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屋根裏部屋の公爵夫人  作者: もり
タイセイ王国編
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54.悪事

 

 翌日。

 アレッサンドロの言っていた「また明日」――反乱軍の首謀者たちを裁く日がやってきた。

 王都に戻ったばかりのオパールの体調をルーセル邸の者たち皆が心配してくれたが、大丈夫だと笑って馬車に乗り込む。

 それもナージャが昨晩から熱を出して今もベッドで休んでいるからだろう。

 やはり疲れが出たらしく、本人は同行できないことを悔しがっていた。


「おかしいな。なぜ皆、俺のことは心配してくれないんだろう?」

「今までのクロードの生活がよくわかるわね。お屋敷にもめったに戻らずふらふらしていたって」

「それでか……」

「否定しないのね」

「できないからな」


 クロードのぼやきにオパールが答えると、すぐに納得したらしい。

 呆れるオパールに、クロードはにやりと笑った。

 しかしすぐにオパールの手に手を重ねて続ける。


「だけどもうふらふらなんてしないよ。これからは愛する妻とのんびり領地で暮らすつもりなんだ」

「ふらふらはしなくても、あまりお屋敷には滞在することができないわね」

「そうだな。公爵領の鉄道整備を進めないとならないしな」

「ダンカンと来年の植え付けについて話し合わないといけないものね」


 お互い今後の予定を口にして、にんまり笑った。

 ダンカンはあの日、公爵邸に本当にあった地下牢で発見されたのだ。

 どうやらコナリーに反発し、反乱軍に捕らえられたらしい。

 使用人たちはその様子を見て、コナリーに黙って従うことにしたようだった。

 それは正しい判断だとオパールは思っているので、領館の使用人たち――反乱軍に加担していない者については不問にしている。


 また投降した反乱軍については、そのまま公爵領に留まらせ、鉄道整備の仕事に従事させることになっていた。

 彼らについては上層部の者たちを除き、普通の労働者と変わらない待遇にするつもりである。

 ただ当然のことながら監視者は置く。

 それらも全てクロードは事前に計画していたことであり、公爵領に入る前からその準備を整えていたようだ。


「ソシーユ王国のセイムズ侯爵と反乱軍が繋がっていたのは残念だわ。ノボリの街でオマーが過去に注ぎ込んだお金も反乱軍の資金になっていたのかと思うと悔しいもの」

「当時はまだそこまで侯爵も協力していたわけじゃないだろ?」

「そうだけど……」


 ため息を吐きながらオパールが呟くと、クロードが慰めの言葉をかけてくれる。

 オパールも仕方ないとわかっているが、やはり腹が立つことに変わりはなかった。


「陛下も俺も、前公爵が亡くなってから――銀山が枯渇してからの資金源は、てっきりソシーユ王国での強奪行為だと思っていたよ。だから盗賊たちが捕まったと聞いたとき、なぜまだ反乱軍側の資金が動いているのか不思議だった。それで反乱軍に資金を流しているのは盗賊に扮した者たちではなく、セイムズ侯爵ではないかとの疑いは持ったが……たとえ侯爵がボッツェリ前公爵と縁戚関係にあっても、わざわざ自分の利にもならないことに支援するなんて普通はあり得ないよな」

「だからその理由を調べにソシーユ王国へ帰ったのでしょう? そこでセイムズ侯爵領の金山の産出量もまた激減していることがわかった。それなのに国への産出量の報告は今までとほとんど変わらなくて不審に思っていたところで、同様に疑問を持った法務官たちと知り合ったのね?」


 新婚旅行と里帰りを兼ねたソシーユ王国への帰国で、色々とクロードが動き回っていたのはセイムズ侯爵と盗賊たちのことを調べるためだった。

 オパールに打ち明けなかったのは危険なことに巻き込みたくなかったからだろう。

 しかしオパールはノボリの街でルボーから聞いた話と公爵領に入って調べたことから気付いたのだ。――セイムズ侯爵と反乱軍が繋がっていることに。

 そこでオパールはオマーを介してルボーに調査を依頼し、またヒューバートに動いてくれるよう頼んだのだった。


 ノボリの街の暗部については、()()()()金貸しのルボーなら調べることができる。

 ただその背後に侯爵が――今まで国へ多額の上納金を納めているセイムズ侯爵がいるために、ルボーでは力が足りなかった。

 そこでここ数年セイムズ侯爵以上に多額の上納金を納め、王宮での発言力を増しているマクラウド公爵が力を貸すことによって、ルボーや法務官たちが自由に動けるようになり状況を変えたのだ。


