53.王宮
船で王都に戻ったオパールとクロードは、そのまま王宮へと上がった。
疲れているだろうから自分だけでかまわないとクロードは言ったのだが、オパールが大丈夫だと同行を望んだのだ。
王宮内は反乱軍によって引き起こされた混乱が続いていた。
政務官たちは忙しそうに動き回り、貴族たちはあちらこちらで秘密の話をしている。
彼らは一様にオパールとクロードを見ると驚き、話しかけようとしては二人の有無を言わさない笑顔に近寄れないでいた。
「――やあ、オパール。無事に戻って嬉しいぞ」
「……そのようにもったいないお言葉を私などにいただけるなど、大変恐縮でございます」
「やはり怒っておるのだな」
初めて拝謁したときと同じ部屋で帰都の報告をしたオパールに、アレッサンドロは何事もなかったかのように声をかけた。
オパールはにっこり微笑んで軽く膝を折り頭を下げたが、内心の怒りはちゃんと伝わったようだ。
それなのにアレッサンドロは楽しげである。
「そなたを囮に使うことは私が強引に決めたことで、クロードにはかなり反対されたのだ。よってクロードを責めないでくれ」
「クロードのことは責めてなどおりません。私の身の安全にはしっかりご配慮くださっていたのでしょう? ですが何事にも絶対などはございませんから安心はできなかったと思います。それでもクロードは私の意思を尊重して、公爵領へ行くことを許してくれたのですもの」
要するにクロードはアレッサンドロではなく、オパールの意思を尊重してくれていたのだと、オパールは笑顔で答えた。
だから、クロードには怒っていないと。
オパールはクロードの言う深い笑顔のまま続けた。
「ただ、事前に教えてくださっていれば、もっと上手く立ち回ることができたのに、と悔しい思いでおります」
「いや、十分であろう。あれ以上他に何ができたというのだ? そなたがマクラウド公爵とその使用人を通じて金貸しの協力を得てくれたおかげで、ソシーユ王国に内政干渉をすることなく、反乱軍の資金源を断つことができたのだからな」
「土地管理人のオマーと金融業のルボーですわ」
「そうか。その二人には……特にルボーと申す者にはしっかり礼を伝えておいてくれ。何せ、はっきりした証拠まで掴んでくれたのだ。これでようやくあやつらを断罪できる。そうだ、何か褒美を取らせよう。オパール、何か望みのものはあるか?」
「それでは一つだけ、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、何だ?」
もちろんオパールは褒美などいらなかった。
当然のことをしたまでで、ヒューバートやオマー、ルボーには後日オパールからしっかりとお礼もする。
アレッサンドロの高慢な態度も必要なことであり、仕方ないとわかってはいた。
だが一度決めたことはやり通すのがオパールの信条なのだ。
ちらりとクロードを見れば、オパールの気持ちを読んだようににやりと笑う。
「それでは陛下を殴らせてくださいませ」
「何だと?」
「一発だけでかまいませんので。もちろん他には何も望みません」
アレッサンドロは呆気に取られたように目を見開いたが、次いで大きな声で笑った。
クロードはやはり驚くことも止めることもない。
「よいだろう。そなたには怖い思いも不自由な思いもさせたからな。嫁いで間もないこの国のためにそなたが為してくれたことを思えば、一発や二発殴られようとどうということもない。さあ、かまわぬぞ」
そう言って、アレッサンドロは頬を差し出す。
そこでオパールは数歩前へと進み、座ったままのアレッサンドロに近づくと拳を握り締めて振り下ろした。
「っ!?」
「オパール、手は大丈夫か?」
「手袋をしているから大丈夫よ」
「あまり無茶をするなよ」
「加減もしたわよ」
痛みに頬を押さえて屈むアレッサンドロよりも、クロードはオパールの手を心配する。
オパールもアレッサンドロのことは無視して、心配するクロードに大丈夫だと手を開いたり握ったりしてみせた。
「……クロード」
「はい、何でしょう?」
「心配する相手が…違うだろ、つ……」
「か弱い女性を――妻を心配するのは当然のことですが?」
アレッサンドロが痛みを堪えながら不満を漏らす。
しかしクロードは相手にしないどころか、ため息を吐いてお説教を始めた。
「そもそも自業自得ですよ。本当なら私だって十発ほど殴らせていただきたいのですが、我慢しているのです。どこの誰が大切な妻を囮にすることに賛成します? しませんよね? ええ、していません。反対すらしていないのですから。私が囮になることは引き受けましたが、オパールと合流できないように足止めをしましたよね? 私が割り振られた役を全うしたのは、オパールが望むだろうことだからです。これ以上の無茶ぶりはやめてください。でないと亡命しますからね」
「……悪かった」
「まあ、これくらいで許してさしあげましょう。では、頬を冷やしましょうか」
渋々謝罪の言葉らしきものをアレッサンドロが口にすると、クロードは隣の部屋に控える侍従を呼びに行った。
その間、オパールは笑いを堪えるために口を押さえていた。
「笑えるほど腫れているか?」
「ほんの少し……。ですが、それほど目立ちません。赤くなっていなければ」
オパールがおかしかったのは久しぶりにクロードのお説教を聞いたからだ。
昔はオパールもよくお説教された。
アレッサンドロもわかっているだろうに、わざとらしく拗ねている。
「似た者夫婦だな」
「ありがとうございます」
「褒めてはないぞ」
「私はまだ怒っているのです。クロードを野盗に襲わせたことを。それ以外にもクロードには危険なことがたくさんありましたでしょう?」
「……すまなかったな。だが、後悔はしていないぞ。私には欠点がたくさんあるが、人を見極めることには自信があるのだ。勝算のないことはしない」
「褒めていらっしゃるじゃないですか」
オパールが笑うと、アレッサンドロも笑った。
だがすぐに痛みに呻く。
そこにクロードが戻ってきた。
「それでは私たちはこれで失礼いたします」
「ああ、それではまた明日な」
「はい。かしこまりました」
「どうぞお大事になさってくださいませ、陛下。それでは失礼いたします」
退室の挨拶をするクロードにオパールも続いた。
氷などを持って部屋に入ってきた侍従は、アレッサンドロの頬を見て驚きの声を上げている。
アレッサンドロは「椅子にぶつけた」と説明していた。
「オパールの手も冷やさないとな」
「大丈夫よ」
「大丈夫じゃないよ」
「……わかったわ」
痛みもなく冷やす必要もないと思ったが、クロードは譲らない。
心配性のクロードらしく、今回はオパールも従うことにした。
離れている間、クロードがどれだけ心配していたかはわかる。
オパールもまた心配と不安でいっぱいだったのだから。
今こうして隣にいられることが奇跡なのだ。
オパールは痛みのない右手でクロードの腕ではなく手を握った。
するとクロードは一瞬驚いたようだったが、すぐに声を出して笑う。
オパールもまた声を出して笑い、まるで子供の頃のように二人は手を繋いで帰宅の途についた。
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