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屋根裏部屋の公爵夫人  作者: もり
タイセイ王国編
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12.相談

 

 オパールとクロードが王都に戻った翌日。

 さっそく訪ねてきたヒューバートと顔を合わせる前に、オパールは居間への扉の前で大きく息を吸った。

 そんなオパールの手をクロードは一度ぎゅっと握ってから離す。


「ありがとう、クロード」

「いや、俺も緊張しているから」

「クロードも?」

「まだ自分の幸運が信じられないからかな。だけど、はったりは上手くなったから見ていてくれ」


 意外な言葉に驚くオパールに、クロードは悪戯っぽく告げてから扉を開けた。

 応接間にはヒューバート一人がおり、クロードとオパールの姿を見て立ち上がる。

 オパールにとって約一年ぶりに会うヒューバートは、特に変わってはいなかったが、少し疲れているようには見えた。


「やあ、久しぶりだな。マクラウド」

「ルーセル。……本当に結婚したんだな」


 ヒューバートはクロードと握手を交わしながらも、視線はオパールへと向いていた。

 クロードはヒューバートの手をさっと離すと、オパールの腰に腕を回して隣へと引き寄せる。


「紹介するまでもないとは思うが、妻のオパールだよ」

「お久しぶりです、閣下」

「あ、ああ……。その、二人はマンテストの投資を通して知り合ったのか?」


 その質問にオパールはためらい、クロードをちらりと見た。

 ルーセル侯爵の正体――ソシーユ王国の男爵家の三男であることを告げていいのか迷ったのだ。

 しかし、その仕草がヒューバートの誤解を招いたらしく、顔つきが剣呑なものに変わる。


「いつから二人で会っていたんだ?」

「マクラウド、私とオパールは幼馴染なんだ」

「……幼馴染? 二人が?」


 クロードが質問に答えると、ヒューバートは信じられないとばかりに目を見開いた。

 やはりまだ祖国にクロードの出自は伝わっていないらしい。

 クロード自身は特に隠すつもりはないようだと判断して、オパールは詳しい説明を始めた。


「クロードはソシーユ王国の出身なんです。クロードの実家の男爵領と父のホロウェイ伯爵領は隣り合っていて、お互いの領館がすぐに行き来できる距離だったので仲良くなったんです」

「ルーセル――いや、クロード・フレッド……」


 ヒューバートはクロードの名前を呟いて、頭の中のソシーユ王国貴族名鑑と照らし合わせているようだった。

 爵位を持っているとはいえ、クロードの両親は社交シーズンも毎年王都に出るわけではないので若い世代にはあまり知られていないのかもしれない。

 それでもヒューバートは思い当ったのか、改めてクロードをまじまじと見つめた。


「……ソシーユ王国の男爵家の人間が、どうしてタイセイ王国の侯爵になったんだ?」

「母方の祖父が先代のルーセル家の当主だったんだよ。そして後継者は八年前の疫病で残念ながら亡くなってしまってね。内戦などでごたごたしていたから、私のことは諸外国にあまり知られていないんだ」

「だが、それならせめて五年前、私が支援を求めて会った時にでも……だからホロウェイ伯爵はあなたを紹介してくれたのか? あなた方はずっと連絡を取っていたのか?」


 苦々しげに呟いていたヒューバートは、はっとしてオパールとクロードを詰るように問いかけた。

 まるで過去に不貞があったと疑われたようで、オパールはむっとした。


「私とクロードは、私が結婚して最初に伯爵領に里帰りした時に一度会ったきり……あの日からほんの数か月前まで、クロードからは何の音沙汰もなかったほどです。それなのに父とは連絡を取っていて、しかもルーセル侯爵だったなんて……」


 ヒューバートに説明していたはずが、オパールは徐々にクロードへ――父にも腹が立ってきてしまった。

 肝心な時にはいつだってオパールはのけ者なのだ。


「そもそもルーセル侯爵を知るきっかけになったマンテストの開発の件だって、どれだけ心配したか」

「す、すまなかった……」

「謝ってすむ問題じゃありません。私は今でも怒っているんですからね」

「い、いや、それではどうすれば……」


 なぜか話題が変わって急に責められたことで、ヒューバートはたじろいだ。

 そんなヒューバートからクロードへと、オパールはキッと睨みつけるように視線を移す。


「それにクロード!」

「うん」

「うん、じゃなくて!」

「はい」


 クロードがどこか楽しげなのは、懐かしいからだろう。

 オパールは怒っているというより拗ねているのだ。

 自分がかなり子供っぽくなっていることに気付いたオパールは慌てて平常心を取り戻した。


「あなたに言いたいことはたくさんあるけれど、それは後にするわ。とにかく、今は閣下のご用を伺います。お手紙にはステラさんの将来のことでご相談があるとありましたが、どういうことでしょうか?」


 ヒューバートからの手紙に書かれていたのは、なぜか赤の他人となったオパールにステラのことを相談したいという内容だった。

 そもそもオパールはステラに嫌われており、ノーサム夫人もオパールがステラに関わることを嫌うだろう。

 それなのにどうしてヒューバートがわざわざ会いに来てまで相談したいのか、オパールには理解できなかった。


「実はその……私もそろそろ跡継ぎをもうけるために再婚しなければと考え、目ぼしい候補者の中から選んだのだが、その相手が――ルフォン伯爵家のマリエンヌ嬢が結婚に条件を出してきたんだ」


 ヒューバートの言葉を聞いて、オパールは引きつりそうになる顔をどうにか笑みに変えた。

 ずいぶん自分本位で利己的に聞こえるが、貴族同士の結婚なら仕方ないだろう。

 相手も納得しているからこその条件提示なのかもしれない。


「どういった条件なのですか?」

「ステラと……ステラと一切の縁を切るように、と書面で求めてきたんだ」

「――ということは、署名を必要とする正式な契約ですね?」

「ああ」


 マリエンヌ嬢は――実際はその母親かもしれないが、話に聞いた通りなかなか抜け目がないらしい。

 ステラがヒューバートの愛人ではないかとの噂を知って、妻としての体面と立場を確固とするための条件なのだろう。

 結婚の条件についての話が進んでいるということは、正式に婚約をしていなくても周知の事実にはなっているはずだ。

 ここで破談になればちょっとした醜聞に――女性側には大きな醜聞になる。

 しかもその理由がステラ絡みだとすれば、事実は違っても二人の関係を公に認めるようなものになってしまう。


(それで、私にどうしろっていうのかしら……)


 オパールが漏れそうになるため息を呑み込んで隣をちらりと窺えば、クロードは同情するような微妙な表情で見返してくる。

 好きなようにすればいいと後押ししてくれるクロードが傍にいてくれるのだから、好きにすればいい。

 そう結論を出したオパールは軽く息を吐き出すと、向かいに座るヒューバートに視線を戻した。


「要するに、閣下はステラさんかマリエンヌ嬢かのどちらかを選ばなければならないのですね?」

「そうなんだ」


 どこかほっとした様子で頷くヒューバートに、オパールはにっこり笑ってみせた。


「では、私に相談されても困りますので、ご自分でお決めになってください」




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