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屋根裏部屋の公爵夫人  作者: もり
タイセイ王国編
79/95

49.逃走劇

 

「な、なぜお前が生きているんだ!?」

「生き返ったんだよ」

「そ、そんな、馬鹿なことを! ええいっ! この状況が目に入らないのか! そこをどかないと、この女の命はないぞ!」


 せっかくの感動の再会に水を差したのは、コールの怒鳴り声だった。

 コールはぶるぶる震える手でナイフをオパールに突きつけている。

 クロードはその姿に顔をしかめ、次いで両手を上げた。


「か弱いご婦人を人質に取るなんて、ずいぶん卑怯なんだな」

「誰がか弱いって?」


 クロードの言葉にジュリアンが噴き出した。

 オパールはジュリアンを睨みつけたが、もちろん何の効果もない。


「……要求は何だ?」

「わ、私たちに危害を加えることなく、駅まで通すことだ」

「当然、列車を使えるようにしておけよ」


 コールのたどたどしい要求を聞きながらも、クロードはじっとオパールを見つめていた。

 オパールもまた静かに見つめ返す。


「――わかった。要求を呑もう」

「へ……?」

「馬鹿か、お前は。たかがこいつ一人のために、俺たちを逃がすっていうのか? アレッサンドロが何て言うかな?」

「賛成してくれるさ」

「馬鹿ばかりかよ」


 クロードが了承すると、コールは信じられないとばかりに間抜けな声を出した。

 代わりに反応したのはジュリアンで、その言葉に腹を立てたオパールはスカートの中から蹴りを入れようとした。

 しかし、あっさりかわされてしまう。

 それがまた腹立たしくて、ジュリアンを睨みつけた。


「ほらほら、お姫様はご立腹だ。急いで馬車の――いや、列車の用意をしてくれないか?」

「……オパール、大丈夫か?」

「全然平気よ。とっても腹は立っているけどね。自由になったら殴りたい人が二人になったわ」

「させるかよ」


 馬鹿にした口調のジュリアンの言葉を無視して、クロードはオパールに問いかけた。

 もちろん大丈夫なわけはないが、オパールの怒りにクロードは安心したようだ。

 まだ大丈夫だと。

 そんなやり取りをジュリアンは鼻で嗤う。


「よ、よし。い、行くぞ、ジュリアン」

「……馬鹿な男だな」


 驚くことにクロードが片手を振ると、宿を取り囲んでいた兵たちが道を開けた。

 おどおどしながらコールが声をかけると、ジュリアンはクロードに馬鹿にしたような笑みを向ける。

 オパールの大嫌いな笑みだが、クロードは気にした様子もなく肩を竦めた。


 コールにナイフを突きつけられ、縄で縛られたままでは歩きにくかったが、駅まではそれほど遠くなかったのでどうにか歩くことができた。

 それから列車に乗せられる。

 列車はすぐには出発できないようで、しばらく待つことになったが、それまでの間は窓からクロードを見つめていた。

 やがて列車が出発すると、後方で大きな爆発音が響いた。


「爆破したのか?」

「ええ、そのように指示を出しましたから」

「よくやった、ジュリアン!」


 これで追手が来ないと喜ぶコールを見て、オパールは単純だなと思っていた。

 ボッツェリ公爵領地唯一の鉄道が破壊されては、追手もそうだが援軍も駆けつけるのに時間がかかる。

 またあの自然要塞の山岳地帯を越えて、アレッサンドロ軍が攻め込んできたときに他の逃走ルートを確保しているのだろうか。

 おそらくコールは考えていないだろうが、コナリーは何か策があるのかもしれない。

 そう思い、オパールは横に座るジュリアンをちらりと見た。


「不安か?」

「……ナージャは無事なんでしょうね?」

「お前から離れているほうが彼女もよっぽど安心だろうよ」


 その返答にオパールはジュリアンを探るように見つめ、それから不機嫌に顔を逸らした。

 そのまま窓の外を眺める。

 列車は順調に進んでおり、お昼過ぎには領館近くの駅に到着するだろう。


「……領館の人たちは……みんなコナリーの支配下にあるの?」

「使用人は上の者の言うことを聞いておればいいんですよ。あれこれ考える脳もないやつらですからね」


 最初の頃はよそよそしかった使用人たちも、オパールが本気で領地改革に乗り出すと、家政婦をはじめとした女性使用人たちは打ち解けてくれだしていた。

 王都の屋敷から連れてきた使用人たちが心配ではあるが、きっと使用人仲間として家政婦たちが庇ってくれるだろう。

 ダンカンもぶっきらぼうではあったが……。


(ダメだわ。ダンカンが私の味方になってくれる想像ができないわね)


 大切な土地が戦場になるかもしれないため、逆に恨まれそうである。

 ただコナリーの言いなりというわけではなく、領民の味方であることはオパールにとって安心できる要素だった。


「――まるで勝ったような騒ぎね」

「あれだけの国王軍を前に無傷で抜け出すことができたんだ。浮かれるもんだろ?」

「無傷? あれで?」


 列車内の反乱軍は嬉しそうに騒いでいる。

 だが駅までの短い距離でも国王軍が制圧するまでにあちらこちらで争いがあったらしく、息を引き取ったらしい反乱軍の兵士の遺体や血痕を見かけていた。

 そのことを指摘したオパールにジュリアンは肩を竦めるだけで、兵士たちを窘める気もないらしい。


「今回はクロードが指揮官だったからうまくいったけれど、次はどうかわからないわよ?」

「何だ、アレッサンドロが非情な男だって知ってたのか」

「それはそうよ。ここの領主代理一人目は病死となっていたけれど、毒殺されたのよね? 二人目は毒を盛られていることに気付いて逃げ出し、陛下に報告した。だから三人目はコナリーに上手く操られているふりができる人物を派遣したのでしょうね」

「それで、お前は平気なのか? 上手く操られてはいなかっただろう?」

「平気だったからここにいるんじゃない。きっと女だからと相手にする必要もないと思われたのか、毒を盛られないようにすでに陛下が手を回したかのどちらかでしょうね」


 間違いなく、アレッサンドロの手の者が毒を盛ることを阻止していたのだろう。

 そうしてコナリーの意識をしぶといオパールに向けさせていたのだ。

 その隙にどれだけこの公爵領に手を回したのかはオパールにもわからない。


(さて、これからが正念場ね……)


 この四年間でアレッサンドロはじわじわと反国王派を追い詰めてきているのだ。

 そのことに気付いた者がどれだけいるのだろう。

 オパールもそうだが、クロードも陽動に一役買っていたようだ。


「着いたぞ」

「言われなくてもわかっているわ」

「可愛くないやつだな」

「今さら?」


 考えに耽っていたオパールは、ジュリアンの声で我に返った。

 しかし反抗的に答えて、改めて縄で縛られる。


「ほら、立てよ」


 列車が止まると、ぐいっと縄を引かれてオパールは立ち上がった。

 そしてオパールはジュリアンの前に立って列車を降りると、領館に向かう馬車へとまた乗り込んだのだった。




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