34.管理人
「――何ですって?」
「ですから、それらを使うことはできません」
「なぜ?」
これから農作業の負担を少しでも軽減するために、大鎌や脱穀機を使うことを提案したオパールに、ダンカンははっきりと反対したのだ。
購入までに問題はなく、慣れるまでにそれほどの時間もかからないことは伝えた。
他に何が問題なのかとオパールは疑問を口にすると、返ってきた答えは驚くべきものだった。
「もちろん、悪魔の道具だからです」
「悪魔の道具? 大鎌が?」
「脱穀機とやらもです」
唖然としたオパールは言葉を失い、ダンカンの顔をまじまじと見つめた。
しかしどこにも冗談の気配はない。
オパールは気を取り直すと、改めて説明を始めた。
「大鎌の形は確かに……悪魔の道具というか、死神の道具のようではあるけれど、よく見れば形も違うのよ? それに何より便利だもの。将来的には刈取機を導入するつもりだったけれど、そちらを先に導入しましょうか?」
「いいえ、けっこうです。便利などという言葉に惑わされるつもりはありません」
「だけどそれではいつまでたってもここの人たちに重労働を強いることになるのよ? 南部など早くから取り入れている地域では、生産性が上がるだけでなく、余暇を楽しむこともできるようになっているわ」
「だからこそ、八年前に南部地域ではあれほど疫病が流行ったのです」
「疫病は関係ないでしょう!?」
どうにか落ち着いて説得しようとしていたが、多くの命が失われた疫病を持ち出されてかっとなってしまった。
オパールは声を荒げてしまったことにはっとして、慌てて口を閉ざした。
感情的になっては相手を説得することはできない。
だがダンカンの顔を見ればすでに判断は下されているようで、オパールは無理強いするよりもいったん引くことにした。
「この話はまたにしましょう。よければ午後から近場の農地を案内してほしいのだけれど、いいかしら?」
「……奥様が農地にいらっしゃるのですか?」
「そうよ」
「ピクニックにはもっと適した場所がございますが?」
「――私は視察に行くのよ。では、昼食後に準備を整えておくから声をかけてね」
今は何を言っても無駄だと、ぐっと堪えてオパールは書斎を後にした。
そしてダンカンに――というより、アレッサンドロ国王に心の中で悪態をついた。
この状態を国王は知っていたはずだ。
なぜ前もって教えてくれなかったのかと腹を立て、部屋に入った頃には知っていても何も変わらなかったことに気付いた。
確かに心構えはできたかもしれないが、対策が取れたとは思えない。
実際にこの土地に来てみなければ、なかなか理解できなかっただろう。
(だけど、知っているのと知らないとじゃ、大違いよ)
やはりアレッサンドロには腹が立つ。
クロードがもし知っていたのなら教えてくれただろうから、アレッサンドロ一人の判断なのだ。
しかし、こだわっていても何も解決しない。
オパールは気持ちを切り替えると、午後からの予定をナージャに伝えた。
「ねえ、ナージャ。まだ一日ではあるけれど、ここの人たちはどう? 上手くやっていけそう?」
「そうですね。ちょっと皆さんまだよそよそしいですけど親切ですよ。ただ同情もあるみたいです」
「同情?」
「奥様は我が儘で気まぐれで奔放な方だから、お仕えするには大変らしいです」
「あら、それだけ? 〝ふしだら〟はなかったの?」
「そのことについて使用人は関係ありませんから。ただ夫であるルーセル侯爵――新しいボッツェリ公爵様にもう見捨てられて気の毒だとも噂されてました」
「見捨てられたって話が出ているの?」
「はい」
「そう……」
ここでの自分の評価がどんなものかナージャに聞いていたオパールは驚いた。
王都を発つ前にクロードに出した手紙にはそれっぽいことを書いたが、その内容が漏れているということだ。
しかももうすでにこの領館に伝わっているとなると、やはり情報操作されているか、この領館に手紙の内容を把握できた人物がいるということになる。
「もしナージャの手に余るようだったら相談してくれるかしら? それまで噂については放っておいていいわ。他の人たちにも好きなようにすればいいと伝えておいてくれる?」
「かしこまりました!」
王都から同行してくれた侍女やメイド、従僕はオパールに好意を抱いてくれている。
彼らが嫌な思いをしないように注意は必要だが、できるだけ様子をみたかった。
(問題はダンカンの信仰心よね……)
この地方の人たちの信仰心が篤いとは一度も聞いていない。
ダンカン一人の偏見ならそこまで苦労はしないだろう。
しかし、領民の多くが新しい農機具に対して偏見を持っているのなら、かなり苦戦することが予想できた。
(午後からの視察から戻ったら、対策を考えないとね……)
今まで何度も問題を解決してきたが、それは多くの協力者がいたからだった。
マクラウド公爵領地の改革も、土地管理人であるオマーが新しい農機具に理解があったからだ。
オマーは借金と横領の後ろめたさから当初は反抗的ではあったが、農業に関してはオパールに多くのアドバイスをくれた。
(そうよ。私には農地改革の経験があるんだもの。絶対に大丈夫!)
ホロウェイ伯爵家の土地管理人であるトレヴァーにも幼い頃から多くのことを教わった。
この八年、それを活かしてきたのだ。
オパールはこれからの計画を頭の中で修正すると、机に座って手紙を三通書いた。
一通はマンテストの港で待機しているだろう農機具をボッツェリ公爵領の北にあるパスマ港に運搬するよう指示を書いたもの。
もう一通は無事に領館に到着したことと、現状を伝えた内容をクロード宛てに。
そして最後にオマーへとここの状況を面白おかしく書く。
ちょうど書き終わったところで、コナリーから昼食の用意ができたと伝えられた。
「ありがとう、すぐに行くわ」
朝食と昼食は家族用の朝食室で毎日とると伝えている。
夕食は一番小さな晩餐室でと伝えているが、明日にでも領館内を見て回り、色々と考えなければならないだろう。
(まさか先に領地を見て回ることになるなんてね……)
女主人としては異例かもしれないが、領館内より領地内のほうが早急に改革を必要としているのだ。
午後からの予定を伝えた時もコナリーは無表情のままで、内心で何を思ったのかはわからなかった。
だが八年前にマクラウド公爵家で孤立していた時より味方は多い。
(大丈夫。まだ敵だと決まったわけじゃないもの)
先代ボッツェリ公爵はクロードの――アレッサンドロ国王の敵だったかもしれないが、残った使用人たちには彼らなりの考えがあるはずなのだ。
農地改革について急ぎはするが、それでも彼らの気持ちを傷つけないようできるだけ努力しようと決意して、オパールは昼食のために部屋を出た。
いつもありがとうございます。
お陰さまで12月10日(月)に本作『屋根裏部屋の公爵夫人2』が発売されます。
詳しくは活動報告をごらんください。
よろしくお願いいたします。




