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屋根裏部屋の公爵夫人  作者: もり
タイセイ王国編
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48.人質

 

「今日はずいぶん朝から賑やかだけれど、何か動きがあったのでしょうね」

「奥様、本当にこんなにのんびりしていて大丈夫でしょうか?」

「大丈夫ではないかもしれないから、ほら?」


 時間つぶしに本を読んでいたオパールは、そわそわするナージャにスカートをめくってみせた。

 その中に穿いているズボンを目にして、ナージャは噴き出す。


「奥様、いつの間にご準備されたのですか? 私、気付きませんでした」

「少し前よ。ナージャがジュリアンと部屋の外に出ていたとき。ズボンって便利ね。一人で穿けるんだもの」

「本当にそうですよね。私、いつも男性が羨ましいって思います。服装だけじゃなくて」

「まあ、男性には男性の苦労もあるでしょうけどね」


 二人で笑い合って和んだところで、オパールは立ち上がった。

 それから窓辺へと向かう。


「ナージャも準備をしていたほうがいいわ。そろそろここにも動きがあると思うから」

「わ、わかりました」


 ナージャもオパールほどちゃんとしたものではないが、ズボンを作っていた。

 それはナージャも一緒に逃げるのだからと説得され、一日でオパールと一緒に縫ったものである。

 その翌日に移動することになったので、間に合ってよかったわね、とオパールと馬車の中で笑ったものだった。

 あのときよりオパールは確実に緊張している。

 そう感じ取ったナージャは急ぎ準備をした。


「このパスマの街はボッツェリ前公爵の時代には、反アレッサンドロ派の拠点となっていたから、今も反乱軍の支配下にあると思っていたのでしょうね」


 窓の外を眺めながらオパールは誰にともなしに呟いた。

 どういうことかとナージャも窓へと近づき外を見て息を呑んだ。


「奥様……」

「できれば血を流したくはなかったでしょうに……」


 オパールは痛みを堪えるかのようにぎゅっと両手を握り締めた。

 窓の外――港への大通りは多くの兵士たちで埋め尽くされている。

 兵たちを見て怯えていたナージャだったが、その兵たちの制服、掲げている旗を見てぱっと顔を輝かせた。


「国王軍です! 奥様、陛下が助けに来てくださったんですね!」

「とはいえ、私たちは囚われの身だわ。ナージャ、覚悟はいい?」

「もちろんです!」


 震えながらもナージャが元気よく答えたとき、扉が勢いよく開かれた。

 そして入ってきたのはジュリアンだけでなく、何人かの兵士――反乱軍側の兵士だった。


「やあ、お姫様。ようやく出番だよ」

「……待ちくたびれたわ」

「相変わらず口の減らないやつだな」


 ジュリアンは余裕を見せてにやりと笑うと、片手で兵士たちに指示を出す。

 途端に兵士たちは窓辺にいたオパールとナージャを拘束した。


「奥様!」

「大丈夫よ、ナージャ。落ち着いて行動すれば、きっと大丈夫だから」


 ナージャは二人の兵士に拘束されていたが、両腕を掴まれているだけだ。

 しかし、オパールは両腕を縄で縛られ、ジュリアンへと引き渡された。


「臆病者」

「何とでも言えよ」

「奥様!」

「心配いらないわ、ナージャ。こんなこと、とっくに練習済みだから」


 縄を掴んで乱暴にオパールの背中を押すジュリアンは馬鹿にしたような笑みを浮かべたまま。

 本当にこのジュリアンの笑みがオパールは大嫌いだった。

 その気持ちを隠してオパールもまた余裕の笑みを浮かべ、心配するナージャに声をかける。

 だが部屋を出た途端、ナージャは口を塞がれオパールとは別の方向へと連れていかれてしまった。


「ちょっと! ナージャをどうするの!?」

「まずご自分の心配をされてはどうですか、奥様?」

「ふざけないで」

「コールさんたちに必要なのはお前だけだろ? おとなしく人質になっておけよ」


 ジュリアンの言葉を聞いて、オパールはその通りだと思い、おとなしく従った。

 大通りをあれだけの国王軍が埋め尽くしていたのだから、もうコールたちに逃げ場はないはずだ。

 それならオパールを人質として、この地を脱出するしかない。

 その後逃げるのなら、リード鉱山か公爵領館か――。


(おそらくリード鉱山はクロードがすでに制圧しているはずだわ。その報せがないのは、反乱軍が知らないだけ? それとも私が知らないだけ?)


 クロードが失敗するはずがない。――そんなことが起こるはずがない。

 オパールはそう自分に言い聞かせ、追い詰められたコールたちの行動を考えた。

 国王軍はきっと反乱軍の旗を上げたままパスマ港へ入港したのだろう。

 その後、迅速に港を制圧したと考えれば、鉄道もまた押さえられているはずだ。


(でも私を使えば駅を解放してコナリーたちのいる領館までは逃げ切ることができるわね。コナリーたちがどれほどの規模の兵を抱えているのかは知らないけれど、合流されると厄介なことになるんじゃないかしら……)


 オパールがあれこれ考えていると、どたどたと足音をさせてコールがやって来た。

 その顔色は悪く、汗が噴き出ている。


「ジュリアン! ここは囲まれてしまったぞ!」

「心配しなくても大丈夫ですよ。突破口は開けますから」


 焦った様子もないジュリアンの言葉に、コールもわずかに落ち着いたようだ。

 オパールを見て安堵の表情を浮かべる。


「さっさと殺してしまったほうがいいと思ったが、やはり君の言うとおりにしていて正解だったよ」


 リード鉱山の視察の際に、オパールを事故に見せかけて殺すという安直な案はコールだったのかと思いながら、オパールは抵抗せずにジュリアンに従った。


「それで、これからどうするんだ?」

「もちろん交渉するんですよ。人質は有効に使わなければ」

「内容は?」

「駅の開放、列車の準備、そして我々はコナリーさんたちと合流するんです」

「しかし、追ってきたら……」

「最後尾から線路に爆薬を落とせばいい。発破は得意でしょう?」

「なるほど。時間を稼いでその間に援軍を待てばいいのだな」

「ええ。体制も整えなければなりませんしね」


 これではまるでジュリアンが指揮官のようだ。

 二人の会話を聞きながらオパールはコールを見たが、そのことに気付いた様子はない。

 そして縄を引っ張られ、宿の外へと足を踏み出したとき、宿の前には国王軍が取り囲むように広がっていた。

 だがオパールにはたった一人の人物しか目に入っていなかった。


「クロード……」

「やあ、オパール。迎えにくるのにまた遅くなってしまったな」




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