婦人は大変だ。


 他国からも美しいと評判の我が国のお城は雪化粧を施しいつもより荘厳な雰囲気だった。次々集まってくる馬車からは着飾った貴婦人やその子供達が降りてくる。そしてその波が収まってきた頃にあえて遅れて入って行く私とお母様。お母様曰く公爵家のプライドらしい。


「ご機嫌よう皆さん」


 完璧な貴婦人スマイルのお母様のその一言にまわりの人達が挨拶と共にお母様のドレスや髪型、そしてその美しさを褒め称えていく。社交辞令もあるだろうけど、今日のお母様は一段と美しいからあながち嘘ではないだろう。ご自慢の金色の髪を編み込みお父様からのプレゼントの宝石がたくさん付いたバレッタで留め、瞳と同じグリーンのドレスはシンプルながらも流行を取り入れたお洒落な形だった。私が居なければ到底子持ちには見えない。

お母様はまわりの人達に一言一言笑顔で答えながらモーゼの十戒ように割れた道を当たり前のように歩いていた。恐ろしや貴族社会。そう言いつつ貴族の端くれである私もお母様を真似た笑みを浮かべて一緒に歩く。ブルーの瞳以外私の容姿は有難いことにお母様とほぼ同じ。ドレスもセンスの良いお母様に仕立ててもらった赤いベロアの可愛らしいワンピースドレスだ。これなら立派な公爵家のご令嬢に見える、はず。


「まあグレース夫人、よく来てくれました」


 そしてモーゼの十戒の先で待ち構えていた女性。それが王妃様だった。王子と同じプラチナブロンドに薄い水色の瞳の持ち主は病的なほどに白く細かったが、白いシルクのゆったりとしたドレスがどこか人間離れした神秘的な美しさを演出していた。そしてその横にはいつもの王子様スマイルのアルフォンス王子が控えている。


「お久しぶりでございます王妃様。まあ、なんて素敵なドレス。よくお似合いですわ」


「ありがとう。ブラッドがこだわって作ってくれたらしいの。貴女も相変わらず綺麗だわ」


 親しげに抱擁を交わす二人は友人同士みたいだった。まわりの人々が、見るからに体調の悪そうな王妃様を腫れ物に触るように扱う中、相手に不快な思いをさせずにあっという間に距離を縮めてしまうお母様はさすが社交界の女王と呼ばれるだけある。

 そんなことを考えていると、お母様が私の背を軽く押した。


「娘のオリヴィアですわ」


 王妃様の視線が私に向き、自然と背筋が伸びる。後ろのお母様や、なぜかまわりの人達からも視線が集まるなか、緊張気味にスカートをつまんで軽く膝を折った。


「オリヴィア・グレースです。おたんじょう日おめでとうございます、王妃様」


 王妃様の目を見ながらそう言うと、王妃様は優しそうな瞳をやんわりと細めた。


「ありがとうオリヴィア、よく来てくれたわね。とても上手なご挨拶だったわ」


 王妃様の手が優しく私の頭を撫でる。緊張と嬉しさで頬が熱い。今日カチューシャだけのヘアスタイルで良かった!


「アル、貴方もご挨拶を」


 そうしている間に王妃様が王子の肩に手を置いた。しまった、王妃様に夢中で王子の存在をすっかり忘れていた。王子様から挨拶をさせるなんて大変失礼だ。

しかし王子様は気にするそぶりもなくいつもの笑顔で私の前に立った。ふと先日我が家に来ていただいた日のことを思い出す。そういえば王子様はなぜだか不機嫌そうだった。


「今日は来てくれてありがとう。2ヶ月ぶりでしょうか、相変わらずお元気そうですね」


「…うふふ、ごきげんよう王子様。こないだはお見舞いありがとうございました」


 お母様の視線が痛い。お願いだからそのことには触れないで。笑顔に見えるけど、やっぱり王子様は怒ってらっしゃるのかしら。


「アル、オリヴィアを連れてお友達のところへ行ってらっしゃい」


「でも、」


「いいから、せっかく来て頂いたんだからちゃんとおもてなしするのよ」


「…はい」


 王妃様に諭され、私の手を取りながらも心配そうにチラチラと振り返る王子様。王妃様の体調が心配なのもあるだろうけど、その横顔は母親と離れるのを寂しがる6才の男の子の顔だった。なんだか可愛らしくて自然と口角が上がってしまう。


