24.記者
クロイゼル子爵夫妻に昨夜の無作法を謝罪すると、二人とも笑って気にしていないと許してくれた。
それから社会の現状などを話し、子爵令嬢のロアナと新たな友情を築くことができたオパールは、満足してクロイゼル子爵家を出た。
これからクロードとともに新聞社に向かうのだ。
「あの記事を書いた記者がいればいいのだけれど……」
「まあ、記者はいなくても編集長はいるだろう」
朝はクロードに強気なことを言ったものの、オパールにとって新聞社は未知なる場所で少し緊張している。
だがクロードはいつもと変わらずリラックスした様子で、あっさりオパールの心配に答えた。
その様子を見てオパールはあることに思い当たる。
「まさか、新聞社の経営に関わっているの?」
「いや、経営者と友人ではあるけど、経営に参加はしていないよ」
「タイセイ王国では?」
「一社所有しているかな」
「……知らなかったわ」
オパールは脱力して座席に背を預けた。
今回のことでもそうだが、情報を掌握することは政治的にとても重要である。
アレッサンドロ国王が新聞社に手を出していないわけがなかった。
もちろん国王自ら経営に携わると信用性に欠けるので、おそらくクロードも名を伏せて所有しているのだろう。
「俺の財産目録を作って渡そうか?」
「いいえ。その都度、必要になったら教えてくれればいいわ」
「では、そうするよ」
わかってはいたが、クロードはすっかりオパールの知らない大人の男性になっている。
考えてみれば八年ぶりに再会して、まだ半年も経っていないのだ。
この八年だけでなく、寄宿舎に入ってしまってから長期休暇の時しか会っていないのだから、知らない面が多くて当然だった。
今回の〝別の件〟も気にならないと言えば噓になる。
そもそもクロードが帰国しなければ、別の誰かがその件に関わることになったのだろうが、その人物はソシーユ王国の社交界にすんなり入れる人物ということだ。
「クロードもアレッサンドロ国王陛下も、とっても油断ならないわね」
「急にどうかしたのか?」
「でも敵じゃないわよね?」
「オパールにとっても、この国にとっても」
「……なら、見逃してあげるわ」
「ありがとうございます、奥様」
「どういたしまして、旦那様」
クロードはオパールが何を言っているのか正確に理解していたが、お互い曖昧なままにしておいた。
オパールもクロードに秘密があっても嘘はないと理解している。
ちょうど会話を終わらせた時、馬車は新聞社の正面に到着した。
「ずいぶん人が集まっているのね。子供もいるわ……」
「新聞社ではちょっとした仕事があるからな。皆、仕事を求めているんだ。……正確にはちょっとした小遣いを」
「マンテストではいつだって人手不足なのに、みんな都会に出たがるのね」
「イメージの問題じゃないか? 皆とは言わないが、都会に来れば一旗揚げられると思っているんだ」
「そういえば、ここの経営者は農村部から王都に出てきて、はじめは靴磨きをしていたと聞いたことがあるわ。立身出世の見本のような方だものね」
「学校ではなく、靴磨きで経営の何たるかを学んだってよく言っているよ」
「すごいわね」
オパールが感心して答え、クロードが馬車から降りるのを待った。
そしてクロードに手を借りて馬車から降りる。
途端に新聞社前に集まっている人たちから視線を浴び、わずかに怯んだものの上手く隠した。
それからまるで舞踏会に集まった人たちにするように、微笑みを浮かべたまま軽く頭を下げ、新聞社の中へと入っていった。
「おや、フレッド卿。こちらへいらっしゃるとは珍しいですね」
「やあ、編集長。久しぶりだね。こちらは妻のオパールだ。オパール、こちらは編集長のマルク・ポンセロ」
「はじめまして、ポンセロさん」
「はじめまして、フレッド夫人。このようにお美しい方にお会いできるとは、今日は本当についていますよ」
新聞社に入ったクロードは受付の警備の男性に軽く手を上げて挨拶をすると、オパールをエスコートしながら迷いない足取りで三階までやって来ていた。
そしてとある部屋に入ると、一番奥の席の男性が立ち上がって声をかけられたのだ。
どうやら顔見知りらしいが、クロードがルーセル侯爵だということは知らないらしい。
「今日はアラン・マロンという記者に会いに来たんだが、いるかな?」
「ええ、おりますよ。今朝の記事ですか? 情報源は明かせませんが、素晴らしい記事だったでしょう? 飛ぶように売れて、先ほど増刷したばかりですよ」
ほくほくしながら編集長は話を進めた。
ついているというのは、オパールに会えたことよりも新聞が増刷されたためだろう。
「アランは先ほど取材から戻ったばかりなんですよ。今朝の記事の新情報を摑んで来たらしくこれから入稿ですから、ご用件は手短にお願いいたしますね。おい、アラン! アラン!」
「……へいへい、何ですか~。俺は今忙しいんっ!?」
たくさんの書類や新聞が山積みになった机から面倒くさそうに顔を上げたアランは、オパールと目が合った瞬間、椅子を勢いよく倒して立ち上がった。
騒がしかった編集部内においても、椅子が悲鳴を上げたような音が響く。
「オパール様!? オパール様!」
「……は、はい?」
二十歳そこそこの若者が所狭しと並べられた机の間を縫ってオパールの許へと走り寄ってくる。
その鬼気迫る様子にオパールは返事をしながら思わず後ずさったが、若者は――アランはクロードによって遮られた。
「悪いが妻に近付かないでくれ」
「え? あ、いや、すみません。その、オパール様にお会いできたことが嬉しくて……」
「妻を知っているのか? 彼女は知らないようだが?」
いつになくクロードの声は厳しい。
その雰囲気にのまれて、編集部内はすっかり静まりかえっていた。
編集長でさえも何が起こっているのかわかっていないのか、ぽかんとして成り行きを見ている。
「俺が――僕が勝手に八年前からオパール様に憧れていただけですから、ご存じないのは当然です!」
「八年前?」
「はい! 私の父はマクラウド公爵家にお仕えしておりますので、僕も何度かオパール様をお見かけすることができました。それにオパール様のお陰で僕は勉強することができ、こうして記者になれたんです。ありがとうございます!」
まるで上官に対するようにはきはきと答えるアランは、直立不動で立っている。
オパールはクロードの陰から顔を出してアランを見たが思い出せない。
確かにマクラウド公爵家で働いている者とその家族に教育を受けられるよう手配はしたが、何人もいたのでやはりわからなかった。
「それで、君の父親の名前は?」
少々苛立ったクロードの問いに、アランはにっこり笑った。
「僕の父の名前はケイブです。家名はありませんので、僕は好きな食べ物の名前を家名にしました」




