25.取材
「まあ! ケイブの息子さんだったのね! すぐにわからなくてごめんなさい」
「い、いいえ……僕は母親似なんで仕方ないです。といっても、母は十年前に亡くなったので人からそう聞くだけなんですけど。よく父が言っていました。母が生きていたら、公爵家で奥様がお過ごしになるのにもっと心地よく整えられるのに、と」
「そうだったの……。でもケイブ一人でもとてもよくしてくれたのよ。最後にきちんとお礼を言えなかったのは残念だけれど、感謝の手紙は無事に届いたかしら?」
「はい。父は感激して泣いておりました。ですが、お返事を書くことができず、残念がっておりました。読むことはできても、書くことはできないので……」
マクラウド公爵家の御者であるケイブの名前を聞いて、オパールは喜びクロードの背後から出てアランの手を握った。
ケイブは公爵家で孤立無援だったオパールに、唯一親切に接してくれた使用人である。
いつだったか『そろそろ息子を働きに出そうと思う』と話してくれ、それをきっかけに使用人たちが教育を受けられるように手配したのだ。
懐かしい思い出にオパールが喜んでいると、クロードの冷ややかな声がする。
「オパール、思い出話もいいが、ここに来た目的はどうするんだ?」
「あ、そうだったわ」
「ち、ちち、ちょっと待ってください!」
すっかり目的を忘れていたオパールは、クロードに促されて記事の訂正を求めようとした。
しかし、今度は編集長が慌てて声を上げる。
「オパール様って、あのオパール様ですか!? あの、今回の、昨夜の、あのオパール・ホロウェイ元マクラウド公爵夫人!?」
「その通りです。と答えたいのですが、少々間違っておりますので、今日は訂正記事を出していただきたく、こちらに伺いましたの」
「ほ、本物……あの、オパール・ホロウェイ元マクラウド公爵夫人……」
「いえ、ですから――」
「本物だ! スクープだー!」
オパールの話を聞かず、編集長が叫べば部内がわっと沸いた。
誰もが席を立ち、オパールへと駆け寄ろうとして、クロードの厳しい声が響く。
「静かに!」
それほど大きい声ではなかったが、皆はぴたりと動きを止めた。
そして再び部内が静かになると、ゆっくり続ける。
「歓迎してくれるのはありがたいが、この狭い室内で皆が一斉に動いては誰かが怪我をしてしまう。どうか落ち着いてくれないか」
「す、すみません、フレッド卿。つい興奮してしまいまして……ほら、皆も席に戻れ」
怒りを感じさせるわけではない淡々としたクロードの言葉に、皆も冷静になったらしい。
編集長がしっしっと追い払うように言うと、素直に席に戻った。
だが、気にはなるらしく、仕事を再開するふりをしながらちらちらとオパールを窺っている。
「お騒がせしてしまって、ごめんなさいね。今朝の新聞もとても興味深く読ませてもらったわ。特に私の昨夜の騒動については、好意的に書いてくれたことを感謝してます」
「好意的も何も、事実ですから!」
「……昨夜の情報をどこで手に入れたのかは聞かないわ。ただあの記事は正確ではないから訂正してほしいの」
「何ですと!?」
オパールが記事のお礼を言うと、アランが顔を輝かせて答えた。
しかし、訂正記事について触れると驚いたのは編集長で、アランは気まずそうな表情になる。
おそらく再婚したことは知っていたのだろう。
「訂正してほしいのは、私の名前です。私はタイセイ王国のルーセル侯爵と再婚しましたので、ルーセル侯爵夫人オパール・フレッドなのですから」
「へ……ルーセル侯爵?」
再び反応したのは編集長だった。
クロード・フレッドは知っていても、ルーセル侯爵のことは知らないのだ。
そしてアランはルーセル侯爵のことは知っていても、その正体は知らなかったらしい。
「え? この方がルーセル侯爵? ですが、ルーセル侯爵はよぼよぼの……」
「爺さんだと思っていた?」
言い淀んだアランの言葉をクロードが引き継ぐ。
すると、アランはさらに気まずそうな表情になり、クロードは噴き出した。
「ひょっとして、オパールの評判が傷つかないように再婚のことは伏せていたのか?」
「それはその……はい」
クロードの指摘にアランが頷く。
オパールはよくわからなくて首を傾げた。
「マクラウド公爵と離縁して慰謝料をもらった後に、よぼよぼの金持ち爺さんと再婚となると、民衆はいい感情を抱かないかもしれないからな」
「ああ、なるほど」
オパールにとって評判はどうでもよかったが、それが慈善団体の寄付や支援に繋がるならよいほうがいい。
そのことに気付いて、オパールはアランに感謝の笑みを浮かべた。
「ありがとう、アラン。慈善団体のことを考えてくれたのね」
「え? いや、その……」
「だけど私は別に恥ずべきことをしているわけではないし、むしろ誇りでもあるから訂正記事を出してくれるかしら?」
「……はい」
「いやいやいや、ちょっと待ってください!」
オパールとアランの話がついた時、編集長の声が割り込んだ。
実際、二人の間に体も割り込ませる。
「何か不服でもあるのか?」
「いや、不服じゃなくて疑問ですよ! フレッド卿がルーセル伯爵ということですか!? タイセイ王国の!?」
「今はありがたいことに侯爵位を賜ったんだ」
「この際、爵位はどうでもいいんです。フレッド卿とルーセル家との関係は!?」
編集長は質問しながら近くの机から適当な紙とペンを摑んだ。
部内の者たちは「爵位はどうでもよくないだろう」と思いつつも口には出さず、クロードの返答を待った。
クロードはちらりとオパールを見てにやりと笑ってから、編集長に視線を戻す。
「お教えしますよ。ただし、取材費はいただきます」
「え、ええ。それはまあ、相場通りの金額をお支払いいたします」
「では、その十倍をいただきます」
「そんな無茶な!」
「あら、それだけの価値はあると思うわ。私の夫、ルーセル侯爵はソシーユ王国では謎に包まれているもの。よぼよぼのお爺さんっていう噂が流れるほどにね。そして昨夜ようやく姿を現わしたわけだけれど、その素性はまだほとんどの人が知らないわ。だからきっと大スクープね」
「大スクープ……」
クロードの思惑を理解したオパールが言い添えると、編集長は心惹かれたようだ。
そこでクロードが畳みかける。
「私への取材費は全てオパールが設立した慈善団体に寄付してくれ。この新聞社の名前で」
「……それを宣伝しても?」
「もちろん。社長には私から話しておくよ」
「お願いします! では、別室へ。おい、アラン」
「は、はい!」
編集長は今にも踊り出しそうな足取りで、小部屋へと向かった。
オパールとクロードも編集長の後に続き、アランは急ぎ机に戻って筆記具を用意する。
それから取材の時間はそれほどかからなかった。
しかし、翌朝の新聞にはオパールとクロードの劇的ロマンスが掲載され、人々の――特に女性の心を摑んだのだった。