「王子様は王妃様が大好きなんですね」


「は?…大好きって、なんですか急に」


「照れなくてもいいんですよ。私もお母様大好きですし。子供が親を好きなのは当たりまえのことですわ」


「……君ってときどき子供らしくないことを言うよね」


 そういう王子様も子供らしいとは言えないけどね。その言葉を飲み込んで胡散臭そうに私を見つめる王子様の視線を無視する。

 子供達の集まる部屋、いわゆる託児所はティールームを出て斜め前の部屋だった。沢山のお菓子やテーブルゲームなどの玩具が並ぶ室内には10才から3才までの子供達が年の近い子達同士で遊んでいた。


「あ!王子様だ!」


「オリヴィア様!」


 入室した私達に気づいた子供達が一斉に取り囲んでくる。家柄のおかげだがここに来るとちょっとした人気者気分を味わえるのだ。隣の王子様はすっかりキラキラオーラを取り戻して挨拶をしていた。なんとなくだけど王子様は私と他の人達との接し方が違う気がする。


「オリヴィア様、今日のドレスも可愛いですわ」


「本当。オリヴィア様が着るとお人形さんみたいだわ」


「どうもありがとう」


 女の子達にちやほやされて悪い気はしない。そのままの流れでいつも一緒に居る子達と集まり談笑していると、3、4才の最年少組から声が上がった。


「うそだよー!」


「本当だもん!お母様達が言ってたもん!」


 世話係のメイドが慌てている。いつものことなので皆そんなに注目していないけど、子供の甲高い声は嫌でも耳に入ってくる。そして、聞きたくなかった言葉が飛び出した。


「王妃様はもう死んじゃうんだよ!」


 室内が水を打ったように静まりかえる。子供ゆえの直球すぎる言葉に思わず血の気が引いた。ちなみにメイドは私以上に真っ青な顔をしている。幼い子供達は王妃様の病状など全くわかっていなかったようで、室内が徐々に騒がしくなってきた。


「王妃様死んじゃうの?」


「王子様、本当?」


 慌てて王子を探すと茫然と立ち尽くす姿が目に入った。そして言われた言葉の意味を理解すると、だんだんと瞳に涙が溜まっていき、眉を吊り上げて少年の元へと向かっていく。次の行動は簡単に予想出来た。思わず走り寄って少年の目の前で手を上げる王子の腕にすがりつく。怒りの表情で睨みつけてくる王子の瞳を真っ直ぐ見つめた。


「王子様」


 その一言だけで、この小さな王子様は理解してくれると思った。幼いながらも自分が王子という立場で、些細な言動がまわりの人間、そして自分の今後を左右してしまうということを彼は誰よりも理解しているのだから。

 王子様は私の目をしばらくじっと見つめると目をそらして上げていた手を下ろした。固唾を飲んで見守っていた他の人々、特にメイド達はほっと胸を撫で下ろす。何かを堪えるように俯いたまま動かない王子の腕をそのまま握っていると、突然予想外の人の声が室内に響いた。


「アル、オリヴィア」


 弾かれるように声の方を見ると、入り口に王妃様が立っていた。先ほどの騒動でなんとなく気まずい雰囲気が流れる中、名前を呼ばれた私と王子は王妃様に駆け寄る。


「アル、私は夜会の準備があるので先に戻ります。皆さんのお見送りは貴方におまかせいたしますよ」


「…はい」


 王妃様はしゃがんで言い聞かせるようにそう言った。王子は何か言いたげだが、大人しく頷く。そして王妃様の目が今度は私に向く。透き通った水色の瞳で見られるとやはり自然と背筋が伸びてしまう。


「それとオリヴィア。…王子のこと、よろしくお願いしますね」


「は、はい」


 一人でお見送りをする王子の手伝いをしろということだろうか。確かに貴族社会の上位に位置する公爵家は何かと王家の補佐をすることが多い。たとえ6才児だとしても公爵家に生まれたからには当然の役割だった。

 私の返事を聞いた王妃様はにっこりと微笑んで立ち上がり、部屋に居る子供達を見回した。


「皆、楽しんで行ってちょうだいね。それと、なんだか可笑しな噂が立っているようですけど、私はとっても元気です。王子が立派になるまで、まだまだ死にませんよ」


 王妃様の言葉に度肝を抜かれた。どうやらさっきの騒動は聞かれていたようだ。でも王妃様の顔は不安な気持ちを一掃してくれるような清々しい笑顔だった。その姿は綺麗で聡明な私達が大好きな王妃様のままで、皆は安心したように微笑んだ。

 でも王子様の頬に耐えていた涙が一筋だけ溢れたことは、きっと隣にいた私しか気付かなかっただろう。



 そしてその1ヶ月後、王妃様が亡くなられたことを告げる鐘が国中の教会で鳴り響いた。

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