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屋根裏部屋の公爵夫人  作者: もり
タイセイ王国編
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26.恋物語

 

「おかしいわ。私は名前の訂正と団体への支援を呼びかけたかっただけなのに……」

「目的は達成されたな」

「それはそうだけど……。でも何これ? 『引き裂かれた初恋! 幼馴染みの恋は海をも越える!』って」

「ロマンス小説としては、面白いんじゃないか?」


 オパールは先ほど読み終えたばかりの新聞を手に持って、問題の見出しを指さして訴えた。

 だがクロードは気にした様子もなく、飄々としている。


「小説としてはね。まあ、マクラウド公爵が悪者になってなくてよかったわ」

「……誰にも迷惑をかけないようにってのは基本だからな」


 今さらあれこれ言っても仕方ないだろう。

 オパールは新聞をテーブルに置くと、ため息交じりに最終的な感想を呟いた。

 応えて、クロードも同意する。


 記事の内容はオパールの名前よりも、ルーセル侯爵の正体よりも、二人の結婚に至るまでのエピソードに焦点が当てられ大きく取り上げられているのだ。

 莫大な財産家であるホロウェイ伯爵の令嬢と、貧乏男爵家の三男の初恋物語。


 二人は身分違いとも言える境遇で、クロードはマクラウド公爵との縁談が持ち上がったオパールの幸せのために身を引く。

 半ば自棄になったクロードは混乱の最中にあるタイセイ王国へ渡り、祖父へと会いにいき、そこから立身出世が始まる。


 一方のオパールは、自分のような思いをする女性が少しでも減るように、女性の自立を支援する活動を始めた。

 また恵まれない子供たちへも手を差し伸べ、人々の幸せを願い慈善事業に大きく貢献している。


 その後、クロードは見事に身分と財産を手に入れた。

 しかし、愛するオパールはおらず虚しい日々。

 せめて少しでも繋がりたいとマンテストの事業に投資し、マクラウド公爵と知り合う。

 マクラウド公爵は二人の愛の深さを知り、身を引くことに。

 そしてオパールとクロードは再び巡り会い、今度こそ幸せに結ばれたのだった。


「――って、合ってるけれど違う、このもどかしさ」

「でもまあ、慈善団体のことも大きく取り上げてくれているし、いいんじゃないか?」


 テーブルに指をとんとんと叩きながらぼやくオパールとは対照的に、クロードはのんびり珈琲を飲んでいる。

 その姿を見ていると、オパールも徐々に冷静になっていった。


「そうだけど……。マクラウド公爵には手紙を書いて謝罪しないとダメね。勝手に名前を出してしまったもの」

「それは俺が書くよ。俺が話したんだから」

「では、お願いしてもいいかしら?」

「もちろん。オパールはこれから彼女に会いに行くんだろう?」

「ええ、叔父さんから大丈夫だって返事をもらったから、ベスに伝えるつもり」


 キーモントの財産について、三人の子供たちの養育費が必要なので一部没収を免除してほしいと、法務官である叔父のジョナサン・ケンジットに嘆願したのだ。

 すると叔父は一日で必要な処理を終わらせ、返事をくれた。

 もちろんこんなに早くできたのは、オパールが前もって準備をしていたこともある。

 さらに今回のことで幸いだったのは、法務省に没収されたことによって、キーモントの了承と署名が必要なくなったことだった。


「一緒に行こうか?」

「ううん、大丈夫。護衛は前回より多めにお願いするし、一緒に行動すると目立つでしょう?」

「オパールは一人でも十分目立つだろ?」

「実は、今回は隠れていくの」

「うん?」

「ベスが人生をやり直すのに、私と関わっていることが知られたら難しいでしょう? だから、変装して会いに行くの」

「……くれぐれも気をつけて行ってきてくれ」

「わかったわ」


 クロードはまだ何か言いたげだったが、思い直したらしい。

 笑みを浮かべて優しい言葉をかけ、オパールもまた笑顔で答えた。


 その日の午後。

 オパールはナージャと裏口から外に出ると、従僕が手配してくれた貸馬車に乗ってベスの許へと向かった。

 正面は記者や多くの人たちが詰めかけているのだ。

 記者たちはキーモントに関する情報やルーセル侯爵などの新たな情報を求め、人々はただの野次馬だったりオパールに会いたいといったものだったりするらしい。

 なかでも女性たちは今朝の新聞記事でオパールの生き方に共感し、憧れ、尊敬と様々な感情を抱いたようだ。


「今頃オパール様の素晴らしさに気付くなんて遅いですよ。オパール様は昔から素敵なんですから」

「ありがとう、ナージャ」


 貸馬車に乗って落ち着いたところで、ナージャが拗ねたように呟いた。

 車内にはナージャの他に、護衛が二人乗っている。


「これでベスが感謝しなかったら、許さないんだから。でも手のひら返しも納得いかないし……」


 ぶつぶつ言うナージャに苦笑しつつ、オパールは窓の外を眺めた。

 徐々に街の景色は変わり、建物もみすぼらしくなっていく。

 今日のオパールはナージャの普段着を借りているのでこの辺りでもそこまで浮くことはないはずだ。


「さて、行くわよ」

「はい!」


 なぜかオパールよりも意気込んでいるナージャを連れて、オパールは馬車を降りた。

 そして前回と同じように古びた階段を上って扉をノックする。


「こんにちは、ベス。体調はどうかしら?」

「奥様……」


 ベスが驚いている間にすっとドアから中へと入り、ナージャも続いて扉を閉める。

 オパールが呆然として立つベスを観察すれば、顔色は悪くお腹は今にも産まれそうなほどに大きくなっていた。


「立ち話も疲れるでしょうから、座りましょうか?」


 そう声をかけて寝室の扉を開けるオパールを、ベスは止めようとはしなかった。

 それどころか素直にオパールの隣に腰を下ろす。

 オパールはすっかりおとなしくなったベスを訝しんだ。


「どこか痛むところでもあるの? お腹? 腰? それとも気分が悪い?」

「いえ……」


 ベスは小さく答えたきり、黙り込んでしまった。

 オパールが声をかけることなくただ隣に座っていると、ベスのすすり泣く声が聞こえてくる。


「ベス?」

「わ、わたし……怖くて……」

「そうね」


 出産を前にして怖くないはずはない。

 しかもたった一人なのだ。

 今さら、ベスの家族はどうしたのかと気になったが、尋ねるのは野暮だろう。


「ねえ、ベス。よければ私が支援している施設に移らない? お産も近いのにここは不便よ。あそこなら経験者もたくさんいて頼もしいわよ?」

「ですが……」

「金銭面のことは気にしなくていいわ。それにキーモント卿と話をつけたの。その子の養育費は出してくれることになったわ」


 やはりここに一人では置いておけないと、オパールは提案した。

 またお金のことは心労の元なので心配ないと告げる。

 ベスは袖で涙を拭うと、オパールを睨みつけるように見た。


「あの方が逮捕されたと新聞で知りました。この子の父親なのに!」


 悲鳴のような声で叫んだベスは、そのまま目を閉じたのだった。




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