52.裏切り者
翌朝。
国王軍に囲まれていたコナリーたちは慌てふためいた。
近隣の村に滞在させていた反乱軍もまた突如現れた国王軍を前に身動きが取れず、降伏するしかなかった。
「なっ、な、どうしてあの女があちらにいるんだ!? ジュリアン! ジュリアンはどこだ!?」
クロードの隣にオパールがいることに気付いたコナリーは驚きわめき散らしたが、ジュリアンが現れることはなかった。
コールは重そうな体であっちに行ったりこっちに行ったりとうろうろして逃げ場を探している。
「まさか、本当にルーセルがここに……死んだんじゃ……?」
「だからそう言ったでしょう!?」
「お前の言うことなんて信じられるか! そもそもこの兵の数はどういうことだ!? 鉄道は破壊したはずだろう!?」
うろたえて呟くコナリーに、コールが怒鳴るように答えた。
だがすぐにコナリーは怒鳴り返し、コールは「ジュリアンが……」としか言わない。
そこで混乱したやり取りに呆れたように、クロードが口を挟んだ。
「私とオパールの計画では、リード鉱山をはじめとした鉱山とパスマ港を鉄道で結ぶ予定なんだ。すでにその準備を整え、パスマ港沖には資材はもちろんのこと技術者たちも乗せた船が待機していた。爆破によるレールの損傷の修復も終わったよ。それに船には馬も乗せていたからな」
「し、しかし……これほどの国王軍が……いや、援軍は……」
「国王陛下を相手に以前と同じ手で勝てるとでも? 以前も失敗したのに?」
ぶつぶつ呟くコールにクロードは嘲笑するように言い、憎々しげに睨みつけるコナリーに向き直った。
クロードたちは先に馬でオパールたちの後を追い、歩兵たちは線路の修復後にやってきたのだろう。
おそらく駆動音などが聞こえない場所で列車を止め、そこからは徒歩で移動したようだ。
「言っておくが、援軍は来ないぞ。パスマ港を制圧するよりも先に、王都で蜂起した反乱軍はすでに降伏した。リード鉱山も押さえた今、資金源を無くしたお前たちを助けようなんて誰も思わないだろう?」
「リ、リード鉱山は――!」
「鉛よりも金を多く産出する宝の山だよな? 前公爵がアレッサンドロ陛下に反意を抱き争いにまで発展したのも、金鉱脈を発見したからだろ? そして地図にない港から密輸出していたようだが、あんな大きなものをいつまで隠しておけると思っていたんだ?」
「そ、そんな……」
コールは力が抜けたようにへなへなとその場に座り込んだ。
オパールも地図を見て秘密の港の存在とリード鉱山の怪しさは感じたくらいなので、やはりクロードたちにはとっくにお見通しだったらしい。
後は押さえるタイミングを図っていたのだろう。
自慢だった金山が押さえられすっかり敵意を喪失しているコールを、コナリーは忌々しげに睨みつける。
「陛下は山岳地帯にも軍を先回りさせていらしたからな。昨日入った連絡によると、逃げ込んだ残党兵たちも捕縛されたそうだ。残るはこの公爵領館周辺の兵たち――お前たちだけだ」
「なぜだ……なぜわかった!?」
「我々の中に裏切り者がいたように、お前たちの中にも裏切り者がいたんだよ。――いや、間諜と言うべきかな?」
コナリーたちにとって絶望的なことをクロードは大したことでもないように告げた。
まだ信じられないとでもいうようなコナリーはクロードの返答にはっとする。
そしてぎりぎりと歯ぎしりをするかのように噛み締めた口の間から、恨みの言葉を吐き出した。
「ジュリアンか……ジュリアンだな!?」
「ジュリアン? ああ、オパールの駆け落ちの相手か」
クロードはジュリアンの名前を聞いて首を傾げ、誰だか気付くと大声で笑い出した。
お腹を抱えてはいないが、予想通りの反応にオパールまでおかしくなる。
