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目覚め

 深い水の底から浮き上がっていくような感覚だった。


 異常に重たいまぶたをゆっくりと開くと白いレースの天蓋が映った。ぼんやりとそれを眺めていると、大勢の人が私の顔をのぞき込んで「オリヴィア」と口々に呼んでいた。オリヴィアって誰?って思ったけど、その中の涙目でひときわ必死に呼びかける人の顔を見て無意識に口が動く。


「おかあ、さま」


 自分の声じゃないような高くて舌ったらずな声だった。

 その後も色々な人が来たけど私の頭は相変わらずぼんやりしていて、体もほとんど動かなかった。やっと意識がはっきりしてきた時にはお医者さんが診察を終えて帰った後だった。


「お嬢様は高熱で一昨日から意識が戻らず、あと一歩で死んでしまうところだったのですよ」


 白髪まじりの焦げ茶の髪をきっちりとまとめたメイドのカミーラは、無表情のまま静かな声でそう言った。怖そうに見えるが目の下を見れば彼女が寝ずの番で私を看病していてくれたことはわかる。こう見えて、カミーラはとても優しい。


「お嬢様?」


「あ、そうなんだぁ」


 なんだかお嬢様とかオリヴィアって呼ばれることに違和感を感じる。確かに私の名前はオリヴィアで、うちに仕えている彼女からしたら私はお嬢様で間違いないのだけど。


「…ねえ、私、妹がいなかった?」


 なんとなくそう尋ねてみると、カミーラが一瞬目を細めた。あ、大丈夫かこいつって顔だ。


「いいえ。お嬢様はグレース公爵家の大事な一人娘でございます。ご兄妹はおりません。…やはり意識が戻ったばかりでまだ混乱しているようですね」


 そうなのかしら。私はついさっきまで、もっと大人で、誰かのお姉ちゃんだったような気がするのだ。


「夢だったのかな…」


「きっとそうでしょう。さあ、温かくしてもう少し眠って下さいな」


 布団をなおすカミーラの後ろの窓から、はらはらと舞う粉雪が見えた。その光景をながめていると、またしても深い水の底に引きずり込まれるような感覚に自然とまぶたが閉じる。そうして浮かび上がってきたのは今見た光景とは違かった。黒いコンクリートにぼたぼたとふり積もる大粒の雪。


 そうだった、あの日も雪だったんだ。

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