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屋根裏部屋の公爵夫人  作者: もり
タイセイ王国編
88/95

58.証拠

 

「な、何を馬鹿なことを! あれは私も襲われたんだ!」


 核心を突いたバルバ卿の問いかけに、テューリは怒りをあらわにして反論した。

 その怒りはテューリの焦りを露呈している。


「テューリ、黙りなさい」

「しかし父上――」

「黙りなさい!」


 焦りは失敗を誘発する。

 迂闊なことを息子が口にしないように、バポット侯爵が黙らせたのは正解だろう。

 だがそれは今回の審問では通用しない。

 証人だけでなく、しっかりとした証拠をアレッサンドロは摑んでいるのだ。


「……それではここで、当事者であるルーセル侯爵に証言していただきましょう」

「はい」


 バルバ卿の呼びかけに答えて、クロードは立ち上がった。

 そのままアレッサンドロに一礼する。


「ご存じの通り、私は何度も陛下より密命を受けて謀反を企てる者たちについて探ってまいりました。しかしあと少しというところでいつも尻尾が摑めない。やはり身近に内部情報を漏らしている者がいるのだと確信し、いくつか偽の情報を怪しいと思われる者に流しました。その偽の情報を元に動く人物――それがアマディ子爵でした」

「そんなものはただの偶然だ。私はお前に疑われていたことが悲しいよ」

「疑いもするだろう? 子爵は私の行動を見張っているかのように行く先々にいたのだから。だが私が先に述べた陛下からの密命も全て囮だったんだよ」

「なっ……?」


 冷静さを取り戻したらしいテューリだったが、クロードの言葉は意味がわからなかったらしい。

 それは傍聴人も同様で、クロードはもう一度説明を始めた。


「私が陛下から受けた密命はすでに他の忠臣が数日前には受けていたものであり、彼らは私に追われる形で任務を遂行していたのです。私が動くということは敵方も動くということですからね。もう少し猶予があってもよいようなものですが……」


 最後はぼやくように言葉を濁したクロードに、アレッサンドロはにやりと笑った。

 しっかり目的を果たしたあとに囮であるクロードに命令すれば確実だったろうに、いつも先任者に余裕を与えない。

 気取られないためだと言っていたが、アレッサンドロが楽しんでいたのは間違いなかった。

 この審問でさえ楽しんでいるようだ。


「残念なことに、アマディ子爵が謀反人たちに情報を流していることは疑いようのない事実でした。そしてある情報筋から私を野盗に見せかけた兵士たちに襲わせる計画があると知りました。そこで先に手をまわし、野盗のふりをする兵士たちを味方にすり替えたのです」

「そ、そんなもの、いくらでもでっち上げられるじゃないか!」

「ええ、そうですね。私を襲うように命じ、襲ったように見せかけた者も証人として呼ぶことはできますが、子爵が知らぬと否定すれば後は水掛け論にしかなりません。ですから、これ以上ははっきりとした証拠をお見せしたほうがよいでしょう」


 クロードがそう口にすると、バポット侯爵が鼻で笑った。

 証拠など出てくるわけがないと思っているようだ。

 おそらく慎重な侯爵は物的証拠になりそうな手紙などは全て廃棄し、仲間に送った手紙には署名などをしていないのだろう。


 クロードの提案にバルバ卿も納得して、二人は伺うようにアレッサンドロへと視線を向けた。

 アレッサンドロは声を発することなく頷いて許可する。

 それを受けて次々に運び込まれてきたのは何冊かの帳簿と文箱が二つ。

 帳簿を目にしたコールはさらに顔色を悪くしていた。


 証拠品については、証人として座っていた者たちが詳しい説明に立った。

 彼らは謀反人たちの罪の証拠をアレッサンドロに訴えているようであったが、実際はこの審問の正当性を理解させるために傍聴人に向けている。


 証拠が次々に挙げられていくと、謀反人たちはもはや言い逃れもできないとばかりにがっくり肩を落とした。

 そんな者たちとは逆に、傍聴人たちは興奮しているらしい。

 もしこの謀反によって多くの血が流れていたらまた違ったのかもしれないが、彼らにとってはこの審問は他人事であり見せ物でしかないのだ。

 その中でまだ一つも証拠を挙げられていないバポット侯爵は堂々としており、テューリはそれに倣っていた。


「続いて、こちらの文箱に入っている書簡についてご説明いたします。これらはルーセル侯爵夫人のお力添えで手に入れることができましたので、夫人からご説明いただいてもよろしいでしょうか?」

「はい。かしこまりました」


 ある法務官の言葉に答えてオパールが立ち上がると広間はざわついた。

 女性であるオパールがこの場で発言することに驚いているらしい。

 そんな反応にはかまわず、オパールは文箱を開けると書簡を取り出し、封蝋と差出人が見えやすいように掲げた。

 封蝋はもちろん解かれているが、重ねれば紋章がかろうじて見える。


「これらの手紙は全てバポット侯爵からソシーユ王国のセイムズ侯爵へ送られたものです」

「馬鹿な! そんなものは偽物だ!」

「一年ほど前まではこうして封蝋に印章を押されていたようですが、ここ最近は用心なさってか差出人名さえ書かれておりません。ですが中の手紙には差出人が侯爵であることを示す内容が書かれております」


 余裕を見せていたバポット侯爵は弾かれたように立ち上がり、オパールを指さして反論した。

 しかしオパールは気にせず続ける。

 今まで余裕を見せていた侯爵の態度に周囲も驚き沈黙した。


「内容は金の密輸に関することと、反乱を起こしたときに援軍要請に迅速に応じることを願うものなど、ここで読み上げはしませんが、陛下や審問官の方々にはすでに全てご覧いただいております。先ほども申しましたように、ここ最近のものは差出人名がないばかりか、読んだら燃やすようにと書かれておりますが、セイムズ侯爵は従わなかったようです。お互い協力関係にはあっても信頼関係はなかったのですね。きっと何かあったときのために残していたのでしょう。そのおかげで私たちはこうして証拠を手に入れることができました」

「違う! 私はそんなもの書いていない! 誰かの――ルーセル、お前の陰謀か!」

「……あなたを蹴落とすのに、これほど手の込んだことはしませんよ」

「何だと……?」


 あくまでも認めようとしないバポット侯爵はなぜかクロードに罪をなすりつけようとした。

 だがクロードは相手にもしない。

 侯爵はすぐには意味がわからなかったのか戸惑い、次いで顔を真っ赤にした。


「調子に乗るなよ、この若造が! ルーセルの老いぼれ爺さんをたぶらかし、次には陛下に取り入り、それから金を持った――!?」


 侯爵の恨み言は飛んできた帳簿によって遮られた。

 急ぎ顔を庇ったものの、帳簿の角が額に当たったらしい侯爵は痛みに呻いている。


「まあ、大変! 大切な証拠の帳簿が飛んでいったわ!」


 しらじらしく驚いたのは帳簿を投げたオパールで、周囲の者たちは近衛でさえも呆気に取られて突っ立ったままぽかんとしている。

 そこに堪え切れず噴き出したクロードとアレッサンドロの笑い声だけが広間に響いたのだった。




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