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屋根裏部屋の公爵夫人  作者: もり
タイセイ王国編
63/95

33.家令

 

 オパールがナージャともう一人の侍女を連れて正面玄関の階段を上がると、一番手前に立っていた壮年の男性が一歩前へと踏み出した。

 そして深々と頭を下げる。


「ようこそお越しくださいました、ボッツェリ公爵夫人。私は家令を務めております、コナリーと申します」

「……コナリー、これからよろしくお願いね。知らせていなかったのに、このように出迎えてくれて嬉しいわ」


 オパールは愛想よく答えながらも、家令だと名乗ったコナリーを密かに観察していた。

 逆に、使用人たちからもこっそり観察されているのがわかる。


「久しぶりにこの宮に主人である公爵夫人をお迎えできるのですから、皆も大変喜んでおります」

「そう、ありがとう。あなたはとてもよく気がつくのでしょうね。私も安心だわ」

「そのようなお言葉をいただき、恐縮でございます」


 この領館のことを〝宮〟と呼んだあたり、コナリーのプライドの高さがうかがえる。

 軽くコナリーを褒めても周囲から特に変わった反応は得られなかったので、コナリーと他の使用人たちの関係も問題ないのだろう。

 オパールはいつもより少し傲慢な態度で、コナリーから他の主だった使用人の紹介を受けた。

 それからオパールもナージャたちを紹介すると、さっそく女主人の部屋へと案内してもらう。


 領館内も外観に劣らず荘厳で美しい。

 ただ新しく置かれたらしい装飾品のいくつかの主張が激しく、華美になりすぎている印象を与えていた。

 途中、コナリーに時々質問をしたために余計な時間はかかったのだが、それにしても玄関から部屋はかなり遠い。

 ようやく部屋へと入っても荷物が次々と運ばれてきたためにオパールは休む暇もなかった。

 気にせずゆっくりすればいいのかもしれないが、自分のために仕事をしてくれている人たちを見ながらくつろげるはずもない。

 とはいえ、オパールが手伝えるわけもなく、落ち着いたふりをしてお茶を飲んでいた。


 どうやらここではまだ〝ふしだら〟なオパール・ホロウェイらしい。

 王都からここまで旅をしていて気付いたことだが、北部の山岳地帯に入った途端に、情報も生活様式もがらりと変わったのだ。

 もちろん伝統は大切に守っていくべきだと思う。

 だが新しいやり方も取り入れていかなければ、いつか周囲から孤立してしまうだろう。


(まあ、この考え方は傲慢かもしれないけど……。少し意図的なものも感じるわね)


 確かに石材などの重たいものは運搬が大変かもしれないが、人々が噂する程度の情報を運ぶのは簡単である。

 またこの土地には港がいくつかあり、輸出入が行われているのだから、もっと多くのことが新しくてもいいはずだった。


 たとえば農機具もそうだ。

 当初は資金不足のために新しく便利な農機具に変えられないのかと思っていたが、大鎌でさえ未だに使用していないのは不自然だった。


(この地域は疫病の影響はほとんど受けなかったらしいけど……)


 だからこそ、反王弟派の拠点として活動していたのだが、そのために農業の近代化が遅れたのかもしれない。

 しかし、アレッサンドロが勝利してからのこの四年の間になぜもっと手をつけなかったのだろう。


(いくら閉鎖的とはいえ、改善しようともう少し何かできたんじゃないかしら)


 オパールはそこまで考えて、愚痴っぽくなっていることに気付いた。

 あのアレッサンドロが選んだ人物なのだから代理人として優秀な人物だったはずである。

 おそらく何か理由があるのには間違いないだろうが、今のオパールは疲れていた。


(ダメだわ。考えがまとまらない……。そもそもまだちゃんと見ていないんだから結論を出すこともできないわよね)


 ちょうどカップが空になったところで、お風呂の用意ができたとナージャに告げられて立ち上がる。

 この領館の侍女やメイドたちはまだ緊張しているのか表情が硬いが、そのうち打ち解けてくれるだろう。

 オパールはあれこれ考えることをやめにしてお風呂に入ると、簡単な食事を部屋でとって少し早めにベッドに入った。


 ――翌朝。

 いつもの時間に目が覚めたオパールは領館の使用人たちを驚かせた。

 やはり貴族の者が早起きをするのは珍しいらしい。

 ひとまず部屋で朝食をとり、明日からは朝食室でとることを伝えておく。

 そして朝食が終わると家令のコナリーを呼んでこれからの予定を伝えた。


「土地管理人ですか……」

「ええ、そうよ。この領地を管理している者がいるでしょう? あなた一人で管理するには、ここは広大ですもの」

「……いったい何のために彼にお会いになりたいのか、伺ってもよろしいでしょうか?」

「それはもちろん、このあたり一帯の土地について話を聞くためよ」

「奥様がですか?」

「私が、よ。 私の都合はいつでもいいから、予定は合わせるわ。それと、ご近所さんへの挨拶もしたいから、リストアップしておいてくれるかしら?」

「……かしこまりました」


 コナリーはかなり不満そうではあったが逆らえるわけはなく、渋々了承して出ていった。

 急ぎすぎたかとオパールはためらったが、すぐに思い直す。

 収穫期のことを考えるとあまり時間はない。

 オパールはここでも八年前のマクラウド公爵領と同じように、ひとまずは大鎌と脱穀機を導入するつもりだった。


 そのため、すでにオマーと話をつけて古い脱穀機――八年前にマクラウド公爵領で導入したものを中古価格で買い取り、港から運ぶ準備もできている。

 本来なら最新鋭のものを導入するべきかもしれないが、皆が慣れていないことと、数の問題もあって中古機械を使うことにしたのだ。

 大鎌は新しいものをオパールの領地やマクラウド公爵領地の鍛冶屋で注文しており、残りはこのボッツェリ公爵領地の鍛冶屋に頼む予定だった。


 その後、お昼前に書斎へと赴いたオパールは、そこでコナリーから土地管理人であるダンカンを紹介された。

 にこやかに微笑んでオパールが片手を差し出せば、ダンカンは不機嫌を隠さず顔をしかめる。

 オパールとしては握手を求めたのだが、どうやらダンカンは別の挨拶を求められたと思ったらしい。

 これはかなり手強そうだなと考えたオパールの予想は、さらに悪いほうに外れたのだった。




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