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屋根裏部屋の公爵夫人  作者: もり
タイセイ王国編
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17.招待状

 

 翌朝。

 オパールは積み上げられた招待状を前に、大きくため息を吐いた。


「さすがと言うべきね……」

「たった一晩で滞在場所を突き止められたってことは、つけられてたかな?」

「それとも、それらしい貸家を一軒一軒調べたとか?」

「どうだろうね? この屋敷を貸す際に馬車も貸していたから、馬車の特徴から調べたのかも」

「なるほどね」


 昨夜のオパールはかなり早く帰ったので、それから噂があっという間に広まったのだろう。

 招待状の差出人には昨夜の子爵家の夜会にいなかった者の名前も多かった。


「だけど、あなた宛てのはかなり少ないわね」

「昨日は俺のことを何て答えたんだ?」

「忙しくて机の前から離れられない、と答えたわ」

「ああ、それで〝よぼよぼの爺さん〟な侯爵はこの国に来ていないと思われたんだろう」

「きちんと伝えたほうがよかったかしら?」

「いや、これでいいよ。俺も色々と自由に動けるから」


 にやりと笑うクロードを見て、オパールは片眉を上げただけで何も言わなかった。

 クロードもこの国での仕事をしているようだが、オパールに必要なことなら話してくれるだろう。

 オパールは招待状をまとめながら再びため息を吐いた。


「ルーセル侯爵に直接会ったこの国の人たちは口が固い人ばかりのようね」

「いや、ほとんどは代理人に任せて実際には会っていないからな。タイセイ王国内でもルーセル侯爵として王宮に顔を出すようになったのは最近なんだ」

「あら、そうだったのね」


 一年前に父から聞くまではオパールもルーセル侯爵は年配の男性だと思っていた。

 とはいえ、ルーセル侯爵がソシーユ王国の出身だったとなるともっと噂になっているはずだが、そうはなっていないのはやはり何か理由があるのだろう。


「これはクロードの分ね。出席するかどうかの返事は任せるわ」

「ああ、わかった。ちなみにオパールはどれに出席するんだ?」

「まだ決めていないの。だから開催日が近いものは欠席するわ」

「では、これからの予定は?」

「せっかくだから領地へ行って様子を見た後に、ノボリの街まで足を延ばすつもり」

「ノボリか……」

「やっぱり遠すぎる?」

「最近は賊が出るとの噂があるからな」

「賊が? 以前、マクラウド公爵と話していた?」

「いや、あれとは別だよ。規模もかなり小さいしな。賊の出没する方向とは反対だけど、途中までは送っていくよ」

「大丈夫よ。護衛もしっかりつけるから」

「俺が心配なんだよ。本当なら一緒に行けるといいんだが、それは無理だからせめて途中までは送らせてくれ」

「わかったわ」


 一度は断ったオパールだったが、優しい説得には折れるしかなかった。

 するとクロードは満足そうに笑う。


「しばらくは別行動になるけれど、これって今時の夫婦みたいね」

「寂しい?」

「別に……今さらだもの」


 自分から振った話題なのに、ストレートに尋ねられるとつい意地を張ってしまう。

 それでもクロードは腹を立てた様子もなく笑った。

 素直になれない自分が嫌になってしまうが、クロードはちゃんとわかってくれる。

 結局はオパールも笑って話し合いを終わらせた。


 ――その日の午後。

 オパールは王都にある女性保護施設へ慰問に訪れていた。

 この施設はオパールが立ち上げた団体の拠点にもなっており、多くの職員が働いている。

 そのほとんどがはじめは保護される側の女性だったのだが、今は自立していきいきとしていた。


(あとは社会の理解よね……)


 オパールは帰りの車中で施設の職員や女性たちとの会話を思い返していた。

 保護されているほとんどの女性が未婚のままに身籠もり、勤め先をクビになったり、家族から見放されたりした境遇なのだ。

 とはいえ、ただ保護するだけでなくそれぞれの状況に応じて仕事はしてもらう。


 妊娠中の場合は施設内で料理や洗濯などの仕事を任せ、産後すぐは赤ん坊の世話以外は休み、体調を考慮しながら徐々に元の仕事に戻る。

 子供が一歳になると施設の女性に昼間の育児は任せ、外へと働きに出て社会復帰を――施設からの退所を目指すのだが、それがなかなか難しい。

 未婚の母が働ける職場があまりないのだ。


 ノーサム夫人がベスを解雇したように、世間では未婚の母に対する風当たりが強い。

 紹介状がなければまともな職には就けない社会で、紹介状なしで解雇されることがほとんどだった。

 その上、子供があまり手がかからないほど大きくなっても、未婚の母だという理由で雇ってもらえないことが多い。

 オパールがこの慈善団体を立ち上げて一年ちょっとしか経たないが、もうすでに女性たちの受け入れ先は足りなくなっていた。


(彼女たちが暮らしていけるだけの資金援助はできるけれど、それじゃあダメなのよね……)


 オパールには唸るほどの財産がある。

 このままでも多くの母子を何十年も養っていけるほどには。

 しかし、それでは何の解決にもならないのだ。


 オパールや保護団体が支援する女性は、おそらく支援を必要とする女性たちのほんの一握りだろう。

 地方に行けば多くの女性や子供たちが誰にも助けられることなく困窮し、最悪亡くなっているのだ。

 できればこの国の多くの人が理解し、支援していくような社会になってほしい。

 もちろんそれがどんなに険しく遠い道のりかもわかっている。

 だが、目指さなければ――始めなければ何も変わらないのだ。


(そもそも女性が追い詰められる原因には、男性が必ず関わっているんだもの。女性だけがその責任を負うのはおかしいわ)


 どのような経緯だったにしろ男性の存在がなければ妊娠はしない。

 また保護施設には夫の暴力に耐えかねて保護を求めてきた女性もいる。

 皆それぞれに苦しい事情を抱えているのだ。

 それなのに同じ女性として、なぜそのような境遇の女性を見過ごせるのだろう。

 しかも多くの上流階級の女性たちは蔑んでさえいる。


(まずはその意識から変えていかないとね……)


 全てを理解できなくても、せめて排斥しようとしないでほしい。

 認めることができなくても、せめて放っておいてほしい。

 そしてもし余裕があるのなら、ほんの少しでいいから力を貸してほしい。

 一人一人の意識が変われば、少しずつ社会は変わっていく。

 オパール一人が抱えるには大きな問題ではあるが、だからこそやりがいもある。

 まずはやるべきことをやろうと決意して、オパールはぐっと両手を握りしめたのだった。




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