20.糾弾
「は、はははっ。何を馬鹿なことを。確かにあなたは女性にしては驚くほど財産があるかもしれないが、だからといって他人の財産に手をつけられるわけではない。それともまさか、私がマクラウドのようにあなたに誑かされて財産を譲るとでも?」
「あら、お金がお金を動かすことはご存じでしょう?」
オパールが怒ることもなくあっさり答えると、キーモントは訝しげに目を細めた。
隣で一緒に笑っていた夫人は細い眉をくいっと上げる。
どうやら理解していないらしいと気付いたオパールは小さくため息を吐いた。
八年前のヒューバートのように、キーモントはおそらく資産を優秀な管理人か代理人、もしくは父親に任せきりなのだろう。
ヒューバートと違うのは任せた人物が優秀だったという点だけだ。
「あなたがお父様である伯爵から譲り受けた小さな鉱山――アイオン鉱山は立地は悪いですが、鉄道が近くを通るようになったことで、飛躍的に利益を上げるようになりましたね?」
「あ、ああ。だからといって鉱石を奪うことはできないぞ? ましてや、鉱山を奪うこともな」
「ええ、もちろんです。あの鉱山から上がる利益があなたの資産の中で一番大きいのですもの。それを奪ってしまっては気の毒ですわ。ですからそれ以外の全ての財産を要求いたします。まあ、三人で分けるには少々心許ないですけれど、妥協してあげましょう」
「何を馬鹿なことを!」
オパールがにっこり笑うと、キーモントではなく伯爵夫人が怒りをあらわにした。
舞踏会はもはやオパールたちの舞台となっており、楽団も演奏をやめている。
オパールは主催者であるクロイゼル子爵夫妻に申し訳なく思ったが、夫妻は意外なことにかなり楽しそうに見ていた。
「妥協? ふざけるな。どうして私があのような卑しい女どもに財産を渡さなければならないんだ」
「……では、鉱石を運ぶ機関車を鉱山駅で停車させることをやめましょう。ですから、鉱石は昔のように馬車で運び出してください」
「勝手なことを言うな! そんなことできるものか!」
「できます。私はあの鉄道会社の共同経営者ですから」
「なっ!?」
「あなた、どうかしているわ!」
冷静なオパールとは逆に、キーモントはどんどん焦りと怒りを募らせている。
そして、伯爵夫人は絶叫してオパールを睨みつけた。
この十五日間でオパールは懐かしい面々に会っただけでなく、アイオン鉱山近くを通る鉄道会社の経営者に会っていたのだ。
その経営者は他の投資で負債を抱えており、オパールが資金援助を申し出ると喜んで共同経営者として迎えてくれた。
鉄道会社自体は黒字なので、オパールにとっても長期的には収益になるはずである。
ちなみに先ほどの言葉は脅しであり、実行するつもりはない。
鉱山やそれに付随する諸々の場所で働く人たちに迷惑をかけるつもりはなかった。
だがキーモントにその気持ちを逆手に取られることはないだろう。
「キーモント卿のその他の資産についても凍結することはできますが、それらはあなたの子供たちのものですから、できれば手を出したくないのです」
「ば、馬鹿馬鹿しい! そいつらが私の子供だとの証拠はあるのか!? 先ほどは動揺のあまり認めるようなことを言ってしまったが、私とその女とは会ったこともないかもしれないじゃないか。そもそもなぜあなたが口を出すんだ?」
「そうよ! 無礼にもほどがあるわ!」
話しているうちに落ち着いてきたのか、キーモントの態度はまた居丈高なものになってきていた。
同様に夫人もキンキンと喚く。
それでもオパールは笑顔を浮かべて続けた。
「彼女たちについては、当時のことを調べさせました。そして働いていたお屋敷の元同僚たちからも証言は取れております。また子供たちを見ればひと目であなたの子供だということがわかります。とてもよく似ておりますもの。それと、私は彼女たちの代理人なのです。あなたに立ち向かうには彼女たちはあまりに非力ですから」
「だ、だが、その子供たちは非嫡出子だ。そいつらに相続の定めはない」
「定めがあろうがなかろうが関係ありません。あなたは軽率に若い女の子たちの未来を奪い、さらには生まれてくる子供たちの未来を奪おうとしているのです。ですから私は力ない彼女たちのために、あなたがすでに持っているものを奪うのです。さあ、ここから先は私の代理人と話してください。……あら、代理人の代理人ってことですね」
オパールはくすりと笑って、真っ直ぐにキーモントを見た。
伯爵夫人はもはや反論することなく、ハンカチで額を押さえ目を閉じている。
「全てを失うか、一部を失うか、選ぶのはあなたです。それほど時間はないですけれど、答えは簡単ですよね?」
「何て女だ! このあばずれめ!」