 セイムズ侯爵が密輸入をしてまで国へ上納金を払っていたのは王宮での権力を維持するためだった。

 自分よりも身分の高いヒューバートが台頭してきたことに焦りを感じていたらしい。

 だが皮肉なことにヒューバートに権力志向はなく、あるのは強い正義感だった。

 そのため、セイムズ侯爵の長年にわたる不正が特に許せなかったようだ。

 昔から正義感だけは強かったが、おそらくオマーに不正をされていたことが心の中でしこりとなって残っているのだろう。


「オマーは今ではすっかり心を入れ替えているし、殺人までは犯さなかったものね……」

「……マクラウドのことを考えている?」

「セイムズ侯爵の悪事のことを考えているのよ」

「確かに、セイムズ侯爵については驚かされたよ。長年国へ申告していた産出量よりさらに多く金を産出しておいて、それらをノボリの街に拠点を置く組織を通じて密輸出していたんだから。しかもその組織を束ねていたのが実は侯爵だったなんて、何かの物語みたいだよな」

「本当にそうよね。まあ、ソシーユ王国では先代陛下のときから、鉱石などについては国が取引を統括するようになったから……。当時は反発も大きかったらしいけれど、無理な税が課されているわけじゃないのに、人間の欲って際限がないわね」


 呆れたとばかりにオパールはため息を吐いた。

 侯爵が自作自演の強奪劇を繰り返したのも、産出量を維持しているふりをしながら課税を免れるためだった。

 しかも盗賊たちにほんの一部を報酬として渡し、ノボリの街で散財させたのだから侯爵の――組織の懐は痛まない。

 そろそろ潮時となったところで、事情を知る者たちを仲間割れに見せかけて殺し、口を封じたのだ。


 そこまで欲を出さなければ、過去の悪事まで暴かれることもなかっただろう。

 今、ソシーユ王国ではセイムズ侯爵が組織を使って他国へ金を密輸出し、盗賊を使って自作自演の強奪劇を行っていたことで大騒ぎになっている。

 爵位をはく奪され、全ての財産も没収されたセイムズ元侯爵は収監され、服毒による刑の執行を待つばかりらしい。

 あの屋根裏部屋でクロードが届けてくれた手紙はヒューバートからで、そのことが詳細に書かれていたのだった。


 要するにソシーユ王国はタイセイ王国に干渉する暇もないのである。

 当然、セイムズ元侯爵から反乱軍への援軍など送れるわけがない。

 これらすべての情報も反乱軍には遮断されていたのだった。


「今回のことで何が一番馬鹿馬鹿しいって、コールたちがセイムズ侯爵に流していた金の値段よりも、普通に国に上納していたほうが利益が上がったってことだよな」

「そうね……」


 オパールはあのときのコールの得意満面な表情を思い出していた。

 そもそもボッツェリ公爵たちがアレッサンドロの即位に反したのも、ソシーユ王国と同様に主だった産物の取引を統括する体制づくりをこの国でも目指していたからだ。

 そしてこの四年間でアレッサンドロが成し遂げたことをしっかり目を開けて見ていれば、こんな無益な争いを起こそうなどと思わなかっただろう。


「まあ、程度の差はあれど、欲のない人間なんていないからな」

「クロードにはどんな欲があるの?」

「俺は欲張りだからな。オパールの喜ぶ顔を見られるなら、世界制覇でも何でもするよ」

「そんなことで喜んだりしないわ。私はただクロードとみんなと一緒にのんびり過ごしたいの」

「オパールの望みは昔から変わらないな。ではあと少し、俺の欲を満たすために付き合ってくれるかな?」

「もちろんよ」


 クロードの問いかけにオパールが笑顔で答えたところで、馬車が止まった。

 いよいよ反アレッサンドロ派との決着の時だ。

 オパールはクロードの手を借りて馬車を降りると、しっかり前を向いて歩き始めた。




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