30.呼出
「オパール、ちょっといいかな?」
「ええ、大丈夫よ」
自室で手紙を書いていたオパールは、部屋に入ってきたクロードに答えてペンを置いた。
クロードのこの言い方は大切な話があるということだ。
立ち上がってクロードが座った長椅子の隣に、オパールも腰を下ろす。
「先ほど、陛下からお呼び出しを受けた」
「何かあったということ?」
「おそらく。それほど重要なことでなければいいが、帰りは遅くなると思う。だから今夜の夜会のエスコートはできないんだ」
「わかったわ。今夜は私一人で出席する」
「すまない」
「謝ることないわよ。ここの社交界にも慣れたし、私一人でもどうとでもできるんだから」
ソシーユ王国での出来事はやはりこの国の社交界にもしっかり伝わっており、帰国前の義理でしかない招待状の内容が様変わりし、文面からもわかるほどに歓迎されていた。
それでも一人で出席することを残念には思う。
その気持ちを隠してオパールがにっこり笑って答えれば、クロードはため息を吐いた。
「オパールが頼もしすぎて、たまに寂しくなるな」
「私は寂しい気持ちを隠して強がっているのよ。どちらを優先するべきか、わかっているもの」
「ごめん。今のは俺の我が儘だった」
冗談めかして答えたオパールの言葉を聞いて、クロードはすぐに謝った。
ここで拗ねたり甘えたりできればいいのだが、オパールにはかなりの難題である。
何と返せばいいだろうかと考えていると、クロードはいきなりオパールにキスして立ち上がった。
「……え?」
「さっきの我が儘は忘れてくれ。やっぱりオパールはオパールなんだから」
「な、何よそれ!」
兄妹のような幼馴染の期間が長かったからか、普段は恋人同士のような雰囲気にはどうしてもならない。
だからいきなりキスされても頭が理解することさえ遅れてしまうのだ。
そんなオパールを残してクロードは出口へと向かい、扉の前で振り向いた。
「じゃあ、行ってくるよ」
「え、ええ。いってらっしゃい」
オパールが慌てて立ち上がって見送りの言葉を返すと、クロードは嬉しそうに微笑んで出ていった。
そこで玄関まで見送るべきだったのではないかと気付いたが、今さら追いかけるのも間が抜けている。
閉まった扉を見つめながらオパールは再び長椅子に座ると、大きく息を吐き出した。
「未だに慣れないわ……」
結婚してからひと月あまり。
一緒にいる時間はずいぶん増えたが、普段は二人の間に甘い雰囲気は存在しないので、たまに不意打ちでくると困惑してしまう。
しかしそれもクロードは楽しんでいるようで、何となく悔しい。
(そもそもクロードは今夜のことが寂しくないのかしら……って、そんなことはないわよね)
先ほどの我が儘がクロードの気持ちの表れなのだろう。
だがお互い寂しくても、離れてやらなければならないことは多い。
オパールは最初に躓いてしまった社交を、クロードにはよくわからない仕事がある。
とはいえ、クロードの仕事内容については話してくれなくても、何となく想像はついていた。
タイセイ王国は疫病と内戦の危機を乗り越え、今はソシーユ王国よりも豊かになっているが、未だに反国王派――旧王子派が存在するのだ。
この数日、オパールは招待されたお茶会や夜会にできるだけ出席していた。
そこでただ興味があるだけというふうに笑ってみせる。
すると女性たちは喜んで色々と教えてくれるのだが、その噂の中には普通に聞くだけではそうとは気付かない不穏なものも多かった。
(それにしても、反国王派の資金源はどこにあるのかしら……)
どんな活動でも資金はいる。
裏でこっそり援助している貴族がいるにしても、その資金をどこから捻出しているのだろう。
アレッサンドロ国王が王位に就いてから四年の間に、隠し財産などできないよう調べたはずだ。
(……それでクロードはソシーユ王国の賊のことを調べていたのかしら?)
賊が奪ったとされる金塊や宝石類はかなりの金額になる。
それらをどうにかしてタイセイ王国に流し、残りをセイムズ侯爵の領地で――ノボリの街などで遊んで失ったのかもしれない。
またキーモントたちが奪った金品もしばらくは発見されなかったために、反国王派の資金源になっていることを疑い、クロードが調査に乗り出したのだと考えられた。
(憶測でしかないけど、これだと辻褄が合っているわよね)
オパールは帰りの馬車の中で自分の考えに納得し、満足していた。
おそらくクロードに質問してもまだ答えてはくれないだろうが、解決すれば教えてくれるはずだ。
その時の答え合わせを楽しみにして、屋敷に戻ったオパールはがっかりしてしまった。
クロードから急ぎの手紙が届き、しばらく帰れないとあったのだ。
「しばらくって、どれくらいなのかしら……」
今夜答え合わせができたわけではないが、オパールはかなりがっかりしてしまった。
明日は公爵位とともに賜ったばかりのボッツェリ公爵領について、改革をどう進めていくか話し合う約束だってしていた。
公爵領は穀物を育てるには最適の土地が多く広がっているのだが、近代化が遅れており、また先の内乱の時にかなりの資金源になっていたために、領民たちは無理な重税を課されて疲弊しているらしい。
(それに確か、いくつか鉱山があったはずね……)
鉱山の中でも最北端にある鉛鉱山は細々と採掘を続けているらしいが、粉塵などの体への影響も考えると採算が合わないので閉めてしまったほうがいいだろう。
それらも全て含めて近々視察に行こうと決めていたのだ。
計画から実行まで、オパール一人で全てできる。
ただ誰かと――クロードと一緒に成し遂げたかった。
だがクロードの〝しばらく〟がいつまでかわからない以上、オパールだけでとりあえずは進めるしかない。
「いいわ。私一人で進めるわ。だって、私の得意分野だもの!」
決意を固めたオパールは、誰もいない部屋で高らかに宣言したのだった。