オパールはここで今さら何と呼ばれようとかまわなかった。
ここにいる人たちはキーモントの負け惜しみだと理解している。
そのためオパールは首を軽く傾げて微笑んだのだが、急に現れた人物がいきなりキーモントを殴り倒した。
女性たちから悲鳴が上がり、夫人は卒倒する。
「妻を侮辱するのはやめてもらおう」
「クロード……」
「……つ、妻?」
驚いたオパールの呟きを聞いて周囲は色めき立ち、キーモントは床に手をついたまま呆然として見上げた。
クロイゼル子爵夫妻はクロードが――ルーセル侯爵がやって来たことで興奮しているようだ。
そういえばこの舞踏会の招待状はクロードにも届いていたなとオパールは思い出した。
「な、何だよ、ルーセル侯爵がこんなに若いわけないだろ。愛人と逢引するために帰国したのか?」
「今度は本気で殴っていいな」
よろよろと立ち上がりながら悪態をつくキーモントに、クロードは再び拳を振り上げた。
キーモントはビクッとして身構え、オパールが止めに入る。
「やめて、クロード。それよりクロイゼル子爵と夫人に紹介するわ」
「ああ、そうだな」
すぐに同意したクロードにほっとしながら、オパールは主催者であるクロイゼル子爵夫妻に目を向けた。
すると夫妻は人々の間を抜けて進み出てきたのだが、そこにキーモントの怒声が響く。
「侯爵だろうが何だろうが、この男が私を殴ったのは事実だ! 私は訴えるぞ! この女も私の財産を奪おうとするなど、そんな違法行為が許されるわけがない! 二人とも法務官に裁かれるがいい!」
「そんなことよりもあなたは母君の心配をしたほうがいい」
その瞬間、周囲の女性に介抱されていた伯爵夫人はかっと目を開けた。
しかし、キーモントはちらりと目を向けただけ。
確かに伯爵夫人がすぐに気絶するのは有名だが、息子としては薄情に思える。
とはいえ全ての発端はオパールであり、すっかり中断してしまっている舞踏会の主催者であるクロイゼル夫妻にどうやって償えばいいだろうかと考えた。
計画ではキーモントがいかに卑劣な人物かを知らしめて、ベスたちの名誉は回復しないまでも子供たちの養育費だけ徴収するつもりだったのだ。
もちろん法に触れないように手筈は整えており、王宮の法務官である叔父の手を借りるまでもなかった。
それよりも殴ってしまったクロードは大丈夫だろうかと見ると、にやりとした笑みが返ってくる。
「今さら後悔しても遅いからな! 証人はこんなにいるんだから、言い逃れはできないぞ!」
「そうですよ。私もしっかり証言しますからね! やっぱりあなたは性悪だわ。我が伯爵家とジェブを侮辱したんですから! あなたのお父様のホロウェイ伯爵の責任も追及しなくちゃ!」
当事者であるキーモント以上に夫人は鼻息荒く捲し立てる。
ただ最後の一言に、オパールは反応した。
「父は関係ないでしょう?」
「いいえ、関係ありますとも。あなたはお母様を早くに亡くしましたから今まで大目に見てきましたけど、もう我慢ならないわ。お父様であるホロウェイ伯爵はお金儲けにばかりかまけて、子供の教育には失敗なされたようね。あなたのお兄様だって大学を中退したと聞いたわ。情けない。とにかく、子供の不始末は親の責任です」
なぜここで兄まで出てくるのだとオパールは抗議しかけて、腰に回されたクロードの腕に力が入ったことで思いとどまった。
いつもは好きにさせてくれるクロードが止めるのだから、何か理由があるのだろう。
そもそもなぜクロードはここにいるのだろうと改めて疑問に思い、オパールはじっと見つめた。
オパールを迎えにきたというだけの理由ではないはずだ。
「ちょっと、聞いていらっしゃるの? まったく、満足に人の話も聞けないなんて」
「ちゃんとオパールは聞いていますよ。もちろん私もね。夫人は子供の不始末は親の責任だとお考えなのですね?」
「ええ、その通りです」
「では息子さんの不始末はどのように責任を取られるのですか?」
「息子は被害者ですよ。卑しい女たちの罠に嵌められたのですからね」
ふんっと鼻を鳴らす夫人の隣でキーモントはにやにやしている。
その姿はまるで母親のスカートの陰から悪さをする躾の悪い子供のようで、とても三十代半ばには見えなかった。
「思春期の若者の言い分ならともかく、三十をとっくに過ぎた男の言い分としてはお粗末すぎます。しかもそれが何回もとなると、記憶力と判断力の欠如、要するに自分を律することもできない愚か者ということですね」
「何だと!?」
「何ですって!?」
呆れて言葉もないオパールに代わって反論したクロードに、キーモントと伯爵夫人はいきり立つ。
そんな二人を前にしても、クロードは冷静なままに淡々と告げた。
「キーモント卿、あなたには逮捕状が出ています」