「笑っていただけて嬉しいわ」
「な、なんだ! 何を笑ってるんだ! くそっ!」
場に相応しくなく笑うオパールとクロードを見て、コナリーは苛立ちながらも数歩後退した。
そこで兵士たちにぶつかり、はっと後ろを振り返る。
「お前たち、何をしている!? ぼさっと突っ立ておらんと、早くあやつらに向かって行かんか!」
「そ、そうだ! ほれ、戦え! お前たちは何のためにここにおるのだ!」
コナリーの命令を聞いて我に返ったコールも続いたが、誰も動こうとしない。
反乱軍は特にコナリーやコールに忠義があるわけではないのだ。
それどころかアレッサンドロ国王に不満があるわけでもないのだろう。
コナリーたちでは兵士たちを動かすだけの力量もなく、ただ成り行きで指揮する立場になっただけのようだった。
「謀反の罪は非常に重い。だが今ここで、我々に剣を向けることのない君たちのことは考慮しよう。今すぐ武器を捨て降伏すれば、大罪人として裁くことはないと約束する。選択するのは君たち自身だ。命令に従う必要はない。さあ、どうする?」
よく通るクロードの声は皆の心にまで届いたように見えた。
オパールのひいき目ではなく、クロードには人を惹きつける力がある。
先ほどまで喚いていたコナリーやコールまでもが口を閉ざし、兵士たちは周囲を窺うことなく武器を手放していった。
「よし。それじゃあ、いったんは拘束させてもらうが、悪いようにはしないと約束する。だから逃げるなよ?」
クロードの忠告は兵士にというより、コナリーとコールに向けたものだったが、予想通り二人は逃げ出した。
この状況で逃げられるわけがないのに、二人は自軍の兵士を押しのけて屋敷内へと入ろうしている。
「どけ! この役たたずめ!」
「この臆病者どもが!」
罵声を浴びせながらもコナリーとコールは屋敷へとたどり着き、玄関扉を開けた。
すると中から犬のクロードが飛び出し、二人を見事な体当たりで押し倒す。
結局二人は後を追った国王軍の兵士たちに取り押さえられてしまった。
「クロード! さすがね、よくやったわ!」
嬉しそうにオパールに飛びついてくるクロードを抱きしめ褒めてやる。
クロードは尻尾をぶんぶん振りながら、オパールの顔を舐めた。
「おかしいな、俺もよくやったと思うんだけど、褒められていないぞ?」
先ほどの威厳ある姿が嘘のように、人間のクロードがぼやく。
オパールはおそるおそる近づいてきた従僕に犬のクロードを預けると、腰に手を当て人間のクロードを睨みつけた。
「それは陛下にお願いするのね」
「冷たいなあ」
「クロード、私はまだ怒っているのよ。陛下にも、あなたにもね。だから早くこの騒動を終わらせましょう?」
「それもそうだな。お叱りはあとでしっかり受けるよ」
いつもの調子で答えたクロードだったが、その顔つきはとても真剣だった。
ひと晩だけでは説明の時間はあまりに少ない。
だが今はまだお互いやらなければならないことがたくさんある。
「オパール、屋敷については任せてもいいか?」
「ええ、もちろんよ」
「では、護衛を連れていってくれ」
クロードは傍にいた騎士に声をかけ、オパールの護衛を五人ほど選出するように命じると、次々と他にも指示を出していく。
その姿はやはり威厳に満ちていて、オパールでさえ少し近寄りがたく感じた。
これがオパールの知らないクロードの一部なのだ。
オパールはクロードを観察するようにじっと見てから、集まった護衛を連れて屋敷に向かった。
きっと屋敷内も混乱しているだろう。
コナリーを拿捕した今、屋敷だけでなく領地を治められるのは一人しか考えつかない。
オパールは犬のクロードと護衛たちを連れて、ダンカンを捜すために屋敷へと足を踏み入れた。




