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屋根裏部屋の公爵夫人  作者: もり
タイセイ王国編
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14.帰郷

 

「もうすぐシーズンなのに、よく借りられたわね?」


 ソシーユ王国王都の中心部にある屋敷を前にして、馬車から降りたオパールはクロードに問いかけた。

 屋敷自体はそれほど大きくはないが年代はかなり古く、全体的に趣味のよさが外観からも伝わってくる。

 ホロウェイ伯爵邸からも近く立地も申し分ない。

 シーズンが始まれば上流社会の者たちが大挙して押し寄せる王都には屋敷を持たない者も多い。

 これほどの屋敷なら昨年から予約しておかなければ借りることは難しかったはずだ。

 急きょ決まった里帰りなのにと感心したオパールは、クロードの顔を見て考えを改めた。


「買ったのね? しかもかなり前に」

「投資用に購入したんだよ。今年は貸し出さなくて正解だったな」

「どうして今年は貸さなかったの?」

「……期待かな? まあとにかく入ろう」

「ええ、そうね」


 お互いよく知っているが、知らないこともまだまだある。

 そのことは楽しみにしようと決めて、オパールはクロードの差し出した腕に手を添えて玄関までの階段を上り始めた。


「内装もかなり素敵ね」

「そう言ってもらえて嬉しいよ」


 タイミングよく開かれた扉から出てきた執事や他の使用人たちを紹介してもらい、邸内に足を踏み入れたオパールはさっと玄関ホールを見回して素直な感想を口にした。

 するとクロードは笑って答え、居間へとオパールを導く。

 メイドと仲良く話しているナージャを見て、荷ほどきの監督は任せて大丈夫そうだと判断したオパールはそのまま居間へと入った。

 そして感嘆の吐息を漏らす。

 室内はオパールの好みの家具や装飾品で彩られていたのだ。


「素敵だわ……」


 オパールはソファに腰を下ろすと、ダマスク織の座面をそっと撫でた。

 そんなオパールをクロードは嬉しそうに見ている。

 色々と言いたいことはあったが、オパールの口からでてきたのは単純で大切な言葉だった。


「クロード、こんなに素敵な家に連れてきてくれてありがとう」

「どういたしまして。オパールが気に入ったのなら購入した甲斐があったな」


 まるで悪戯が成功した時のような笑顔に、オパールは懐かしくてときめいた。

 もちろん昔はこんなに優しくなかった。


(ううん。クロードはいつだって優しかったわ。ただ少しわかりにくかっただけで……)


 むしろオパールのほうが生意気で我が儘だったのだ。

 そのことを思い出したオパールは恥ずかしく思いつつも、改めてクロードを見つめた。


「どうかした?」

「クロードが私を好きになってくれてよかったなって思ってたの」


 クロードの問いに答えた後で、オパールは話の流れ的に誤解を与えると気付いた。

 そこで慌てて付け加える。


「別に、この家が素敵だからってわけじゃないわよ?」

「わかってるよ。でも、どうしてかは訊いてもいいのかな?」


 オパールの狼狽ぶりが面白かったらしく、クロードは声に出して笑うとさらに問いかける。

 どう答えるべきかとわずかにためらったものの、今のクロードに対する的確な答えはすぐに見つかった。


「クロードは私と一緒に戦ってくれるからよ」

「もちろんオパールのためなら、この命だって投げ出すよ!」


 大げさに胸を押さえるクロードの仕草にオパールは噴き出した。

 するとクロードは心外だというような表情になり、次いでにやりと笑う。


「それで、今回の戦いの準備はどう?」

「とりあえず、ベスの居場所はわかったわ」

「オパールが設立した慈善団体――女性の保護と自立のための施設にいたのか?」

「いいえ。施設には訪れなかったみたい。どうやらノーサム夫人はいくらかのまとまった金額を退職金として渡したらしいわ。それだけは救いよね」


 オパールはヒューバートの訪問後すぐにソシーユ王国にいる代理人に手紙を書き、ベスの消息を調べてくれるように頼んだのだ。

 代理人はオパールの叔父であるジョナサン・ケンジットに紹介してもらったのだが、かなりのやり手で頼もしい。

 ベスのことについてもオパールたちがソシーユ王国の港に降り立った途端、代理人の使いの者から調査書を渡されたくらいだ。

 オパールの手紙を受け取ってから二、三日ほどしか経っていないはずで、おそらく以前からマクラウド公爵家については動向を見守っていたのではないかとオパールは考えている。


「じゃあ、マクラウドの友人たちのここ最近の素行調査の結果は必要かな?」

「ありがとう、クロード。とても助かるわ」


 おそらくベスについてもクロードは独自に調査してくれているのだろう。

 オパールを信用していないわけではなく、いつでも力になれるようにと動いてくれているのだ。


「明日、さっそくベスの許を訪ねるわ」

「俺は一緒にいないほうがいいかな?」

「そうね。私には心強いけど、ベスは怯えてしまうかもしれないから」

「では馬車の手配をしておくよ。家紋の入っていない地味なものがいいだろう? あと、護衛も必ず連れて行ってほしい」

「ええ。わかったわ。色々とありがとう、クロード」


 オパールはお礼を言うとベスの話題は終わらせ、それからは最近のソシーユ王国の情勢についての話題に変えた。


 そして翌日――。

 王都の外れで馬車を降りたオパールは、古びた集合住宅を見上げた。

 手入れはあまりされていないようだが、ゴミの散乱や異臭はない。

 治安もそこまで悪くないことは確認している。

 それでも御者も従者も銃を携帯しており、さらには少し離れて護衛が着いてきていた。


「さてと、では行きましょうか?」

「はい、奥様」


 オパールは一緒に建物を見上げていたナージャに声をかけると、御者に軽く頷いて合図をした。

 御者は応えて帽子のつばに手を触れ、馬車を走らせ始める。

 馬車は少し離れた場所で待機し、従者と護衛は目立たないようにすぐ近くで警戒してくれるのだ。


 報告にあった部屋は二階の西側の角部屋。

 オパールはナージャとともに軽快な足取りで階段を上ると、目的の部屋の前に立った。

 腐食が始まっている扉に名前はなく、ほんの少し不安になりながらもしっかりノックする。

 ベスが在宅なのは前もって確認しているので間違いないはずなのだが、応答には時間がかかった。

 痺れを切らしたナージャが何かいいかけて口を開こうとした瞬間、扉の向こう側で物音がして鍵を開ける音がした。


「――はい?」


 わずかな隙間から覗いた顔は確かにベスだったが、オパールが最後に見た時からかなりやつれており、年を取ったように見える。

 あんなに強気だったベスの変わり様に小さくショックを受けながらも、強引に扉を大きく開いたオパールはにっこり笑った。


「こんにちは、ベス」

「――なっ!?」


 驚いたベスは一瞬呆けたが、すぐに扉を閉めようとした。

 勢いに押されてオパールの手から扉は離れたが、とっさに足を挟む。

 じんとするつま先の痛みを無視して、オパールはもう一度扉を大きく開けた。


「いやだわ、ベス。久しぶりなんだから、少しくらいお話しましょうよ」

「……私を笑いに来たんですか?」

「あら、面白くもないのに笑えないわよ。でも似たようなものかもしれないわね。ただの野次馬なんだから」


 慰めどころか言い繕うことさえしないオパールの言葉に、ベスはわっと泣き出した。




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